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蒼空のシリウス 十一話

最終話まで平日の夜9時に毎日更新します。

(注)カクヨムでも掲載されています。


 仄かに青く輝く刀身が備わるライフルを大剣のように振るうシリウスと無骨な金属板を何枚も貼り合わせた大剣を振るうフェイカー。

 あの細い機体のどこにそれを振るう膂力があるのか。

 現在のフェイカーなど殆どの装甲が剥がれて素体骨格(コアフレーム)が剥き出しの状態になってしまっているというのに。

 互いにタイミングを見計らったように打ち付けあう二つの剣が激突したその瞬間、凄まじい轟音が周囲の空気をも振るわせた。


「うわっ」


 開かれたデルガルのコクピットから身を乗り出しているラナはヘルメットの上から思わず自分の目と耳を手で覆っていた。

 それから遅れること数瞬。二機のジーンを発生源にした突風が吹き抜けた。

 コクピットの縁を掴みラナは突風を堪える。

 奇しくもその突風が周囲を覆っていた土煙を一気に吹き飛ばしていた。


「これは――」


 予想していたとはいえ実際にその光景を見てしまうと絶望が押し寄せてくる。

 十数機もいたデルガルは全て破壊されて無惨にも地面に転がっている。

 ライダーたちは無事なのだろうか。ラナが持っている電波障害を受けてまともに動かない通信端末と破壊され機能停止に追い込まれたデルガルだけではそれを確かめる術はない。

 それならばと仲間が生きていることを信じて自分はどうするべきか。ひたすらにそう考えたラナは完全にデルガルから降りて駐屯地基地へと痛む足を引きずりながらも歩き出していた。


「状況を教えて下さい!」


 モニターの映像が回復した瞬間に駐屯地基地でラウルが叫んでいた。


「そんなばかなっ」と椅子に落ちるようにして息を呑むオペレーター。

「直ぐに報告を!」と同僚の情報官にそう叫んだ男がいる。

「現在戦闘可能なのはトライブ、ニケー所属のジーン。シリウス一機だけのようです」そうモニターに映る情報を正確に読み上げようとして声を震わせている女がいる。


 部下達の悲痛な報告に表情を曇らせながらもラウルはモニターから視線を逸らすことなく頭を働かせ続せた。


「すぐに生存者の確認をお願いします。後は……」


 どう動くべきなのか。そう考えるラウルが視線を向けているモニターに不意に別の場所の映像が飛び込んできた。


『アルカナ軍の皆さんは生存者の救出といつでもそこから退避出来るように準備をしていてください』


 動揺一つ見せない強い意思を秘めた目をしている女性。ニケー艦長である怜苑美玲がモニター越しに告げたのだ。


『これ以降の戦闘、フェイカーの迎撃、及び捕獲の任は私達(ニケー)が引き継ぎます』

「しかし……」

『ラウル中尉。今はより多くの人を助けることに集中するべきです。大丈夫、私達のシリウスならばフェイカーなどに負けはしませんから』


 自信たっぷりに告げる美玲を前にラウルは密かに拳を強く握った。

 自分たちアルカナ軍の駐屯地基地の全戦力である小隊五つよりもたった一機のジーンのほうが強いというのだろうか。浮かんできたそんな言葉を必死に飲み込んで「ありがとうございます」と礼を述べて部下に負傷したライダーの救出を命じていた。


「何か使える物はないのですか?」


 ライダーの救出に使えるデルガルなど残っていない。それではあの戦場に赴くなど自殺に行くようなものだ。せめて安全性を確保しなければならない。それが指揮官であるラウルの務めだ。


「格納庫にジーン整備用と整地作業用のワーカーなら数機残っていますが」


 部下の返答を受けて考え込むラウル。ワーカーという市街地などでも使っている工事用の強化外骨格(パワードスーツ)だ。それ単体が戦力を持つわけでもなく、また動きもジーン比べると明らかに鈍重である。それではやはり戦場に突入することは危険。シリウスとフェイカーという二機の激突に巻き込まれれば瞬く間に鉄くずにされてしまうだろう。


