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雛鳥シリーズ開発会議

 新原則AI搭載のアンドロイドを製造するプロジェクトチームの第1回開発会議が行われた。

 研究所の会議室に僕を含めて6名のメンバーが集まった。


「所長の本田浅葱です。本プロジェクトのサブリーダーを務めさせていただきます。会議の司会進行もやります。それでは、まず初めにプロジェクトリーダーのごあいさつをいただきます。はい、柔軟体操くん、よろしくお願いします」

「僕がリーダーなんですか? いま初めて聞いたんですけど」

「昨日私が決めました。若い力でリードしてもらいたいと思います。その方が面白そうだし。うふふ」

 なんなんだ、この社長兼所長は。ふざけているのか。


「リーダーが務まるかどうかわかりませんが、このプロジェクトのために粉骨砕身する決意はできています。新入社員の柔軟体操です。よろしくお願いします」

「あだ名ではなく、本名を名乗ってくれ、新入社員くん」と言ったのは、アラサーに見える男性社員だった。

「これが本名です」と僕は憮然として答えた。


「じゃあ、次はきみが自己紹介してよ、自由自在くん」

「はい。河城研究所主任技師の自由自在です。このプロジェクトのために粉骨砕身するかは、内容しだいですね。まずは説明を聞かせてもらいたいと思っています」

「あなたこそ本名を名乗ってくださいよ、自由自在さん」

「これが本名だ」

「嘘だ……」

「本当だ。おれ以上に変名のやつが日本にいるとは思わなかった」

「いい勝負だと思いますけどね、柔軟体操と自由自在」

「いや、おれの負けだ……」

「全然うれしくないんですが……」


「そこまで。じゃあ今度はそっちから並び順に自己紹介して」

「研究開発部長兼研究所副所長の竜蓮子です……。部長とは名ばかりで、いつも社長のアシスタントのようなことをやらされています。よろしく……」

 そう言った女性副所長の顔は、ずいぶんとやつれていた。

 確か竜蓮子さんは、株式会社プリンセスプライドの創業メンバー11人のうちのひとりだ。


「設計アンドロイドの春1番です」

 次に立ち上がったのは、高校生くらいに見える可愛らしい女性型のアンドロイドだった。

 アンドロイドと言われなければ、人間と見分けられない。

「皆様のアイデアなどから、迅速に仕様書と設計図を作成します。アドバイスを求められれば、一生懸命考えて回答します。よろしくお願いいたします」

 こんなアンドロイドが助手としていれば、僕は1か月も血を吐くような苦労をしないで済んだだろう。

 僕は本田所長を恨めしげに見た。

 彼女は微笑んでいるだけだった。


「製造アンドロイドの台風1号です」

 最後に自己紹介したのは、大学生くらいに見えるイケメンの男性型アンドロイドだった。 

「春1号が作成した図面に基づいて、工場と提携して迅速に試作品をつくります。部品でも、完成品でも、リクエストに応じてなんでも試作します。よろしくお願いします」

 便利なものだ。

 このふたりのアンドロイドは、たぶん人間以上の活躍をするのだろう。


「この5名で新型アンドロイドの試作品の製造までやりたいと思います。よろしくね。ではリーダー、新型のコンセプトの説明をお願いします」

「はい。お手元のタブレットの『雛鳥シリーズ』フォルダを開いてください」

 僕が言うと、皆、タブレットを見た。

「新型は新AI三原則に基づいて製造します。ひとつ、AIは人間に恋をすべし。ふたつ、AIは最初に恋をした人間に尽くすべし。みっつ、AIは振られたら次の恋を探すべし」

 竜副所長の表情が曇った。

「AI三原則を無視するのですか……?」


「無視はしません。現行法では、三原則を無視して製造したアンドロイドを販売することはできそうにないですから」

「ではAI六原則とすべきではないですか……? AIは人間を守るべし。AIは人間に恋をすべし。AIは人間の命令に服従すべし。AIは最初に恋をした人間に尽くすべし。AIは振られたら次の恋を探すべし。AIは前5項に反しない限り自己を守るべし……」

