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104号室からの恋文

作者: あくせる




日曜日の朝。

一通の手紙が投函された。


僕は眠い目をこすって、郵便受けを見る。

――困惑した。


中に入っていたものは封筒。しかし、日常的に送られてくるDM便とは明らかに異なり、まるでどこかの個人が個人に向けて書いた手紙のようだった。

僕には、そのような手紙のやりとりをする相手はいない。用があれば、みんな電子メールでメッセージを送ってくるからだ。


おそるおそるポストから封筒を取り出す。

封筒には何も書かれていない。ただ花柄でやけに可愛らしい封筒であった。


おそるおそる封を開け、中の便せんを取り出す。手書きの字でびっちりと埋まっている。

そして、その一番最後の差出人名を見て、また困惑する。


”104号室の住人より”


104号室は僕の家の右隣の部屋だ。

いかがなものか、確か右隣は近年ずっと空き家だったはずだ。


新しい入居者の挨拶文だろうか。僕は上からたどるように読み始めた。




~~

103号室の住人へ


お元気ですか。

わたしにはいつもあなたの笑い声が聞こえてきます。何をする時も、いつもいつもです。

たとえば、朝ごはんを食べる時も、テレビを見ている時も、クロスワードパズルを解いている時も、就寝中も。

わたしには楽しいことがなくて笑えないのに、いつもあなたは笑っています。

まるでわたしをあざ笑っているかのよう。うんざりです。

もっと笑わないようにしてください。


104号室の住人より

~~



読み終わると僕は、自然と筆を執った。



〜〜

104号室の住人へ


初めまして。お手紙拝見しました。

笑い声がうるさいとのこと、申し訳ないです。しかし、もしかしたらその笑い声は私ではなく他の方かもしれません。

なぜなら、私にも楽しみといったものがあまりなく、会話相手がいないもので、家で笑うことはほとんどないからです。

クロスワードパズル良いですね、私もよくやります。テレビはもしかしてクイズ番組ですか?

