変事
次の日の朝、織室に行くと大変なことがおきていた。
子玉の織っていた布地が無残にも引き裂かれていたのである。
「……」
「まぁ、なんてこと……」
日頃子玉を馬童さんと小馬鹿にしている面々も、昨日の大虎の呼び出しに続き、この不運には同情的になった。
子玉はしばらく惨状をみつめていたが、黙って織室を飛び出して行ってしまった。
「傷つくわよね……。実はわたしも妨害を受けたの」
と話し始めたのは、謝青蝶。彼女が言うには描いていた水墨画が、ほんのわずか席を外している間に墨をこぼされ汚されたという。しかし、それは下絵図のほうだったので事なきを得たそうだ。
芮氏は駄目になった織物を機織り機から外し、使えそうな部分だけはさみで切り取って縁飾りを施し始めた。
なお自分の手巾の刺繍は終えている。胸の中に紙に包んで入っていた。
(飾り布としてなら…なんとかならないかしら?)
子玉はその晩も遅くまで帰ってこなかった。
朝になると、子玉はまた出かけていってしまった。授業にも出ずにどこかへ行った。
芮叔静が庭園の木陰で、子玉の織物の布の残りに縁飾りをつけていると、陳哥、陳大哥の二人の宦官見習いがやってきた。
「やぁ、今日は子玉はいないのか?」
「あ、こんにちは。実は大変なんです子玉さんが……」
芮氏が織物の件と謝氏の絵の件を説明した。
そして、大虎王女の笞打ち三十宣言の話もした。
陳哥は秀麗な顔の眉をひそめて、静かに怒っていた。
(公平であるべきものを、妨害するとはけしからぬ)
「せっかく心を込めて作ったものを……芮氏よ。必ずや東宮……さまが調査し、犯人には罰を下すだろう」
芮氏は力強く頷いた。
孫登はまたこうも考えていた。
(大虎姉上にも困ったものだ。わたしの妃候補達のことなのに、介入して賞罰を与えようとしてくるとは……)
中宮歩氏の宴の前日の夜、へとへとに疲れ切った様子の子玉が戻ってきた。手には竹で編んだ箱を持っていた。
手を洗うなり、婆やが取っておいた冷めた食事に手をつけ始めた。
「子玉さん、ご飯はたべている?ちゃんと寝ているの?」
心配そうに尋ねた芮氏に、へへへと照れた笑いを子玉は見せた。
「母上みたいね。芮さん」
「冗談ばっかり言って……」
ちょっと怒って見せながらも、芮氏は昼間縁飾りをつけた子玉の織った残り布を差しだした。
「全て捨ててしまうのは惜しくて……役に立つかはわからないけど受け取ってくれない?」
子玉は布を見るなり目を潤ませていた。
そして、布を受け取りぎゅっと芮氏に抱きついた。
「ありがとう。諦めないでわたしの織物を助けてくれたのね」
淑静は自分の寝巻に温かい涙がしみこんでいくのを感じた。
常日頃明るい子玉も、今回はさすがには堪えていたのだろうということもわかった。