蒼空のシリウス 十二話
最終話まで平日の夜9時に毎日更新します。
(注)カクヨムでも掲載されています。
第七駐屯地襲撃から三日後。
これまでならば襲撃が予測されていた日だというのに、それぞれの駐屯地は何事もなく平穏に包まれていた。
同日、神住は天野と共にギルドの第三管理部部長室で真剣な眼差しでモニターを見つめてた。
モニターに映し出されているのはどこかの部屋の様子。
簡素なパイプ椅子に座らされている青年は後ろに回された手首に手錠を掛けられて拘束されている。青年の向かいにいるのはアルカナ軍の制服を着た屈強な男。そしてその男の後ろには別の男性が二人、扉を塞ぐように立っていた。
「あれがフェイカーのライダーか」
「ああ」
「想像していたよりも若いな。御影くらいの年齢に見えるな」
天野がちらりと神住を一瞥して呟きつつ、事前に用意しておいた青年のデータが記されている資料に目を落とす。
「先々月二十歳になったばかりか。それに一人のアルカナ軍兵士の身内でもあると」
「みたいだな」
先の戦場で青年に駆け寄っていったラナ・アービングの姿を思い出しながら神住は答えた。
「それよりもだ。ここに書かれていることは本当なのか? この男がコクピットから引きずり出された時はジュラ・ベリーの姿をしていたというのは」
「ああ、本当だ。俺も自分の目で見たからな。間違いはないさ」
「どういうことだ? というか、どうやって?」
「多分、ホログラム投影技術の転用だろうな。俺にフェイカーの残骸を調べさせてもらえるのなら何か分かることもあると思うけど」
「悪いな。今フェイカーの残骸を管理しているのはアルカナ軍だ。調査も解析もアルカナ軍の専任の部署がやるだろうからな、こちらが手を出すことはできない。そもそもギルドは今回の襲撃事件では半分外野のようなものだ。後から結果くらいは知らされるだろうが、それもどこまで開示されるかわかったもんじゃない」
天野が手元の資料を捲っていく。そこにはアルカナ軍が回収したフェイカーの残骸を解析した結果が記されている。だが、その多くは“現時点では不明”とされており、性能面についてはっきりと判明した事など何もなく、せいぜい元の形状に近付くように格納庫の床に並べられた破壊されたパーツが映る写真が推測の材料になるかもしれないといった程度だ。
そもそもこの資料自体が極秘書類とされていて、本来ならばアルカナ軍の外部に流出するような代物ではない。天野がそれを平然と所持していることはまだしも、神住に見せているのは彼がフェイカーと対峙した当人であり、また他を卓越した技術者であることを熟知しているからに他ならない。
加えて開示されていない性能面に関しても例え写真数枚であろうとも神住ならばある程度は予測できるだろうと期待していることも確かだ。
「何か分かるか?」
写真を見つめている神住に天野が問い掛ける。
多少の期待が込められていたその問いに返ってきたのは「さっぱりだ」という何とも肩透かしな返答。
虚を突かれたような表情を浮かべる天野を前に神住は資料から写真を取り外すとテーブルの上に並べ始めた。
「写真に映ってる残骸は本物だと思う。けどさ、その中身を撮った写真はここに一枚もない」
「戦闘で御影が破壊したからではないのか?」
「いや、流石にここまで粉々になるまで破壊しないって。それこそコクピット付近は比較的無事だったはずだし。後はそうだな、斬り飛ばした四肢とか」
思い出しながら言葉を選ぶ。敢えて斬り飛ばすことで無事なパーツを多く残そう戦い、事実その通りに戦った神住はトントンとテーブルの上の写真を指で叩きながらいった。
「自爆した動力炉は完全に焼失しただろうけどさ、残された残骸を全て並べたのならここまで抜け殻みたいな状態になっていないさ。多分アルカナ軍がギルドに渡す資料用の写真を撮るときに素体骨格の重要だと思われるパーツは意図的に取り除いたんだろうさ」