「しかし…」

「それなら僕もお手伝いします!」


 駐屯地基地でモニターを見ていた久留米が申し出てきた。


「危険です」

「危険なのは承知の上です! でもワーカーなら負傷者を運ぶことくらい簡単に出来ます」

「ですが、辿り着くまでに負傷する怖れがあるのですよ?」

「わかってます。でも生身で行くよりも何倍もマシなはずです! それにジーンは使えないけど、ワーカーなら得意ですから」


 警察の人間である久留米はことワーカーのような強化外骨格(パワードスーツ)に限って言えばことアルカナ軍の兵士よりも熟練者であるといえる。

 自信を滲ませて言い切る久留米にラウルは一縷の望みを託すように告げる。


「お願いできますか」

「お任せてくださいっ!」


 意気揚々と強化外骨格(パワードスーツ)が収められている格納庫に向かう久留米。それに続いて数名のアルカナ軍の兵士がワーカーを装備するために駐屯地基地の格納庫へと向かっていった。


「破損したデルガルから脱出できていないライダーは確認できますか?」


 素早くオペレーターに問い掛けるラウル。

 返事が返ってくるのもまた迅速だった。


「完全に機能を停止して把握出来ていない機体を除けばその内部に熱源は感知できません。おそらく全員が脱出しているものと思います」

「わかりました。では救出部隊には救出したライダーの怪我の有無の確認も同時に行うように指示してください。救出した数に漏れがあるようなら破壊されたデルガルの付近で動けなくなっているのかも知れません。その場合は本部に救出部隊を要請しましょう」


 一旦の指示を送り終えたラウルは再びモニターに視線を向ける。

 そこには二機のジーンが互いに剣を打ち付け合っている姿が映し出されていた。


「何だ、光学迷彩を使っていた時よりも今の方が言い動きをするじゃないか」


 シリウスのコクピットで神住が笑みを浮かべながら呟く。

 本来ジーンというのは素体骨格(コアフレーム)内部装甲(インナーアーマー)外部装甲(アウターアーマー)という三つの大きな要因によって性能が決まる。人体で言う所の骨や筋肉の部分が素体骨格(コアフレーム)であり、下着や簡単な服が該当する内部装甲(インナーアーマー)、人が纏う鎧などの防具の類が外部装甲(アウターアーマー)となる。

 人間と大きく異なるのは皮膚がなくとも筋肉と骨だけでも活動に耐えうるということだろう。当然性能は全てが揃っているときに比べれば明らかに減衰する。だが、特殊な装備に頼った機体でもない限りは素体骨格(コアフレーム)の部分さえ無事ならば継続して戦闘を行えるのだ。

 加えて武装を機体に依存せずに別に持っているのならば、なおのこと素体骨格(コアフレーム)の状態であっても戦える。


 初め神住はフェイカーを特殊な装備に頼り切った機体であると考えていた。だからこそ光学迷彩の装置を破壊することさえ出来れば後は容易く制圧することが出来るだろうと。

 しかし、現実は違っていた。

 フェイカーというジーンにおいて最も特出すべきだったのは限りなく高い運動性を持たせた素体骨格(コアフレーム)の方であり、光学迷彩装置の有無などそれほど重要な要因ではなかったのだ。


「かなりの馬鹿力だな」


 機体を通して感じるフェイカーの膂力に感心するように独り言ちた。

 何枚もの金属板を貼り合わせて作られたような超重量の大剣を片手で軽々と振り回すフェイカーにシリウスが平然と打ち合えているのは(ひとえ)にシリウスの機体に搭載されているルクスリアクターが他のジーンとは一線を画す量のエネルギーを機体に供給しているからに他ならない。

 正面から打ち合っても問題は無いが、シリウスは潤沢なエネルギーを使って常に地面から少しだけ浮かび飛行しながら、激突の度に何度も器用にもフェイカーが振るう大剣の重量任せの攻撃を受け流すようにライフルに備わる刀身でいなしているのだ。

