蒼空のシリウス 十五話
最終話まで平日の夜9時に毎日更新します。
(注)カクヨムでも掲載されています。
「いつから始めればいいんだ?」
「こちらは今日からでも構いませんが」
アドルの問いになんてことも無いように平然と答えた神住の隣で天野は思いっきり首を横に振っていた。
「いや、そっちの準備もあるだろうからな。三日後くらいに始めるのではどうだ?」
首を振る天野の様子を慮ってアドルが提案してきた。
「それでしたら良い感じの場所の確保が出来ると思います」
「あの、私は……」
「アルカナ軍が持つフェイカーの情報についても私がどうにかしてみせましょう」
部下の立場では言い切ることの出来ないラナを助けるように天野が言った。
「そうか。まあ、無理はするな。アルカナ軍が持つ情報は無くても――」
ちらりと神住の顔を見るアドル。その意図に気付き神住は平然と告げる。
「俺が持つ情報でしたら、この端末に保存されています。好きに使って頂いて結構ですよ」
どこからともなく取り出したギルドの備品であるタブレット端末をテーブルに置く神住。
神住の言動に驚いた天野が目を丸くしている。
「おい。いつの間に用意したんだ」
「この部屋にあった端末を使わせてもらった。勿論端末は全ての回戦との接続を切ってあるからな。この中の情報が盗み読まれるようなことにはならないから安心しろ」
「いや、私が驚いているのはそれではなくてだな。いつの間に用意したのかと聞いているだ」
「さっき、この部屋に入ってわりとすぐだな」
「あの時か」
天野は神住がテーブルに置かれていたそれに触れた時のことを思い出していた。
あまりにも自然な動作だったために誰に咎められることも無く流されていたが、その裏でこのようなことをやっていたとは。しかし、神住がそれに情報を打ち込んでいたような素振りはない。だとすれば、それを行ったのは神住の仲間の誰かだということになる。
微笑み返してくる神住に天野は自分の予想が正しかったことを知る。ならば重要なのは誰にやさせたかではなく、どうしてやらせたか。
「こうなるって予想していたのか?」
「まあな」
平然と答える神住に天野はまたしても嘆息してしまう。
神住の思考は自分とはまるで違う。それを見せ付けられたみたいで、弟子時代に一度として神住の上に行けなかったことを思い出して複雑な気持ちになってしまった。
そんな天野の心情を知ってか知らずか、クラエスが端末を受け取って神妙な面持ちでその中身に目を通している。
「今日はこのデータを検証してみることにします。私達の間でコピーを取ってもよろしいですか?」
「ご自由に」
確認してきたクラエスに神住は満足そうに笑みを浮かべて答えていた。
「では、本日はこれで――」
クラエスが他の三人にアイコンタクトを送るとゆっくり立ち上がる。
自分の意図しない形で突然やるべきことが与えられてしまった。そう感じているのか浮かない表情を浮かべているトールと、笑みを浮かべてやる気をみせているアドル。何か思い悩んでいるように見えるステファンに対して、あまり表情が読めないクラエス。
天野がばらばらの感情を浮かべている彼らを見送ろうとしいる隣で神住が一言付け加えた。
「最後に一つだけいいですか?」
四人が振り返ったのを確認して言葉を続ける。
「ジュラ・ベリーさんが事故で亡くなったのはいつのことですか?」
「確か、部隊が解散してからそう時間は経っていなかったと思いますよ」
曖昧に答えるクラエスにステファンが意外だというように付け加えた。
「あら、忘れたの? 部隊の解散から一月後。七月の二十一日よ」
「良く覚えていますね」
「そうね。あまりに突然のことだったもの。忘れたくても忘れられないわ。あたしにとってはね」
そう言い残して出て行くステファンに続き他の三人も部屋を後にした。
残された天野とラナは疲労困憊と言わんばかりにソファに体を沈めていた。
「疲れました」
「そうは言ってられないさ。まだまだ私達にはやることが残されている」
「わかっています」
これからどういう順番で事を進めて行くか考えながら天野はちらりと疲弊した様子のラナを見た。
「なんですか?」
「君はアルカナ軍の情報を何も持っていないのか、それとも意図的に彼らに話さなかったのか、どっちだい?」
射貫くような天野の視線がラナに向けられる。
ラナは何かを考え込む素振りを見せつつも、その問いには答えなかった。