破壊されて歪んだ装甲だけを元の位置になるように並べられた写真。一部の素体骨格が残されたままなのは一般的なジーンに使われているものと同規格のパーツを使っているからだろう。
「アルカナ軍は光学迷彩技術を使うつもりだと思うか?」
天野が危惧していることはこれだ。
他のアルカナとの戦争に繋がる怖れのある危険な技術。出来ることならばそれが存在していたという事実を完全に秘匿したいと考えている天野にとって、一部の事実が隠された写真は抱いた疑惑に真実味を持たせるものだった。
「どうだろな。使うつもりがあるのかどうかは知らないけどさ、実際に使えるようにするにはまだかなりの障害が残っているはずだ」
「障害だと?」
「そもそもアルカナ軍はそれの仕組みを解明することすらもできないんじゃないか」
「どうしてそう思う?」
「俺が見た時、光学迷彩の装置があったのは外部装甲と内部装甲の間じゃなくてその奥に取り付けられていた。それも素体骨格にあるコクピットのすぐ近くだ。この写真を見た限りだと残骸すら回収できていないみたいだけど」
「確かに」
「流石にフェイカーの制作者なら同じの機能を持つジーンを作れば再現できると思うけどさ、アルカナ軍が昨日今日でそれを再現することは不可能だと思う。そもそも光学迷彩を使うための動力もアルカナ軍は持っていないからさ」
デルガルという量産機はシリウスのようなワンオフ機みたいに特定の機能を持つことを想定した作りをしていない。量産機にも特別な機能を持つ装備を取り付けることは可能だが、それではワンオフ機の劣化版になってしまうだけ。
今回の光学迷彩が消費するエネルギー量を予想すれば、デルガルという機体でそれを運用しようとすること自体が無理な話だとわかる。
「動力か。だとするならフェイカーが光学迷彩を使えていたのはその問題をクリアしていたからだというのか?」
「それはどうかな」
「ん?」
「フェイカーが積んでいた動力炉は確かにデルガルよりは高出力だったと思う。けど、それが安定しているかと言われれば微妙だった。勿論普通に使う分には問題無いだろうけどさ、高出力を維持しようとするのなら俺が見た感じフェイカーは一度の戦闘で動力炉を使い捨てるつもりだったとしか思えないんだ」
「使い捨てのジーンか。成る程な。確かにそれは現実的な代物ではないな」
「試験的に機能を搭載するテスト機ならばまだしも、正式に使うにはコストが掛かりすぎる。それにさ、最後にフェイカーは動力炉を過暴走させて自爆したも同然だったからな。大勢が使うには危険すぎる代物だろ」
「アルカナ軍がまともな感覚ならば敢えて使おうとは思わないということか」
「多分ね」
だとしても調べてみたいと考えてしまうのは技術者の性みたいなものなのだろう。写真にない部位を鑑みるにアルカナ軍の技術者もその誘惑には抗えなかったようだ。
同じ技術者の端くれでもある神住や天野はアルカナ軍の技術者を責める気持ちにはなれなかった。使う事はない、使ってはいけないと知りつつも目の前に興味をそそる技術があれば、どんなに駄目だと言われても実際に手を伸ばしてしまったかもしれないのだから。
「再現される可能性はどれくらいだ?」
念のためというように天野が問い掛ける。
「殆どゼロ。まあ、今後何かしら類似した迷彩技術は開発できるかもしれないけどさ、それは今回のフェイカーとは別問題だと思ってもいいんじゃないか」
「そうか」
神住一人に可能性が低いと断定されても実際にアルカナ軍内部には何の影響も及ぼさない。しかし、神住の腕を知っているからこそ天野にとってその言葉は安心を得るに足るものだった。
『もう一度聞かせてください。君があのジーンに乗っていた理由は何ですか?』
写真を見ながら話をしているモニターから質問する男の声が聞こえてきた。
知らぬ間に現われたスーツを来た四十代くらいの痩身の男が屈強な男に代わり青年に話しかけたようだ。