 自重と力任せの攻撃を受け流されているというのにフェイカーはバランスを崩すことなく次の攻撃を仕掛けてくる。

 フェイカーの攻撃に応えるようにシリウスも全力で己の武器を振るう。


「うおっっと」


 もう何度目かの激突は互いにノックバックを引き起こし、弾かれるように一定の距離を作り出していた。

 体勢を崩すことなく即座に追撃に移ろうとしているシリウスとバランスを崩したように剣を地面に突き立てて転倒を防いでいるフェイカー。異なる二機の挙動が戦闘の優劣を決定し始めていた。


「……っ!」


 追撃するチャンスを得たというのにシリウスはそのまま攻撃を仕掛けあるのではなくその場でシールドの備わる左腕を勢いよく振り抜いたのだ。

 火花を撒き散らしながらシリウスの装備するシールドに弾かれる先の尖った鉄の板。それは制御を離れて回転するように彼方へ飛んで行くと地面に深く突き刺さった。

 一瞬の衝撃はコクピットにまでは伝わってこない。

 地面に突き刺さった鉄板を一瞥し、今度こそ神住はシリウスをフェイカーに向けて前進させた。


「飛ばしてきたのは破壊された装甲の残骸か?」


 既に視界の果てにある鉄板を思い出しながら神住が独り言ちる。

 当然返ってくる言葉などはない。どうやってそれを飛ばしてきたのか、気になるところではあるが、今は検証する必要などはない。

 地面の上を滑るように低空飛行で前進するシリウスはライフルの銃口をフェイカーに向ける。

 間髪入れずに放たれる光弾が防御体勢を取ることの間に合わなかったフェイカーの左肩を穿ち、連続して放たれた二発目の光弾によって関節が破壊されたフェイカーの左腕を根元から吹き飛ばした。


「流石に素体骨格(コアフレーム)が剥き出しだと耐久力は低いみたいだな」


 冷静に観察するように神住が言う。

 素体骨格(コアフレーム)自体に高い性能と機動性や重い剣を振るうだけの膂力があるとはいえど、耐久力は並みのジーンに使われている素体骨格(コアフレーム)と大差はないようだ。