私が今ハマっている謎解きがあるので、印刷したものを同封します。一緒に楽しいことを見つけましょう。


103号室の住人

〜〜



送り主のように可愛らしいレターセットなんて持ってはいない。

僕はA4のノートを破った紙に書き殴り、銀行の封筒に入れた。まったくもって人にあげるような様相ではない。


手紙を手に家を出る。

104号室。外観には特に変化はなく、人がいるのかいないのか定かではない。

僕はそっと郵便受けに手紙を投函した。




+++




その夜、レターセットを買いに出かけた。

可愛らしいレターセットでお手紙をいただいたにも関わらず、あのような有様の手紙を送ったことを後悔したからだ。

もちろん返事が来るとも思ってはいないが、念のため、念のためだ。


僕がレターセットを手に帰宅すると、同じアパートの住人とすれ違う。白髪のおじいさんで、身なりは整っている。

普段ほとんど会話をすることはないが、今朝のことが気になって声をかける。



「こんばんは。あのー、すみません。104号室の新しい入居者の方って、いつ引っ越して来られたかわかりますか」


おじいさんは振り返ると、怪訝な顔をする。


「104号室?あそこにゃ、新しい入居者なんて来やしねぇよ」


僕がキョトンとしてると、おじいさんはより一層怪訝な顔をして続ける。


「お前さん、知らんのかえ。あそこはジコブッケン?てやつじゃけ、1年以上誰も住んでおらん」


そんなはずは…と僕は反論しようとするが、気づいた時にはおじいさんはもう家に引っ込んでいた。


思い返せば、入居前に大家さんから説明を受けた気がする。僕は特に気にも留めずに入居したが、確かにわざわざ事故物件に住む人はあまりいない。

そんなところにどうして引っ越して来たのだろうか。手紙に書いてあった笑い声というのは、そういう現象だったりするのだろうか。

僕はブルりを背筋を震わせ、これ以上考えるのはよそうと思った。


きっとただのイタズラだ。




+++




翌日、また郵便受けがカランという音を立てる。

――お隣さんからのお手紙だ。



〜〜

103号室の住人へ


お返事、ありがとうございます。

わたしに聞こえる笑い声のこと、あなたも疑うんですね。

わかっています、きっとわたしが全部まちがっているんです。

でも、わたしには聞こえるんです。その事実は変わらないのに、みんなどうして。

でも、あなたの声ではないということは信じます。お返事をくれてうれしかったから。

あと、謎解きもありがとう。楽しく解きました。でも、楽しいのは一瞬で、ずっとは続きません。この朝、昼、夜の繰り返しに、意味はあるのでしょうか。

そういえば、名前を聞いていませんでした。わたしは澪と言います。()() ()。名前だけ仰々しくても何だかなという思いです。

良ければ、あなたのことも教えてください。


澪より

〜〜



返事が来た。やはり、104号室には住人がいるんだ。

僕は心が踊って、夢中で筆を執る。



〜〜

澪さんへ


お返事ありがとうございます。私も澪さんにお返事をもらえて、大変嬉しいです。

お名前の読み方は「たてわし みお」さんでしょうか。お呼びする機会はないと知りつつも、つい読み方を知りたくなりました。

私は「山寺(ヤマデラ) 大樹(ダイキ)」と申します。大きな木のごとく育つようにという意味を込めて、名付けられました。ありふれた名前です。

楽しいことが続かないというのはある意味当たり前なことで、いつも楽しいことであふれていると段々と感覚がマヒしてしまうのではないでしょうか。キツく辛い日々の中にあるからこそ、楽しいことを楽しいこととして認知できるのではないですか。かく言う私も、なかなか楽しいことを見つけられずにいるのですが。

生きる意味、、、ですか。私にもまだわかりません。でもきっと、生きる意味を探索するのが生きる意味なのかもしれないと思いつつあります。

またお手紙いただけることを楽しみにしています。


山寺 大樹

〜〜




+++




僕たちはいつしか日課のように手紙を交換した。

手紙の内容は、謎解きのこと、澪さんの人生相談、そしてお互いのことだった。

たったそれだけのことだったけれど、僕は何だか楽しくて夢中になった。


しかし、1ヶ月が経過したある日、ぱったりと返事が途絶えた。



自分が何か気に障ることを書いたのではないかと思い、謝罪の手紙を投函したが返事はない。

病気にでもなったのかと思い、意を決してインターホンを押してみるがやはり返事はない。

試しに隣の壁を叩いてみるが、それでも返事はない。


この時初めて、澪さんと連絡を取る手段が手紙しかないことを後悔した。

それでも一抹の希望を抱いて、毎日、毎日、郵便受けに手紙を投函し続けた。

しかし、返事はない。



返事が途絶えて二週間が過ぎた頃、手紙が投函できなくなった。

郵便受けが、僕の手紙でパンパンになったのだ。


薄々気づいていた、嫌な予感が的中する。

澪さんはもうとっくに僕の手紙を受け取ってはいないのだ。



その日、僕は大家さんに電話をした。


「104号室の立鷲 澪さんと連絡を取りたいのですが」


大家さんの返事は決まっていた。


「立鷲さんは、1年前に亡くなりましたよ」




+++




ある日、103号室に一人の女性が訪ねて来る。


「突然失礼します。わたしは立鷲 澪の姉です。生前は妹と親しくしていただいていたようで、ありがとうございました。手紙のやりとりに気づくのが遅れて、ご挨拶が遅くなってしまいました」


そう言って、彼女は一つの手紙を差し出す。紛れもなく、僕が澪さんに宛てて書いたものだった。

封は開けられ、中には解いた後の謎解きが入れられている。



僕はまだ夢とも現実ともわからない心地の中で、ただ明確に感じたことを言葉にした。

――ありがとうございました。




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― 新着の感想 ―
[良い点]  とても読みやすかったですし、オチにも納得しました。
[良い点] 推理じゃない方のミステリーかもしれないですね。 幽霊が手紙を読んだと考えられますし、一時的に互いの郵便受けが時間を超えてつながってたのかも。 (『イルマーレ』という映画でそういうのがありま…
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