『何度も言っているだろ! オレはシミュレータに乗り込んだだけだったんだ。なのにどうして――痛っ』
手錠によって拘束されていて腕を動かせない青年は、激昂し前のめりになりながらもスーツの男に反論していた。
その際、頭の傷が痛んだのか、僅かに表情を歪めている。
青年の頭には包帯が巻かれ、よくよく見れば着ている簡素なシャツの袖の内側にも腕に巻かれた包帯がちらりと覗えた。
『その傷が何よりの証拠だろう。君は間違い無くあのジーンに乗り込み、我々、アルカナ軍を襲撃していた』
『嘘だ……』
『そしてこれが君がコクピットから救助された時の画像だ』
『嘘だ!』
『間違いなく、これは君だ』
画像に写るコクピットから青年が救助されたときの様子。それを目の当たりにすると青年は俯いてしまう。
『あ、ああ。ちが、違うんだ。知らない……オレは何も知らない!』
『この時、君のお姉さんであるラナ・アービング少尉もその場に居合わせている。彼女もここに写る君を君本人だと断言しているよ。ルーク・アービング君』
『う……あ………』
リアルタイムに取り調べの様子を中継しているモニターに映る背中を丸め項垂れるルークの姿。彼を見つめている神住と天野はほぼ同時に眉間に皺を寄せていた。
「どう思う?」
モニターから視線を外さずに神住が問い掛けた。
「この青年を捕えたことで昨日の襲撃は起こらなかった。それは紛れもない事実だ」
「だけどそれはフェイカーが破壊されたからだとも言える」
「ライダーの逮捕とジーンの破壊。そのどちらかでも成されたのならば当然、次の襲撃事件は起こらないというわけか」
「今回はそれが偶然、同じタイミングでそれができただけなのだとしたら」
「だが、それだけではこの青年が犯人ではないという確証にはならないぞ」
「わかっているさ。だからアルカナ軍が取り調べをしているんだろ」
穏やかな口調ながらも強固な態度でルークに繰り返し質問しているアルカナ軍の男。
仮にルーク・アービングという青年が真実のみを語っているのだとしても、それを確かめることはその場にいない神住にはできないことだった。
「真実を明らかにするにしても時間は掛かる、か」
モニターを見つめ気の毒そうに独り言ちる天野。
ルークを捕えたことで次の襲撃が起きなかったという事実がある以上、アルカナ軍はこのままルークを開放するとは思えなかった。
「このルークって人からすれば次の襲撃事件が起きた方が良かったのかもしれないな」
何気なく神住がそう呟くと天野は一瞬不快そうな顔をしたが、何かを考えるような素振りをした後に微かに頷き小声で「そうだな」と肯定していた。
「意外だな。オッサンがそう言うなんてさ」
「そうか? 現に彼が捕まった状態で次の襲撃事件が起これば過去の襲撃犯は別人だとされる可能性もあるにはあるだろう」
「可能性だけなのか?」
「共犯がいる、あるいは模倣犯が出たとされることが関の山だ。その場合、彼が釈放されることはまずない」
「そうだな」
ルークが開放されるにはやはり真相が解明されることが一番の近道になるだろう。問題はその為に動く人がどれくらいいるのか。
目を伏せて、思考を切り替える。
神住の役目は終わった。ここから先は警察やアルカナ軍の仕事だと思うことにしたのだ。
「で、今日、俺を呼んだ理由は何だ? この仕事の報酬ならいつも通りにニケーの口座に振り込んでくれるだけで良いんだけど」
変わらずにモニターから聞こえてくる取り調べの声を無視して、強引な明るい調子で神住は天野に訊ねた。
「既に報酬は振り込んであるからいつでも確認してくれて構わないぞ」
「そうか。だったら、別の用事ってことだよな」
「ああ。御影、君達に仕事を頼みたい」
「またか」
神住の目を真っ直ぐ見つめつつ天野が真剣な面持ちでそう告げた。
「今この仕事が終ったって話をしてたよな」
「わかっているさ。だがな、御影に頼みたい仕事というのはこれと無関係ではないんだ」