 左腕を失ったフェイカーに接近したシリウスは敢えて剣を持っている右手の側から斬り掛かった。

 これまで見事と言うほどにシリウスと打ち合えていたフェイカーも片腕を失った為に機体全体のバランスを崩しているのか、防御が間に合わない。

 大剣を振り上げるも勢いが乗り切らず、反対に十分に勢いが乗ったシリウスの斬撃がフェイカーの大剣を持つ右腕を二の腕付近で叩き切った。

 左腕と同じように千切れ飛ぶ右手。

 明確な攻撃手段を失ったフェイカーが次に取る行動は逃げの一手か。


「ここで仕留めさせてもらう!」


 今度はフェイカーの機動力を削ぐべく神住は狙いをその脚部に向けた。足を止めるためには脚を断つ。膝から下を切り裂く為に体勢を低くしながらライフルを水平に振り抜いた。


「何だ!?」


 ライフルに備わる剣の先がフェイカーの脚部を捉えたその刹那、シリウスを不意の衝撃が襲う。

 コクピットのモニターに表示されるダメージ表記。それを見るに攻撃を受けたのは右側にのみ備わっているシールド・ウイングのようだ。

 ぶつけられたのは先程弾いた鉄の板と同じもの。しかし、シリウスが装備しているシールドと同程度の硬度を誇るシールド・ウイングには不意の攻撃でも傷一つ付いていない。

 それでも不意の方向から加わった衝撃はシリウスの攻撃の軌道を変えることには成功していた。

 命中する直前で下に軌道が逸らされたライフルは空振り、表面を撫でて地面に一筋の傷を刻んでいた。


「今度は別の方向からだと!?」


 再びの衝撃がシリウスを襲う。

 フェイカーには攻撃を行うための武器はない。そう思っていた神住の視界を埋めたのはフェイカーの素体骨格(コアフレーム)の胴体だった。

 所々が歪んでしまっている細い素体骨格(コアフレーム)の隙間から見えたのはその背部から射出されて伸びる複数のワイヤーがシリウスに巻き付いている様子。

 これがあの鉄板を自在に操っていた方法かと即座に理解するも身動き取ることのできないシリウスは、半ば強引に大地に下ろされてしまった。


「何をするつもりだ?」


 フェイカーの背部から伸びる複数のワイヤーによってシリウスは巻き付かれている。これによりシリウスは一時的とはいえ動きを封じられてしまっているのだ。

 しかし、動けないのはフェイカーも変わらない。

 むしろ腕の無い状態で無理矢理にシリウスにくっついているフェイカーの方が身動き一つ取れなくなっているようにも見える。


『ミ、ツ……タ………ヒ、カリ…………ヨ…セ…………オ……ノ………ノ……』


 男とも女とも取れない、それどころか人の声ともどこかが異なって聞こえる機械的な音声がノイズ混じりになって途切れ途切れに聞こえてきた。

 聞き取れた音だけでは何を言いたいのか解らない。聞き返そうにもこちらの声が伝わっているのかもわからない。何を言うべきか解らずに思わず口を噤んでしまっている神住の耳に今度はコクピット内に鳴り響くアラームが聞こえてきた。

 それは何らかの危険を知らせる音。通常は相手がこちらをロックオンしたとシステムが感知した時に発せられる音だが、それ以外にも危険性の高い場所に入ってしまった時などにも鳴るように設定されている音だ。


「この体勢から攻撃か? いや、それはあり得ない。だったら何だ? 何をするつもりだ?」


 フェイカーに攻撃の予兆は見られない。だとすれば何か危険な領域に入ってしまったというのだろうか。しかし、当然ともいうようにシリウスが戦っている場所はこれまでと同じで変わってないのである。何らかの方法で転送されたなんてことがないのはフェイカーの向こうに見える景色が変わっていないことからも明らかだ。

 だとすれば変化が起きたものは何か。

 考えるまでもない。

 今や満身創痍そのものであるフェイカーだ。

 コクピットに備わる手元のコンソールを操作してシリウスに取り付いているフェイカーの全身を簡易スキャンする。これはアルカナの外にある天然素材である石材や土などの回収業務を行うためにギルド所属のジーンに多く搭載されている機能であり、ちょっと改造すれば停止しているオートマタなどの内部を調べることも可能になる有益な代物だ。

 当然神住はそれに改造を加えており、オートマタは勿論、触れ合えるほど近くにいるジーンであっても大まかな機体内部の情報が読み取れるようになっているのだ。

 それによればフェイカーの素体骨格(コアフレーム)の一部、ワイヤーが打ち出されている背部の内側から異常なほどの高熱が感知された。

 感知された場所、それに繋がっているとされるもの。

 全てを考慮すると、どうやらフェイカーの動力炉が過暴走を起こしているらしい。


「まさか、自爆するつもりだってのか!」


 常に高まり続けている内部温度はフェイカーという機体に異常な負荷を掛けているのは明らか。それに機体が耐えきれなければ当然のように自壊する。その時に発生する爆発はフェイカー自身は勿論のこと、本来最も守られているはずのコクピットですら吹き飛ばすほどの威力があると推察された。

 ジーン一機の爆発程度では駐屯地基地そのものを吹き飛ばすことはできないだろう。

 組み付かれているシリウスも確証は持てないが、自分が作り上げた機体の耐久度を考えればいくつかの外部装甲(アウターアーマー)は破壊されるものの最重要機関であるルクスリアクターが組み込まれている素体骨格(コアフレーム)までは影響がないと判断することができた。

 無駄な自爆。シリウスの性能を知る者からすればフェイカーが取ろうとしている行動はまさにそれだった。

 しかしそれではフェイカーのライダーを捕まえることはできなくなってしまう。

 犯人がこの襲撃事件を起こした理由も不明なまま。

 それでは解決したなどとは口が裂けても言えるわけがない。


「そんなこと……させてたまるかっ!」


 神住は即座に行動に移る。

 シリウスの背部シールド・ウイングに備わる四本の剣の刀身が仄かに青い光を帯びたその瞬間、鳥が翼を広げるかの如く展開したのだ。

 全身を巻き付けていたワイヤーは刀身に触れていた所から切断される。

 拘束が緩んだその瞬間にシリウスはあろうことか右手に持たれていたライフルを手放し、同時に左腕にマウントされているシールドまでをも強制的に取り外していた。

 シールドを外しライフルを捨てたことで身軽になったシリウスは素早くその場で垂直に高く跳躍する。

 フェイカーの頭上を越えて十分な距離にまで飛び上がったシリウスはシールド・ウイングを可動させて自身の前へと可動させる。横に傾けたシールド・ウイングに展開されている二本の長剣を右手と左手で一つずつ掴むと、その瞬間に剣のロックが外れた。