「今回の話し合いではそれでも何とかなったけどね、これから先もその調子ではこちらとしても困るのだが」
「ですが、軍が持つ情報の大半は機密情報です。私の立場で話せることと話せないことははっきり伝えていたはずです。軍が秘密にしていることを私は話すことはできません」
「だとしてもた。少しは譲歩すべきなのではないのかね。それを決められるだけの裁量は与えられているはずでしょう」
「ええ。多少は」
「だというのに君は口を閉ざした。それにより君の弟を助けることが難しくなってしまったとしても、同じ事をするというのかね?」
「私個人と、アルカナ軍は別……ですから」
「ふむ」
今度は言い淀むこともなくはっきりと答えてみせたラナに天野はどこか関心した声を出した。
私情よりも軍の規律を優先させた。
天野の中でラナに対する人物評が変わった瞬間だった。
「少しは聞きたいことは聞けたかい?」
体の向きを変えて天野が神住に訊ねる。
来客がある時に部屋に常備されている壁沿いの棚の上にある水差しから透明な硝子のコップに水を注ぎ飲んでいた。
「まあ、少しはね」
空になったコップを棚の上に置きながら神住が答えた。
「ですが、真犯人については何も情報は得られませんでした」
神妙な面持ちでそう呟いたラナに神住は「そうでもないさ」と再びコップに水を注ぎながら返した。
「おそらく彼らは真犯人について何か知っている」
突然の神住の一言にラナが驚きのあまり「えっ?!」と予想外に大きな声を出していた。
「だけど確信が無いから隠しているって感じかな」
「どうしてそれが分かるんですか?」
「考えてもみろよ。自分達が作っていた技術が悪用された襲撃事件が起きたんだ。普通なら誰が犯人なのか気になりそうなものだろ。それこそ一応とはいえ犯人が捕まっているんだ。自分達よりも事情を知っていそうな俺達に誰が犯人だったのかくらいは聞いてきてもおかしくはないさ。なのに誰一人としてそれを聞いてこなかった。つまりは知っているってことだろ。それか勘付いているのかもな。彼等なりの真犯人の正体ってやつをさ」
「それは事前にギルドから聞いていただけなのでは?」
「どうなんだ、オッサン」
再び空になったコップを水差しの隣のお盆に置いてから神住は机の先に軽く腰掛けるように立って話の矛先を天野に向けた。
「どうせオッサンのことだ。最初に彼等に応対していたのが自分の部下ではないといいながらもここであった会話くらいは盗聴しているんじゃないか?」
「えっ」
「勘が良いな」
驚くラナを余所に天野が平然と肯定してみせた。
「流石に会話の内容まで指示することはできなかったがな。聞いてはいた。実際にここで行われていたのは通り一辺倒な説明だけだったようだ。掴まったルーク・アービングという名前は当然にしても、その写真すら見せてはいない。フェイカーの情報も大して開示されなかったようだ。だからこそ彼らは私達と話すことに応じたのだよ。私の言葉通りに伝言したのならこう言われたはずだ。『自分達よりも今回の事件に対して詳しい人が話をしたがっているので、話をするつもりがあるのならここでもう暫くお待ちください』とね」
「だから俺達を待っていたってわけか」
「それだけ彼らも知りたかったのだろう。ギルド、延いてはアルカナ軍がどのくらい真実を突き止めているのかをね」
「それがわかっているのに、フェイカーの情報を渡したのですか?」
なんてことも無いように言ってのける天野にラナは疑問をぶつけた。
「いや、私は渡していないぞ。渡したのは御影だ」
キッと睨むように神住を見るラナ。追求しようと決めているその目からは逃れられそうもない。
「彼らが真犯人について何か知っていることは間違いないだろうさ。それと同時に彼らの中にが真犯人がいることも間違いないと思う」
「どうしてそう言い切れるんですか?」
「俺を前にして一切態度を変えなかったからさ」
あっけらかんと神住が答えた。
「あの戦闘でフェイカーのライダーが、ああ、一応言っておくけどルーク・アービングではなくて真犯人の方ね。それが俺に興味を示した。ここで彼等と話をするまではその理由が全く分からなかったんだけどさ、今は何となくだけど予測が付いている」
「理由ですか?」
「俺のシリウスはアルカナ軍のデルガルや、他のジーンとは根本的に違う。それが何故か分かるか」
「いえ」
「動力炉に俺が作った特製のルクスリアクターを使っているからだ」
「るくす、えっとそれは……」
「端的に言って高出力な新型動力炉ってところかな」