「ちょっと待て。まだ俺をこの事件に関わらせようってのか」
「少し違う。俺ではなく君達だ。それに関わる、ではなく、御影達にはこの事件の解決を頼みたい」
「はあ?!」
驚愕する神住を余所に天野は立ち上がり自身の机にまで移動してその上にある備え付けの内線機に触れると「呼んでくれ」と告げた。
暫く後に部屋の扉をノックする音がする。
「入ってくれ」
ノックに天野が答えるとドアが開き、そこに立っていたのはニケーを担当しているギルド職員の水戸ともう一人、別の女性。
「あんたは……そうか。そういうことか」
見覚えのある女性の来訪に神住は天野が自分に任せようとしていることの大筋を理解したような気がした。
「依頼主のラナ・アービング少尉だ」
水戸とラナに入室を促す素振りをしながら神住に向けて言う天野。
「ギルドに依頼が来たってだけじゃないんだな」
「そうだ。ギルドではなく、御影達を指名した依頼だ」
「どうしてなんて、聞くだけ野暮か」
「戦場で御影の戦いぶりを目の当たりにしたからというのも理由の一つらしい」
「それはそれだろ。言っておくが、俺は警察でも探偵でもないんだぞ」
「御影達ならばと思う気持ちはわからんでもないがな」
然もありなんというように言ってのける天野を神住は軽く睨み付けた。
天野は掛けてくれと二人を神住と対面するソファに促すのと同時にモニターの電源を消していた。
「個人でギルドに指名依頼をするなんて随分と思い切ったな。結構高く付いたんじゃないか?」
緊張している見えるラナに神住が軽い口調で話しかけた。
ギルドに仕事を依頼することそのものは個人であろうとなかろうと可能だ。しかしギルドがジーンを用いた事柄に対応する組織である以上、それは一般的な企業に仕事を依頼する時よりも高額になってしまう場合が多い。
そもそもジーンを用いる事柄というのは大抵が戦闘を含んでいるものであり、アルカナの内部よりも外部での仕事が大半。であればこそ個人から仕事の依頼が稀であることは言わずもがな。
ギルドに所属するトライブの基本的な仕事であるオートマタの討伐は誰に依頼されるわけではない。報酬を得る手段として討伐し回収したオートマタの売却という方式を取られているのは、依頼が無ければ討伐に行けないなんてことが発生しないようにするという目的があるのと、依頼するのに掛かる費用がおよそ個人では支払える額ではないことがその主な理由だった。
それだけにラナが個人で依頼を持ち込んだことは珍しいことだった。何か理由があるのは明らかだというのに、重々しい空気を纏ったラナは何も答えずに俯いたままじっと動かない。
話し出さないラナに代わり天野が何気なく告げる。
「今回の依頼でラナ・アービング少尉が個人的に支払う金額は無いぞ」
「どうしてさ」
「実際はアルカナ軍からの依頼だからだ。尤も非公式にではあるのだがな」
「ちょっと待て」
神住の隣に天野が座り、ラナの隣に水戸が寄り添うように腰掛けてから四人の話し合いが始まった。
「だとしても一応形式的にはラナ・アービング少尉からの依頼というように話を進めるが、構わないね」
「はい」
「依頼の内容は今回の襲撃事件の真相の解明。それも間違い無いな?」
「はい」
「だからちょっと待てって。それは警察やアルカナ軍がやるんじゃないのか?」
小さく答えるラナと淡々と話を進める天野の間に神住が割って入った。
「表面的にはするだろうな。だが、真剣に真相を解明しようとはしないはずだ。少なくとも次の襲撃事件が起こらない限りは」
はっきりと告げる天野の言葉を聞いてラナは表情を曇らせて頷く。
「上層部はルークの逮捕で今回の襲撃事件を終わりにしてしまいたいみたいなんです」
「何故?」
「今のアルカナ軍では事件の真相を解明するよりもフェイカーが使っていた技術の再現の方が重要視されているんです」
意気消沈したままのラナが言い放った。
「いや、だけどさ……」