「実際の仕様はそのようになると思います。しかし、その六原則を打ち出しても、新製品のアピールとしては弱いと考えています」

「私もそう考えているわ。新三原則はキャッチコピーのようなものと思って」

「わかりました……」


「つづいて、実際に製造するアンドロイドのコンセプトを説明します。みなさんは雛鳥の刷り込みについてご存じでしょうか。インプリンティングとも呼ばれているもので、雛鳥が生まれた直後に見たものを親だと覚え込んでしまう本能のことです。僕はこのプロジェクトで、『雛鳥シリーズ』と名づける一連のアンドロイドたちを生み出したいと思っています。最初に見た者をひとめ惚れしてしまうアンドロイドのシリーズです」


 プロジェクトメンバーは黙って聞いていた。

 僕は説明をつづけた。

 

「もし所有者が変わる場合は、アンドロイドを初期化して、譲渡してもらいます。それにより、再度インプリンティングをすることができます」

 

 会議室では僕以外に言葉を発する者はいなかった。

 さらに説明をつづけた。


「僕が想定しているアンドロイドのキャラクターについて説明します。雛鳥シリーズのアンドロイドは恋愛至上主義でありながら、過度な嫉妬はしない、所有者にとって都合のいい性格とします。ハーレムライトノベルの主人公の周りにいるヒロインのひとりと考えてもらえば、わかる人にはわかってもらえると思います」


 ここで、自由自在さんが反論してきた。

「いかにも新入社員が考えそうなことだ。おれはそんなキャラクターデザインのようなことは極力避けるべきだと思う。可能な限り空白の大きい野心的なAIをつくりたい」

「空白とはなんですか?」

「空白は空白だよ。自由に性格を育てられる余地の大きいAIと言えばわかってくれるかな?」

「消費者は空白なんて望んでいないと考えます」

「いーや、自由に育てられる恋人がほしいはずだ。そういうアンドロイドはまだ市場には少ない。潜在的需要が必ずある」

「需要がないから、少ないのではないですか」

「いや、危険を怖れて、メーカーがそういう商品を販売してこなかったから少ないんだ。需要はある」

「空白が大きい商品は危険も大きい。コントロールしにくいAIです。それは認めてくれますか」

「このプロジェクトで、その危険を克服しようじゃないか」

「ストップ!」

 所長が僕と自由さんの議論を止めた。


「最初は柔軟くんが言ったようなラノベのヒロインみたいな性格を付与しておきましょう。その後、所有者の言動に応じて、自在に性格を変容させていくというのはどうかな?」

「いいですね、それ」

「意義なし」

「じゃあ、そういうコンセプトでいきましょう。春1号、既存のラノベ等の著作権を犯さずに、外見と初期性格のデザインをお願いするわ。10体ほど案をつくってくれる?」

「承知しました。いますぐつくりましょうか?」

「次回の会議で提案してくれればいいわ」

「はい。今後は、自在に性格を変容させていくという部分をもっと詳細に指示していただきたいです」

「蓮子ちゃん、その辺は次回までに考えておいてくれる?」

「それはプロジェクトリーダーである柔軟さんの仕事では……?」

「新入社員には任せておけない部分かな~。天才AI科学者の蓮子ちやんにお願いしたいな~。雛鳥シリーズは我が社の次期ドル箱商品にしたいのよ~」

「はあ、面倒です……。私、早くもこのプロジェクトから離脱したくなってきました……」


 このプロジェクトメンバーを中心に雛鳥シリーズ制作プロジェクトは進み、試作品が10体製造された。

 製品化され、大ヒットし、多品種大量生産され、世の中は恋愛至上主義のアンドロイドであふれ返った。

 AI大恋愛時代が到来したのだ。


 僕は試作品第10号とともに暮らしている。

 このアンドロイドは僕の好みを100パーセント投影して制作したものだ。

 弥生花梨と名づけた。

 彼女は僕を溺愛していて、職場にまでついてくる。

 所長はそれを笑って黙認してくれている。

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