蒼空のシリウス 十四話
最終話まで平日の夜9時に毎日更新します。
(注)カクヨムでも掲載されています。
「よろしければ今度は私の質問に答えては頂けませんか?」
クラエスが神住に向けて言葉を投げかける。
「もちろんです」
「では。仮に私達が開発した迷彩技術が用いられていたとして、アルカナ軍はそれをどうやって破って見せたのですか?」
クラエスの視線はラナへと向けられている。はっとしたようにラナは何かを言おうとして再び口を噤んでしまった。
口を開こうとしないラナに代わり神住が答える。
「フェイカーの光学迷彩を破ったのはアルカナ軍ではありません」
「では誰が?」
「俺です。俺が自作の装置を使ってフェイカーの光学迷彩を打ち破りました」
「何と」
「どうやってだ!?」
驚き目を丸くするクラエスを押しやってアドルが前のめりになり聞いてくる。
「至って簡単なことでした。短時間とはいえ光学迷彩にエラーが出るようにすればいいんです」
「だから、それはどうやってだ!」
「フェイカーの光学迷彩は機体の表面に周囲の景色と同化する謂わば膜のようなものを発生させるものだと推測しました」
「ああ。そうだ」
「であれば、その膜を傷付けるなり剥がすなりして乱してしまえば良い」
「それがあの塗料と金属片だったってわけか」
「まあね」
天野が納得出来たというように興奮気味に叫び、それを神住が軽い調子で肯定した。
「実際は今回一度限り、使い捨ての代物でも構いませんでした。しかし、もし光学迷彩の装置が犯人の手によって量産されていた場合は再現可能なものでなければならない。だから苦労しましたよ。映像のフェイカーをサンプルにしてそれの表面の変化を推測して阻害する機能を持つ素材と妨害する信号のパターンの検証する必要がありましたからね。とはいえ予想していた通り光学迷彩には電気的なエネルギーが用いられていました。結果として塗料にはその流れを阻害する物質を混ぜ、同時に機体から送られる迷彩の信号パターンを妨害する機能を持たせました」
苦労したと口では言っているが、別段難しいことではなかったように語る神住に四人の元技術開発部隊の面々は驚きのあまり唖然とした表情を浮かべていた。
四人を代表してクラエスが口を開く。
「なるほど。確かにそれならば一時的に迷彩の機能を防ぐことはできたと思います。しかし、それではホログラムの投影はどうしたのですか?」
「それに関しては特別何もしていませんよ」
「何だって?」
どういうわけか今度は天野が驚いていた。
「そもそも迷彩さえ妨害出来ればフェイカーは姿を現わすんです。再び消えるまでの間にフェイカーの外装を大きく破損させることが出来れば、ホログラム投影は防いだも同然でした」
「どうしてそう言い切れるのですか?」
神住の言葉を受けてクラエスが更に訊ねてくる。
「あれだけ高精細なホログラムでしたからね。おそらくは現在の機体の状態をそのまま投影したのではなく、事前に取り込んであった映像を投影していると考えたほうが普通です。であれば目の前のフェイカーを投影するホログラムとは異なる状態にしてしまえば無効化したも同然だとは思いませんか?」
「ええ。その通りですね」
「とはいえ、コクピットの内部にいるライダーに別の人物の姿を投影しているとまでは予想していませんでしたけど」
何てことも無いように付け加えた神住の一言にアドルは眉をピクッと動かした。
「どういう意味だ?」
「皆さんが知るジュラ・ベリーという人物の姿がホログラムによって実際にフェイカーに乗り込んでいたライダーの体に投影されていたんです。しかもそれはライダーをコクピットの外に出してからも僅かな時間は継続していました。ライダーに対するホログラムの投影が切れたのはフェイカーの電源が落ちたからでしょう」
「いや、あり得ない話だ。確かにコクピット内という限られた空間ならばホログラム投影も可能だろう。しかしそれが外部に出ても続くとなると―」
「機体を投影する技術がそのまま使われているのではないのですか?」
神住の予想を否定したアドルに天野が問い掛けていた。
アドルは首を横に振って神住たちにそもそもの根底から間違っていると告げたのだ。
「どういう意味ですか?」
その疑問は当然のことだろう。天野の質問に神住やラナは違和感を抱くことなく、返ってくる言葉を待ち続けた。
一拍の無音の後、アドラが自身の言葉の根拠を語り始めた。
それは神住たちにとって驚くべきこと。アドラが言ったのはは自分たちが完成に至らなかった最大の要因のことだった。
「光学迷彩技術も、ホログラム投影の技術も理論として、あるいは極めて小規模な実験の段階では成功していた。しかしそれをジーンの流用することはできなかった。理由は単純だ。ジーンという巨人を動かす上で必要な動力と光学迷彩の装置を動かす動力を合わせた場合、ジーンは巨大なエネルギーパックを装備する必要が出てくる。それではまともな活動などできるはずもない。即ち、わしらはその技術をジーンで使えるに至る動力炉というものを作り出せなかったというわけだ」
