水札占い
妃候補選抜の世話係の責任者の一人簫公公が執務する部屋の奥、同じく世話係の女官の程恵媛、講義担当の馮老師と養生法、体操担当の韓老師が夜遅くに集まって立っていた。
四人の前には清らかな水をたたえた大きな甕が置かれていた。
そして横の机案には妃候補達の名前が書かれた小さな紙が並べて置かれている。
「あら小篆で書かれるとは珍しい」
程女史が感心したように呟いた。
札には古めかしい書体で名前が書かれている。最近ではあまり用いない。
「なに、始めだけだよ。次からは楷書か草書で済ますさ」
簫公公が笑っていった。簫公公は中年の宦官で孫権や歩夫人からの信頼も厚かった。
「では、札の軽重を問う前に、会議をするわ」
程女史が話し始める。
「陛下と中宮(歩夫人)さまからは今回は特にはお達しもなかったわ。でも、最終的には呉会と丹陽の豪族の娘が大量に残るのは望ましくないとの仰せでした」
簫公公と馮老師、韓老師が無言で頷く。
簫公公が馮老師に尋ねる。
「馮老師からは落第候補はいますかな?」
馮老師は肉のしわに埋もれたような目をしばたたかせて答える。
「ミミズののたくった字を書きおる凌春鈴はだめじゃろうな。あれは妃どころか女官も務まらぬ」
「他には?」
さらに問われると馮老師は首を振った。
「では、韓老師はいかがですかな?なんとも周囲がかまびすしいようですが」
少し苦笑いが他の三人から漏れる。
「笑わないで下さいよ先輩方。僕も釣り餌として頑張っているのですから」
韓老師は居心地悪そうに、目を伏せた。本人の意思とは別に、なんとも艶っぽい風情である。
「それで問題を起こした者はいるの?」
「厳昭姫と蔡清心からは艶書をもらいましたのでこれはだめでしょう」
「他には?」
「あとは体操中に色目を使う程度のことです。確たる証拠もなければ処分できますまい」
「まぁそれも程度問題ね。悪質だと思うなら、次からは処分に加えましょう」
簫公公が重々しく頷く。
「では、あの方からも報告が……」
「あの方」との言葉を聞くなり、簫公公も馮老師も、韓老師も勅書を拝聴するように裾を払って跪いた。
程女史が読み上げる。
「兆白鵞は若い宦官と衛兵に繰り返し悪質なちょっかいをかけているので不可とする。龐元媛は腋臭があるので病気の疑いあり、大夫に診せてから判断したほうがよい」
程女史が読み上げると、三人は立ち上がった。
韓老師が意見を述べた。
「龐元媛は服の着こなしも雑ですし、髪も脂ぎっています。不潔なのでしょう。病気、ただの不潔、いずれかが理由としても、東宮さまにお仕えするには相応しくないと考えます」
「そうじゃな。清潔なのは身だしなみの基本中の基本じゃ」
馮老師も賛同した。
「では落第でよろしいですわね」
落第として上げられた少女の名前の札が横に除けられる。そして残った紙に溶かした蜜蝋が薄く筆で塗られていった。四人は名札が乾くまで黙って見守った。
更漏(水時計)で一刻(十五分)を計る。
乾いたすべての紙が、一斉に水瓶の上に振りまかれた。
蜜蝋が塗られていない名前はすぐに水を吸い込み、底へと沈んでいく。
四人の目が見つめる中、さらに蜜蝋が塗られていても運悪く沈んでいくものもある。
いかさま染みているが、選抜の儀式の一つなのである。
これで合計八人が落第とされた。
落第した者は、夜中宦官に肩を叩かれて起こされ、出て行くように促される。実家まではしっかり安全を期して送られる。だが、その後の身の振り方、縁談までは世話をしてくれない。妃候補まで選ばれたことを良しとするか、落とされたことを負とみるかは世間次第であった。