始めて耳にする単語にラナの頭にはいくつもの疑問府が浮かんでいるようだ。
「ギルドにも、他のトライブにも、当然アルカナ軍にも公表していないそれは、あのフェイカーのライダーにとって喉から手が出るほど欲しいもののはずだ。何せそれがあれば光学迷彩の装置やホログラム投影の装置を搭載したとしても何の問題も無くジーンを稼働させることができるんだからな。まあ、あの感じはそれだけじゃ無さそうだったけどな」
最後の方は誰にも聞こえないくらいの小声になっていた。
「真犯人はそれを知っていながらも御影を前にして何も様子を変えなかった。だから彼らの中にいると言いたいわけか。だが、それだけで彼らの中に真犯人がいることにはならない。私達に気付かれないように敢えて態度を変えなかったと考える方が自然だろう」
「それに、隠しているだけでなのは? 次の機会に探りを入れれば良いと考えていたのだとしたら、どうですか?」
二人の疑問に神住は即座に答えてみせる。
「わざわざ時間を置く意味なんてないさ。それに俺から情報が渡された時、彼らはそれを軽くではあるけど目を通していただろ。その時に言っても良かったんだ。俺がフェイカーと戦った時の情報が欠けているとね」
「はい?」
「俺が渡したのはあくまでも俺が予測したフェイカーの武装や機体そのもののスペック表。一応デルガルを流用した簡単な設計図も付けてあるし、光学迷彩を破ったときに使った道具に関する情報も付けてある。だけど、ことシリウスに関する情報は一切載せていない」
「なるほどな。真犯人ならば一番欲している情報だけが欠けているということか」
「そういうこと。その反面フェイカーを解析しようとしている人にとっては有益な情報だったろうけどさ」
一通りの説明を受け納得した素振りを見せるラナ。天野は何か懸念が残っているようで、険しい表情を浮かべたまま続けて問い掛けてきた。
「真犯人もそれを見るのだろう。どうするつもりだ?」
「どうもしない」
驚くほど簡単に答えた神住。
「俺の予想だけどさ、今回の犯人はこれ以上は光学迷彩技術を改良することができないはずだ。ホログラム投影の技術も同じだな。それに俺が見た限りで言わせてもらうなら、あの光学迷彩技術はあれで完成しているんだよ。敢えて手を加える必要なんてないくらいにさ」
「だから改良されることはないということですか?」
「だが、御影がそれを破ってみせたのだろう。だとすればより強力なものにしようとするのではないか?」
「考えてみてくれ。俺が破らなかったらどうなっていたと思う?」
「それは同じような襲撃が続いていただろうな」
同感だと頷く神住。それを見て天野が言葉を続ける。
「だとしてもいずれ破られただろう。アルカナ軍もそこまで無能の集まりではないはずだ」
「まあな。そこら辺は俺も信用しているよ。けど、今回の襲撃の目的は何だったと俺達は考えている?」
「そうか。実戦を使った実験だったな」
「ああ。光学迷彩はいずれ破られる。それは間違いない。だけどその頃には実験が終わっていてもおかしくない。仮に最終実験が行われるより先にアルカナ軍に破られていたとしても、既に十分な実戦データは蓄積されているだろうさ。後はそれを使って好きなようにすればいい。金が目的ならそれを他のアルカナに売り込んでもいいし、謎の襲撃者を気取るのなら襲撃の対象や頻度を変えてもいい。オートマタとの戦闘に役立てようとするのならいずれギルド内部でも噂が出てくるはずだ。最近姿の見えないジーンが凄まじい戦果をあげているってさ」
あり得る未来を並べ連ねていく神住に天野はより険しい顔を浮かべていた。
「たかだか一機のフェイカーに随分と好き勝手されるな」
「量産の目処がついているならフェイカーの大群かも知れないぞ」
「やめてくれ。冗談でも考えたくもない」
「だとしても襲撃してきたフェイカーは俺が確実に破壊した。すぐに同じ機能を搭載した別のジーンを用意することはできないだろうさ」
だから暫く襲撃はない。断言した神住の言葉を証明するかのように、フェイカーが討伐されてからの数日間は静かなものだった。
事件が起きたのは神住がクラエスたちに会談してから二週間後。
月が代わり、どこかの部屋のどこかの壁に掛けられているカレンダーが新しいページになって間もなくのことだった。
作者からのとても大切なお願いです。
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