 刀身が備わっているライフルではなく、細身の二振りの長剣を持つシリウスは滞空しているその場所で縦に旋回してフェイカーに向けて急降下を始める。

 フェイカーの単眼がシリウスの挙動を捉えるよりも速く、フェイカーの後ろに回り込むと最初にシリウスはその背部にあるワイヤーを打ち出す装置を斬り裂いて破壊してみせたのだ。これにより迎撃されることはなくなった。地面に機体を着地させることなく僅かに浮かび滞空したまま続け様に、機体の一部を破壊したこによる誘爆の危険性が低い両脚を太股から下で斬り飛ばす。

 バランスを崩した状態でほんの一瞬宙に浮いたフェイカーに素早く左手で持つ剣を突き立てて機体を固定すると、今度は右手の剣でコクピットを外すようにして過暴走している動力炉を本体から切り離した。


「まだだっ!」


 それだけではフェイカーの自爆は止まらない。

 乱暴に剣に突き刺さっていたコクピットがあるフェイカーの残骸を投げ捨てるのと同時に全身を回転させて背中のシールド・ウイングを使い、器用にもフェイカーの動力部に対してシールドバッシュを行う。

 いつ爆発するかも知れないものに衝撃を加えることは自殺行為にも等しい。しかしこの瞬間に神住が取れる手段で最も成功率が高いのがそれだったのから仕方ない。

 幸いにも爆発することなく天高く打ち上げられたフェイカーの動力炉は程なくして自身の暴走に耐えきれずに爆発したのだ。

 破損したジーン一機が引き起こす爆発にしては規模の大きなそれは凄まじい衝撃波を生み、待機港区画の一部にある第七駐屯地周辺に強い熱風を送り込んだ。

 風が止み、焦げた臭いと舞い上がった砂埃が充満しているなかをシリウスは両手の剣を背中のシールド・ウイングに戻してから着地すると、自ら取り外していたシールドとライフルを再び装備していた。

 シリウスの視点から見下ろした先には両腕と背中、腿から下、そして動力部がある胸部下部までも失っているフェイカーの残骸がある。

 どうにか形を保っているのは辛うじて繋がっている頭部と下りた隔壁(かくへき)(ひしゃ)げて壊れてしまっているコクピットの周辺部分だけ。

 全くの無傷とはいかないだろうが、これならばフェイカーのライダーは生きているはずだ。


「ふう。何とかなったみたいだな」


 ほっと安心して独り言ちる神住がこれからどうしたものかと悩んでいると程なくしてのっしのっしと重い足取りで数体のワーカーがシリウスの元へと駆け寄って来るのが見えた。

 ワーカーには傷の手当てを受けたであろう頭や腕に包帯を巻いたラナが抱きかかえられるように乗っている。ラナの他にも駐屯地基地で待機していたアルカナ軍の医療班らしき人や救助されたライダーが数名ラナと同様の格好でそれぞれワーカーの腕に掴まっていた。


「シリウスというジーンのライダー。私の声は聞こえていますか?」


 ノイズのないクリアなラナの声が届く。


「ええ。聞こえていますよ」

「まずはお礼を言わせてください。アルカナ軍に代わりフェイカーを討伐してくださり、ありがとうございました」

「気にしないでください。これが俺達(ニケー)の仕事ですから」

「それで、その……フェイカーのライダーはどうなりましたか?」

「俺はまだ確認してはいませんが、おそらくは生きているはずです。ただ、多かれ少なかれ怪我は負っているでしょうから駐屯地基地に連れて戻るつもりならこの場で応急手当てくらいはしておいた方がいいかと」