先程の自分の言葉を思い出しながら神住が天野の顔を見ると頭を振りつつ目を伏せている。
「技術者でもなんでも無いアルカナ軍の上層部は御影ほど理解が良くないということだ」
「だとしても、技術者達は不可能だって言わなかったのか」
「軍は完全な縦社会だ。上の者が白だと言えば黒いものでも白くなる。それに技術者の全てが不可能だと言ったとは限らない。そのうちの何名かでも可能だと、あるいはその可能性があると言えば、上層部が取り合うのは大抵がそういう言葉の方だ」
断言する天野に神住は大きな溜め息を吐いた。
「幸いなのは神住の見立て通りなら再現の可能性が低いということか。いや、彼女にとってはそれも不幸か」
「どういう意味ですか?」
ラナに代わって隣に座っている水戸が聞き返した。
「ライダーとジーンの制作者が違うのは一般的なことだ。そうなのだとしてもライダーは自分が乗るジーンについてある程度の知識があるのが普通だ。つまり逮捕されたルーク・アービングが何かしらの情報を持っている、あるいは隠していると思われても仕方ないというわけだ」
「でも…」
言い淀み、ラナが表情を曇らせる。
「アルカナ軍が光学迷彩の再現に躍起になっているのだとすれば、そんな人物を易々と見逃すわけがない。何かしら理由を付けて拘束し続けることになったとしても何も不思議はないな」
淡々と答えた天野をラナが心細そうに見た。
自分の言葉を否定する素振りを見せないからにはラナも同じように思っているのだろうと判断して天野は話を続ける。
「ルーク・アービングを解放する手段はただ一つ。彼が今回の襲撃に関与していないと誰の目にも分かるように明らかにすること。それにはフェイカーの情報を持っていないとアルカナ軍に分からせることも含まれる」
「その技術というのをアルカナ軍に再現させてはいけないのですか?」
やりたいのならばさせてしまえば良いのにという思いで水戸が問うた。
「仮に再現させたとしてもルーク・アービングの開放には繋がらないだろう。もしルーク・アービングの証言によって再現に成功したのだとすれば、彼が秘匿情報を持っていると判断されてより長期間拘束されることにもなりかねん」
「だったら、真犯人を確保すればいいのでは?」
「それだけでは足りない。今のアルカナ軍が欲しているのは光学迷彩技術の再現に繋がる情報だ。だとすればもはや真犯人の正体などそこまで重要視していないだろう」
「そんな…」
驚く水戸の隣でラナが暗い表情をして微かに頷いていた。
「尤も、真犯人がその情報を持っているという確証があれば別だろうがな。とはいえだ。こちらにとって真犯人の確保は最低限クリアすべき条件であることには変わらない」
何かを訴えるように天野が神住を見た。
「まだ受けるとは言っていないんだけど」
「御影は受けるさ」
「どうかな?」
「御影は自分が一度関わった事件をこんな所で投げ出したりはしないだろう」
確信しているかのように言い切る天野に神住は微笑みを返した。
「真犯人の確保が目的の一つであることは確かだが、その道程にはフェイカーについて調べることも必要となってくるだろう。そうだな。敢えて御影を挑発するように言うのならばだ。御影が気になるのはそっちじゃないか?」
「そりゃあ、気にならないといえば嘘になるけどさ」
「この依頼主はアルカナ軍だと言っただろう」
天野がラナに視線を送る。
「そ、そうです。私の上司からもこうして書状を預かってきています」
ラナが上着の内ポケットに仕舞っていた一通の封筒を神住に手渡した。
「読んでください」
「あ、ああ」
事前に天野たちにも見せたのだろう。既に封が開けられている封筒から折り畳まれた便箋を取り出して広げる。
習字のお手本のような綺麗な文字で記されたそれを読んでいく。文字を追って目線が動く神住の隣で天野が要点を言葉に出した。