二十年ほど昔のことであるという事実を差し引いてもそれは現在のジーン開発における最大限の障害と似て重なる部分でもあった。
高威力、高出力となる装備を作り出すことはできる。しかしそれをジーンが使う装備に落とし込もうとした場合、大抵の技術者はどうエネルギーを工面すれば問題無く機体が動くのかという壁に行き当たる。
既存の動力炉を用いた場合、それをクリアするための方法は新装備のデチューン、あるいは既存の別の装備の排除が最も効率的な方法となってしまっている。故に実際に新装備として無理なく大抵のジーンに採用されるような武装は年に数えるほどしか世に出ることはない。
「だからこそ、私には信じられないのです。フェイカーは光学迷彩の装置を搭載しながら戦闘まで行ったのでしょう。この二十年でそれを可能にするほど高出力で安定した動力炉なんてものが開発されていたなんて話を私は聞いたことすらないのですから」
未だにアルカナ軍とパイプが繋がっていると公言するクラエスが断言した。
この場にいるラナ・アービングという現役のアルカナ軍の兵士も使っているデルガルというジーンですら動力炉という一点において、過去に作られたジーンと同規格のものが搭載されていることは少しでもジーンの知識があれば知っている常識だ。
「勿論、当時に比べてエネルギー効率が上昇しているのは確かでしょう。しかし光学迷彩の装置を搭載して戦闘できるほどにまで改善されたとは思えません。それほどまでにエネルギーを消耗するのですよ。私達が作り上げた光学迷彩の装置というものは」
「では、まるっきり別物であると?」
クラエスの言葉が信じられないというようにラナが聞き返す。
「先程も言いましたがそれもありえません。見せて頂いた映像や画像で考えれば、使われているのは私達が開発していた技術そのものなのですから」
「つまり貴方は何が言いたいのですか?」
「私の立場で言えるのは、過去に私達が廃棄、抹消した技術を現在に蘇らせ、なおかつ改良した何者かがいて、それが使われているということだけです」
今ひとつ煮え切らない言い方をするクラエスに天野やラナが数回詰め寄ってみるも、クラエスは自身の見解を述べるに止めていた。
淡々と事実を並べるクラエスを前に天野はどこか納得出来ないというように眉間に皺を寄せている。
重い沈黙が流れた。
「皆さんが覚えている当時の技術を新しくデータに起こすことは可能ですか?」
程なくしてそれを破ったのは緊張感の欠片も無い神住の一言だった。
「どうしてですか?」
データの復元を望んだ神住を警戒するような声色でステファンが聞き返している。
「俺個人の目的としては答え合わせですね」
「答え合わせ?」
「正直な話、俺は目の前で見たフェイカーの光学迷彩やホログラム投影に関してある程度の予測が出来ていますし、それほど間違っていないとも思っています」
「ではあなたはこれと同じ物を作り出せるというのかしら」
「実際にするかどうかは別として、可能かどうかだけで言わせてもらうのならば、可能です」
「なっ!?」
きっぱりと言い切る神住に一番大袈裟に驚いて見せたのは天野だった。
「聞いていないぞ」
「言ってないからな。そもそもオッサンはどうして俺にそれが出来ないと思ったんだ?」
「あ、いや、アルカナ軍でも再現しようとして手間取っているという話だったし」
「俺とアルカナ軍の技術者ではモノが違う。アルカナ軍では再現不可能だとしても俺なら可能だ」
当然の事実であるというように言い切った神住に驚く面々。
神住のことを知らなければ大層な自信家だと感じるのだろう。しかし、この場において天野だけはその力量の程を知っている。そして、神住が決して大言壮語なわけではないことを。
言葉に出すことはなかったが、神住ならば大元にあるエネルギー不足という問題もクリアしていることもすぐに気付けた。
だとすればどう返すべきか。
確かに可能なのだと後押しするように告げれば彼らは何か情報を明け渡してくれるのだろうか。それとも危険だと判断して今よりも厳しく情報を隠そうとするだろうか。
悶々と堂々巡りをする思考を気取らせないように努めながら天野は深く息を吸い込んでいた。
「彼が言っていることは本当ですか?」
言葉に詰まっている天野にクラエスが問い掛けてきた。
自分の返答次第ではこの話し合いが終わってしまう。そんな風にプレッシャーを感じながらも天野は誤魔化すことのほうがリスクが高いと判断して、軽く頷いた。
「では、私は尚更、私達が知る情報をあなた方に伝えることはできません」
「何も知らない人に渡るよりはいいのでは?」
「かも知れませんね。ですが、あれはこの世にあってはならない争いの種になるものです。今ならまだそれに似た何か別の物にしてしまうことができるのではないですか?」
クラエスの言葉に神住は「できるでしょうね」と答えていた。続けて、
「ですが、その場合アルカナ軍はこの技術の再現により執着しますよ。今なら皆さんのように再現するべきではないと考えている人が結果はどうであれ、失敗だったと結論付けて再現は不可能なものとして闇に葬ることは可能です」