「なるほど。わかりました」


 素早くラナは共に来ていたアルカナ軍の医療班の人に指示を送る。

 ライダースーツを着ているわけではないが、一般的なアルカナ軍の制服とは少しだけ少しだけデザインの異なる制服を着た人が前に出てきた。


「開けられますか」とワーカーの装着者に問い掛けている。


 ワーカーの装着者は「やってみます。離れていてください」と告げると、その腕に取り付けられている巨大なペンチでフェイカーの(ひしゃ)げて開かないコクピットの隔壁を掴んだ。

 人の力では無理でもワーカーの力を以てすれば容易に行うことができる。

 開放に引っかかりそうな部分はその都度ワーカーのもう片方の手に取り付けられている電動のカッターで手際よく切り落とされていった。


「開きました」


 掛かった時間はものの数分。

 強引に開かれたフェイカーのコクピットの周りをアルカナ軍の兵士達が銃を構えて取り囲んでいる。

 一人の兵士が周りの兵士に何か目配せをしてからその一人がコクピットの中を覗き込むと頷き、別の兵士がその中から人を一人抱きかかえるようにして引きずりだした。


「あれがフェイカーのライダーか」


 意識を失い、地面に寝かされている男は恰幅のいい坊主頭の男性。事前の資料にあったジュラ・ベリーその人だ。怪我をして血を流しているとはいえ記憶に新しいその男の顔を神住が見間違うはずもない。

 やはり天野が睨んでいた通り変装をしているのだろうか。疑いの眼差しで神住が治療を受けているジュラ・ベリーを見ていると、突如アルカナ軍の面々が騒ぎ出した。

 どよめきを上げるその様子に、どうしたのだろうかとシリウスのコクピットから降りていく。


「なっ」


 銃口を向けて警戒しているアルカナ軍の兵士たちの間を抜けてジュラ・ベリーが寝かされていた場所に辿り着くと、そこにいたのはジュラ・ベリーではなく、顔も知らない全くの別人だった。

 纏っているライダースーツのデザインや気絶している状態なのは同じ。体に受けた傷の場所や流している血の形もさっき引きずり出された時に見たジュラ・ベリーのそれと全く同じ。しかしどう見てもその人はジュラ・ベリーではない。

 その男の年の頃は自分よりも低いか同じくらいだろう。だとすれば青年と称するべきだ。

 気を失い目を閉じている青年の額に血に濡れた茶髪が張り付いている。

 痩身の体躯とその整った顔立ちを見れば見るほど件のジュラ・ベリーとは何もかも異なっているのがわかる。

 それがどうしてジュラ・ベリーに見えたのか。原因を探ろうと神住が周囲に視線を巡らせているとふと機能を停止して電源が切れているフェイカーのコクピットが目に入った。


「もし、ホログラムの投影を使った偽装がコクピットの内部に施されていたとすれば。でもあり得るのか? コクピットから出てもなお続く投影偽装なんて……」


 ぶつぶつと呟いている神住を押し退けるように、傷だらけのラナが飛び出してきた。

 傷の痛みなど忘れてしまったように青年に駆け寄ったラナは目を覚まさない青年の頬におそるおそる手を伸ばす。

 その行動に疑問を感じているのは神住だけではないらしい。ざわざわと他のアルカナ軍の兵士たちの間にも動揺が広がっていった。


「その……アービング少尉、この男とお知り合いなのですか?」


 一人のアルカナ軍の兵士が慎重にラナに声を掛ける。

 俯いたまま震える手で青年の顔に触れつつ、震える声でラナが答える。


「彼は…この男の名前はルーク・アービング。私の……弟です」


作者からのとても大切なお願いです。

ほんの少しでも続きが読みたいと思ってくださったのならば、この下にあるポイント評価欄を【☆☆☆☆☆】→【★★★★★】にして『ポイント評価』をお願いします。

この10ポイントが本当に大きい。

大切です。

製作のモチベーションになります。

なにより作者が喜びます。

繰り返しになりますが、ポイント評価を宜しくお願いします。

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