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蒼空のシリウス 十八話

最終話まで平日の夜9時に毎日更新します。

(注)カクヨムでも掲載されています。


 アドルに名前を呼ばれてステファンは体をびくっと震わせた。

 彼女の傍に立っているモグルとティアは信じられないというように目を見開いたまま無意識に一歩後ろに下がる。


「何を言っているのかしら。意味が分からないわね。もしかして冗談を言ったつもりなのだとしたら残念ね。何も面白くないわ」

「冗談を言っているつもりはない。わしらが見極めて、調べて、そう結論に至ったんだ。フェイカーの製作者であり今回の襲撃事件を起こしたのはステファン、おまえさんだとな」


 鋭いアドルの視線が仮面のように貼り付けた笑顔を浮かべているステファンに向けられる。

 その傍らでクラエスとトールがどこか悲しそうな目で彼女を見た。


「わしらが何のためにここにきて二週間近くも時間を掛けたと思う? 何より、わしらが一度として自分の考えが間違っていてくれと願わなかったと思うか。どうしてわしらが何故このタイミングでおまえさんに話をしたと思うんだ。本当に、わしらが何も知らないとでも思っているのか?」

「だから意味が分からないと言っているでしょう。こんなおばあさんを苛めないでちょうだい」

「私達はまた間違えたのかも知れない。そして時間を掛け過ぎたみたいだ」


 自分を責めるようにクラエスが呟く。すると一瞬だけステファンの表情に変化が見られた。穏やかな笑みを浮かべていた彼女の瞳に強く暗い光が浮かんだのだ。


「二人とも、何が言いたいのかしら」

「既に、もう一体完成しているのだろう」

「何のことかしら」

「フェイカーだ」


 短く、明確に断言されたその単語はこの場にいる全ての人に衝撃をもたらした。しかしその意味合いは個人によって少しだけ異なる。事情が理解できていない若者達には困惑、ラナには驚愕、クラエスたち元技術開発部隊の面々には後悔。そしてステファンには静かな怒りを。


「偽物なんかじゃないわ」


 はっきりとした否定の言葉が彼女の口から囁かれた。

 トールがステファンを気遣い近付こうとして立ち止まる。ステファンが浮かべている穏やかな笑顔の向こうに紛れるようにして仇を見るような目で自分達を睨み付けていることに気付いたからだ。


「あれはジュラが残した設計図と理論を元にあたしが作り上げた、たった一つの希望なのよ」


 ゆっくり首を振ったステファンが笑みを崩して悲しそうな顔で告白した。その瞬間、アドルがそれまでにないほど激昂して声を荒らげた。


「だとしても、人を傷付けるために使えば偽物以下の代物に成り下がると何故分からん!」

「わかっているわ。でも、だめね。あれを完成させることができた時に彼が言っているよう思ってしまったのよ。自分を殺したやつらに罰を与えて欲しいってね」

「殺した…だって……?」


 過去を後悔しているように話すステファンの言葉にクラエスが愕然と驚愕している。


「彼が死んだのはただの事故じゃないわ。あたしたちが何も話さなかったから、彼が代わりにアルカナ軍の人たちに追い詰められて、そこから逃げ出した時に車に轢かれたの」

「なんだそれは……わしは聞いてないぞ」

「彼のお葬式の後、あたしが少し調べただけで簡単にわかったことよ。なのに誰も真実を明らかにしようとしない。警察もアルカナ軍もね。だから今も彼を追い詰めた人はのうのうと逃げ伸びていて、このアルカナのどこかで平然と生きているの」


 つうっと彼女の頬に一粒の涙が流れた。

 ステファンが抱く静かな怒りの矛先はクラエスたちだけではなく、この場にいる唯一のアルカナ軍の関係者であるラナにも向けられているようだ。


「だから自分で犯人を裁くというのか。それをジュラ・ベリーが望んでいたことだと本当に思っているのか!?」

「思ってなんかいないわ。ただ、あたしの感情をぶつけているだけよ」


 説得しようと語りかけたアドルをステファンは静かに拒否した。


「彼はもういない。だから、彼の本当の気持ちなんて誰にもわからない。あたしがあたしの感情で彼を追い詰めた人を追い詰めようとしているだけね」

「そのやり方がこれか」

「そうよ」

「……馬鹿者が」


 ステファンを責めるのではなくただ心の内を吐き出すようにアドルが目を伏せて呟いていた。

 目の前で行われた自白も同然の告白を冷静な面持ちで見ていた神住と天野の二人がアイコンタクトをしてステファンを確保しようと動きかけた時、不意に神住の携帯端末が振えた。