「しかし…」
「まあ、俺はそれだけでは足りないと思っているのですけどね」
「はい?」
素っ頓狂な声を出す天野。
何でも無いように付け加えた神住に全員の視線が集まる。
「失敗の結論も重要でしょう。しかし、本当に重要なのはそれが実現されたとしても確実に打ち破る手段が予め用意されているという事実です」
「打ち破る手段?」
「それは貴方が作ったものじゃだめなのかしら」
「結果として俺が作ったものに似たのならば構いません。ですが、ここで重要なのはそれを作った人が俺ではなく、当時にそれを作っていた人達が既に対処法までも確立していたという事実です」
この場にいる大抵の人が神住の言葉の意味が分からず眉を顰める。唯一それを理解したのはアドルという畑は違えど現役の技術者だけだった。
「ああ、ちなみに当時から実現可能だったかどうかは関係ありませんよ」
にっこりと笑みを浮かべて告げる神住。
それに反して苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるアドル。
相反する二人の男の間に音に乗らない視線だけで行われた会話のようなものがあった。
「今更わしらにそれをやれというのか?」
「言ってしまえば皆さんが当時やり忘れていた宿題ですからね」
「生意気なやつだ。先程までの口振りはわざとか。自分の方が腕が優れていると言葉の節々に匂わせおって」
「どうでしょうね」
にやりとしてやったというように笑う神住に、アドラは観念したと呻りを上げた。
「自由に使える作業場が必要だ」
「ギルドが持つ施設を使えば問題はないでしょう。秘密裏に作業ができる場所の用意はできているよな、オッサン」
「ああ、すぐに用意させよう」
「他に必要な物は?」
「当時の人員に声を掛けたい」
「任せますよ」
「フェイカーの正確な情報を見せてくれ」
「ラナさん。どうですか?」
敢えて本名を呼んで問い掛ける神住。
ラナは自身が偽名を名乗っていることなど忘れたように「それは…その……」と返答に困り言い淀んでしまっている。
そんな彼女の様子を見かねて天野が代わりに答えた。
「ギルドからアルカナ軍に話をつけましょう。しかし、当然部外秘の情報も含まれますので、その取り扱いには重々注意して頂きたいのですが」
「わかっておるわ」
急に乗り気になったアドルに戸惑う他の三名は互いの顔を見合わせてどうしたものかと悩んでいるようだ。
「どこまで作ればいい?」
「最低でも理論の完成までは。妨害装置の完成品は今回は必要ないと思いますが、実験機程度は用意してもらいたいですね」
アドルの問いに答える神住。そんな二人に困惑しているトールが言ってきた。
「だったらあなたがやっても良かったんじゃ…」
「最低でもというからには、私達にはまだ別にやるべきことがある。そうなのですね?」
神住がそれに答えるよりも先にクラエスが聞いていた。
「ええ。光学迷彩に対抗する技術の理論が完成した後、皆さんにはそれとは別に、それらしく見える失敗作の設計図の製作も行って貰います」
「おい、それって…」
「ああ。オッサンにやってもらっている奴を引き継いでもらおうと思ってさ」
「どういうことだ?」
いまいち要領を得ない神住の発言にアドルが聞き返してくると、天野が自分が作っている途中の設計図を見せながら答えた。
「私達は今回の事件の解決策として決して成功しない、完成したデタラメの設計図を用いることを決めました」
「成功しない完成品、だと?」
「ええ。それを今回再現を企てているアルカナ軍の上層部に渡るように手配してそれを作らせることで失敗させようと考えたのです」
「それはまた、随分と面倒な手段を選びましたね」
驚いたというよりは感心したという口振りでクラエスが言った。
「自分の頭で考えさせて確実に失敗させたほうが確実でしょうから」
「技術者泣かせだな」
「ですが、失敗を検証していけばいずれは成功するのでは?」
「だからこその成功しない完成された設計図なんです。どこかを改良したとして確実に成功には至らない、言うなればゴールがデタラメなマラソンをさせるようなものですね」
「趣味が悪いぞ」
にこやかに告げる神住にアドルがポツリと呟く。
「だとしても必要でしょう。そして本物の設計図は、そうですね。皆さんが管理してください」
「わしらがか?」
「今度こそ本当に闇に葬ってもいいですし、皆さんが何らかの方法で世に出しても構いません」
「いや、世には出さんさ。そんなことをすればジュラ・ベリーがしたことが無駄になってしまう」
「そうですか」
しんみりと答えたアドルに神住は微笑んで答えていた。
作者からのとても大切なお願いです。
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大切です。
製作のモチベーションになります。
なにより作者が喜びます。
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