「アルカナ軍の上層部には例の光学迷彩を是としない者も少なくはないようだが、執着しているのがアルカナ軍の副長官であるが故に一部隊の上官程度が表立って反対したとしても簡単に潰されてしまうらしい。だからこそ外部に副長官を止められるだけの根拠を集めて貰いたいとのことだ」
「その一歩目が真犯人の確保になるってことか」
「後は光学迷彩技術の再現は出来ないという証拠だな」
「それならオッサンが作っているデタラメな設計図が使えるんじゃないか?」
「いや、それを使うにしてはフェイカーの残骸がアルカナ軍にあることが良くない。仮に私が作ったそれを真犯人の元から手に入れたとするのならば、そこにあるであろう現物との差異は無視するわけにはいかない」
「すぐに偽物ってバレるってわけか」
「その可能性が高いということだ」
神住は更に手紙を読み進めていく。
すると神住は次第に表情を曇らせていき、几帳面にも折り目の通りに手紙を畳むと封筒に戻してラナへ返した。
「知りたくなかった」
手紙の最後の方にあったのはアルカナ軍の内部勢力図の概要と光学迷彩技術を再現してしまった場合に予測されるアルカナ軍の動向に対する危惧だった。
その最たる理由がこの再現に躍起になっている副長官の思想。上昇志向といえば聞こえがいいが、その人物は他から見ても野心が高い人物であったらしい。その野心によってアルカナ軍の副長官にまで上り詰めることはできたが、当然のように上には上の人がいる。
現実を目の当たりにして打ち拉がれてくれれば良かったのだが、何故が彼は更に自分が上に行くための手段を集め始めたらしい。とはいえそれは現実的なことではない。夢想事だと軽視されていた所に今回のフェイカーが現われた。それは燻っていた思想に火を付けるには十分な燃料で、間が悪いことにそれに賛同する人もちらほらと現われたのだという。
早々に何らかの理由を付けて対処すれば間に合ったのかもしれないが、困ったことに副長官らの行動の方が早かったらしい。
斯くして無視できない脅威に繋がる可能性がアルカナ軍の内部に生まれたのだ。
それを阻止するためにはっきりと副長官の意思を折る必要がある。自分たちの手でそれをすれば内部の政治により行われただけと考えるだろう。それでは意味が無い。あくまでも外部によってもたらされた偶然の結果によって彼自身の意思を折る必要があるのだと。
「自分達のことは自分達でどうにかしろよ」
言わずにはいられなかったその一言にラナは「すいません」と深く頭を下げていた。
「まあ、何がともあれだ。これで御影も知った以上、無視するわけにはいかなくなっただろう」
「あのなあ、俺達はあくまでもジーンを使った戦闘屋だぞ。真犯人の確保とか、誰かの意思を折るとかそういうことは門外漢だ」
「わかってます! 私も手伝いますから…その……」
「極秘裏に警察にも協力は取り付けてある」
言い淀むラナに代わり天野が告げた。
「仕込みは終わってるってことか」
「御影にこの話を持っていくと決めた時にはな」
「これで俺が断ったらどうするんだ?」
「全部無駄になってしまうな。そうなるとアルカナ軍や警察に対するギルドの印象も悪くなるだろう」
「俺のせいでか?」
「そう聞こえたのならそうかもな」
シニカルに笑う天野に降参としたというように神住は両手を挙げた。
ほっとしたようにラナが密かに胸を撫で下ろしている。
既に準備を終えているのか、水戸が流れるような動作で鞄から書類を取り出した。
「では皆さん。こちらに署名をお願いします」
規定の書式で記された書類に神住、天野、ラナの署名が書き込まれていった。
作者からのとても大切なお願いです。
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この10ポイントが本当に大きい。
大切です。
製作のモチベーションになります。
なにより作者が喜びます。
繰り返しになりますが、ポイント評価を宜しくお願いします。