 タイミングがタイミングなだけに出るべきかどうか悩んでいると突然ステファンが神住に話しかけてきた。


「一つ聞いても良いかしら?」

「必ず答えるとは約束できませんが、それでも良いのなら」

「あなたが使っているあの光の動力炉。あれはあなたが作ったのかしら?」

「そうです」

「ふふっ。あなたはどうやってあれを作り出せたのかしらね」


 ステファンが少しだけ神住を嘲笑するかのような視線を向ける。


「あたしはあれに見覚えがあるのよ。彼が亡くなる直前まで研究していたものと良く似ているの。そしてそれは彼が亡くなった後に何者かによって盗まれてしまったデータの中にあった」


 ステファンの言葉にクラエスたちは一斉に神住を見た。当の神住は意味が分からないと言うように肩を竦めるだけで敢えて肯定も否定もしてはいなかった。

 神住に代わりクラエスが問う。


「彼が盗んだと言いたいのかい?」

「どうかしらね」

「彼の年齢を考えてみるんだ。あり得ないだろう、ジュラが死んだのは二十年も前のことだ。その時点で彼は…」

「二十年前なら御影は一歳か二歳だな」


 天野がクラエスの言葉を補足するように告げる。


「そんな子供にジュラのデータを盗むなんて出来ると本当に思っているのかい?」

「別に当時盗む必要なんてないわ。実際に彼のジーンが完成したのはいつなのかしら」

「ノーコメント」

「二年前だ」

「…おい」

「それくらい隠すようなことではないだろう。ここで変に隠せば妙な疑いを持たれかねないぞ」


 何も答えようとしない神住に代わり天野が答えていた。


「ねえ。電話に出た方がいいんじゃないかしら。多分とても大事な連絡よ。そう、とてもね」


 クラエスたちから疑惑の眼差しを向けられながらも神住は平然とした様子でステファンに促されるままに携帯端末を取り出した。

 画面に映し出されているのは真鈴の画像。

 ボタンを押して応答すると電話越しに真鈴の声が聞こえてくる。


『神住さん、聞こえてますか!?』

「ああ。何があった?」

『フェイカーと同種と思われるジーンが突然現われてニケーが停泊している待機港区画を襲撃してきました』

「わかった」


 冷ややかな視線をステファンに向ける神住。彼女は怒りを孕んだ笑みを浮かべて無言のまま神住を見つめ続けている。


「すぐにニケーを発進させろ。確実にフェイカーはニケーを追ってくるはずだ。それで被害は最小限に抑えられる」

『いいのですか?』

「構わない。現在のフェイカーの攻撃にニケーの防御を貫けるだけの出力はないはずだ」

『進路はどうするよ?』


 大きく張った陸の声が聞こえてきた。


「待機港から出るように動け。戦場はアルカナの外だ」

『りょうかい!』

「俺もすぐに向かう。合流地点は後で送る」

『わかりました』


 真鈴が答えて通信が切れると神住は素早く天野を見た。

 天野は小さく頷き「ここは任せろ」と伝える。

 じっと見つめてくるステファンの横を素通りして神住は研究所から足早に出て行った。

 まるで眼中になどないと言わんばかりの神住の態度にステファンは一瞬だけ怒りを露わにして睨み付けてきた。

 神住を庇うように天野が立ち塞がる。


「安心して。あたしは何もしないわよ」

「失礼」


 咄嗟に腕を掴んだ天野にステファンが告げた。すると天野は理解したというように手を放してすっと後ろに下がっていた。

 クラエスがステファンの前に立って言った。


「フェイカーを止めてください。ステファン」

「名前が違うわ。あれは【ホープ】よ」

「ホープ。希望か」

「ええ。あたしが付けた名前よ。彼が残した最後の希望だから」


 ステファンが愛おしいものを思い出うように目を閉じで言った。そんな彼女の様子にクラエスが苦言を呈する。


「希望を冠した存在がすることには到底思えませんね」

「そうかしら? 希望は抱いた人によってその意味を変えるわ」

「これがおまえさんの希望だというのか」

「ええ。そうよ」


 眉間に皺を寄せるアドルにステファンが当たり前のように答えていた。

 重い静寂が流れる。

 誰かが何かを言おうとして言葉が出てこずに口を閉じる。互いの息遣いだけが聞こえてきて、誰もがバツが悪そうに目の前の相手から視線を逸らしていた。


「ステファン。フェイカーを、いえ、ホープを止めて下さい」


 怒気を含んだ声色でクラエスが言う。


「無理ね。ホープはもうあたしの手を離れてしまったもの」

「だとしても、おまえさんなら今ホープを動かしているライダーに連絡を取れるだろう。そこで戦ってはならぬと、シミュレーションなどではないと伝えれば良いだけだろうが!」

「残念。ホープのライダーと連絡を取る手段なんでないわ」


 首を振るステファンにアドルが感情のまま詰め寄っていく。

 そんな二人の様子を見ていたトールがそれまでの沈黙を破り掠れる声で呟いた。


「もう、否定すらしないんだね」

「元から否定なんてしていないわ。それに、みんなだって当てずっぽうで言ってきたわけじゃないのでしょう。確信があって、多分、証拠もあって、それであたしに言ってきたのよね」


 それなら否定しても仕方ないわと困ったような笑みを浮かべたまま答えるステファン。彼女の態度や表情に天野は観念したいうのとは少し異なる印象を受けていた。諦観したのでも、達成感や満足感を得ているのともちょっと違う。ただ現実をありのままに受け入れることを決めた、ある種の潔さが垣間見えた。


「私から質問をしてもいいですか?」

「必ず答えるとは約束できないけど、それでも良いかしら」


 先程の神住の言い回しを真似るようにしてステファンが答えていた。

 天野は「構いません」と頷き、自分の中の疑問を投げかける。


「貴女とジュラ・ベリーの関係は何なのですか? どうして貴女が今になって彼の意思を継ぐように行動を起こしたのですか?」

「彼は今も昔も変わらずに“仲間”よ。仲間だから、あたしは彼が受けた理不尽が許せなかったの。それでも一度目は彼の意思を汲んで飲み込むことにしたの。だけど、二度目は無理ね。許すことなんてできなかった。バドソンさんやアドルさんにトールさんは堪えていたのに……」

「私は知らなかったからですよ。知っていれば私も今とは違っていたはずです」

「そうだな。わしも違っていたかもしれん。だが、それでも――」

「何もしなかったと言えるのかしら?」

「何もできなかったというのが正しいだろうな。おまえさんのように実力でどうにかしようなど、それを実行に移すほどの激情はわしには無かったのだからな」


 告白するクラエスとアドルは疲労を露わにして近くの椅子の背もたれに体を預けずにはいられなかった。気丈にも立ち続けているステファンとは対照的に二人は先程に比べて老けてしまったようにも見える。


「貴女が雇ったライダーの名前を教えてもらえますか? それがあれば彼女の弟を助けることが出来ます」

「そうね。あたしはあなたの弟君も巻き込んでしまったのよね」


 ラナを見てステファンが小さく「ごめんなさいね」言うと、白衣のポケットから自身の携帯端末を取り出して天野に手渡した。


「彼らとの打ち合わせの履歴が残っているわ。証拠というのならそれで十分よね」

「ええ」


 受け取った携帯端末を仕舞いながら天野は問い掛ける。


「それで、何か変わりましたか?」

「どうかしら。何も変わっていないようにも思えるし、何かが変わってしまったようにも思えるわね」

「この……馬鹿者が」


 またしても悔やむようにアドルが呟いていた。


「そうね。あたしが馬鹿だった。でもこれだけは分かるわ。仮にあなた達に止められていてもあたしはこうしたはずよ。ホープを作り出せた時にあたしの運命は決まってしまったの」


 穏やかな笑みを浮かべてステファンが言い切った。揺るがぬ意思を見せた彼女にクラエスとアドルとトールの三人が何とも言えないような表情を浮かべ、康太、モグル、ティアの三人は居心地が悪そうに無言で壁際に並んで立っていた。

 沈黙を破るようにラナが前に出る。その手には警察が使っているのと似た形状の手錠が握られていた。


「ステファン・トルート。貴女を今回のアルカナ軍駐屯地襲撃の主犯として拘束します」


 何も言わずその手を差し出すステファン。彼女の手に手錠が掛けられるのをクラエス達は悲痛な面持ちで見ていた。

 ラナに促され研究所を去って行こうとするステファン。

 移動を始めようとする二人に向けて天野が「ああ、一つだけ……」と忘れていたことをたった今思い出したというような口振りでステファンに声を掛けていた。


「何かしら?」

「貴女に教えておきたいことがありまして」


 ラナによってアルカナ軍の本部へと連行されそうになっているステファンが立ち止まって振り返った先で、天野は彼女にぞっとするような冷淡な目を向けた。


「御影が使っている光の動力炉。あれはジュラ・ベリーが研究していたものとは違いますよ」

「どうかしら。そう言い切れるだけの証拠があなたにはあるのかしら」

「勿論」


 ステファンの言葉に天野ははっきりと答える。その自信ありげな口振りの天野にステファンは訝しむ視線を向けて睨み付けていた。


「ジュラ・ベリーが研究としていたもの、それは光が持つ熱を高い出力で利用する動力炉でしょう。違いますか?」

「やっぱり、あなたも見ていたのね。アルカナ軍によって盗まれたデータを」

「いえ、そんなもの私も御影も一度も見たことはありませんよ」

「嘘ね」

「貴女みたいに御影の“あれ”を自分達が研究していたものだと言ってくる人はこれまでも数名ですが、いました。自分達の研究が盗まれ使われていると言って、その技術を返せと訴えてきたんです」


 まるで独白のような天野の言葉にステファンは小さく「当然ね」と答えていた。

 この場にいる他の人たちは言葉を発することなく事の成り行きを見守りながらも天野の言葉の真意を探るように真剣な面持ちで耳を傾けていた。

 全員の視線を受けながら、天野はこの場にいない誰かを嘲笑するように口元だけを歪めながら言葉を続ける。


「だからこそ違うと、間違っているのだと断言できるのです。御影の“あれ”は光が持つ熱を利用したものなんかじゃない。光を粒子化して使うという根本的な設計思想からして異なるものなのですから」


 詳しい仕組みなどの説明は一切ない。それでもこれで十分なのだと言うように言葉を区切ってから天野は更なる言葉を投げかけた。


「この言葉の意味が分かるのならば自分が間違っていたと理解できるでしょう。そして、私の言葉の意味が分からないのならば話し合うにも値しない。さて、貴女はどっちですか?」


 ステファンは答えない。否、答えられない。挑発的な天野の言葉に驚愕して固まり立ち尽くしているだけだった。

 暫くして天野の言葉が理解できたのか、今度は信じられないものを見るような視線を天野に向けてきた。


「私が言っておきたかったことはそれだけです。ラナ少尉、引き止めて申し訳ありませんでした」


 一転して普段の調子に戻った天野は先程までとは違う柔らかな笑みを浮かべている。そしてエスコートするような仕草でラナにステファンを連れて行くように促した。


「行きましょう」


 はっとして声を掛けて歩き出すラナと彼女に連れられて研究所を出て行くステファン。

 二人の背中を見守っていたクラエスたちは暫くの間この場から動くことはできなかった。


作者からのとても大切なお願いです。

ほんの少しでも続きが読みたいと思ってくださったのならば、この下にあるポイント評価欄を【☆☆☆☆☆】→【★★★★★】にして『ポイント評価』をお願いします。

この10ポイントが本当に大きい。

大切です。

製作のモチベーションになります。

なにより作者が喜びます。

繰り返しになりますが、ポイント評価を宜しくお願いします。

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