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休憩時間

妃候補達の選抜生活が始まった。

 彼女たちの一日はなかなか大変なものであった。

 朝早くに洗顔し化粧をして、侍女に髪を梳かせ、結わせることから始まる。制服が一律であることから、各自髪型には工夫が凝らされた。そのころは堕馬髻、霊蛇髻が流行っていた。十三歳と最年少の吾平児も年上の少女達に負けずと髪を二つの輪に形作る百合髻に結い上げていた。そんな中、ひとり我が道をゆく吉子玉は簡単な総角を自分で結って大手を振って歩いていた。

 身支度を終えると、部屋で朝食をとる。粥や、焼餅とスープなど消化のよさそうなものが多い。

 それから明るいうちに特別に用意された織室で機織りをする。

 織られた布は戦争の報償に使われる予定だ。

 この機織りは骨が折れる労働で、細身の竹子夜や小柄な吾平児は音を上げて細かな刺繍の仕事に替えてもらっていた。

 それから韓老師による養生法の講義と美容体操が始まる。体操は夏の庭園で行われるので暑い。それでも美貌の韓老師に一目でも見つめられたいとがんばる女子が続出した。

 ひと汗かいたあとには酸梅湯や果汁と軽いおやつが出て休憩となる。

 一休みしたあとには、馮老師の授業だ。馮老師は老宦官らしからぬ美声の持ち主で、おやつを食べた後の少女達を強力に眠気に誘った。主に講義で使うのは班昭の「女誡」である。女子

の心得を説く書物であるが、名門出身のお嬢様方には小さな頃から叩き込まれている書物なので新鮮味はない。ますます眠くなる。

 それからは夕食である。米飯に野菜料理と、魚か肉のおかずがついた。お嬢様方には普通でも庶民からすればずっと贅沢な代物だ。そして、栄養を考えた漢方の独特な匂いがするスープがつく。始め不味いと残す者もいたが、美容によいのと身ごもりやすくなると聞くと残す者はいなくなった。

 夕食を終えると化粧を落として、髪を解いて、沐浴するものはたらいで身を清めた。役人と同じく最低五日に一度は洗髪沐浴することが決められていた。

 そしてやっと就寝である。

 加えて五日に一度は休養日として一日休みを与えられた。


宮殿での生活様式にも慣れてきたある日の休憩時間のこと。

 机を並べた講堂では、授業が終わっても数人が残って、それぞれ骨休めをしていた。

「女誡には飽きたわー。せっかくの学校なのに。こんなに夫に尽くせ、家に尽くせって曹大家(班昭)はよっぽど夫君が好きだったのかしら?」

 両こぶしを突き上げて背筋を伸ばした吉子玉は右隣にいた芮淑静に尋ねた。

 芮氏は木簡を巻いて袋に仕舞った。

「わからないわ。曹大家の夫君は若くして亡くなったらしいけれど、どうかしら。先祖の班婕妤の奥ゆかしい処世術を学んだのかも」

「班婕妤ねぇ……知的でそつなく堅実よね……」

 子玉は元気よく話し出した。

「わたしせっかく教えてくれるなら『史記』がいいな。でなければ『山海経』。おもしろいもの!」

 子玉の左隣にいた謝青蝶が口を挟んできた。

「馬童の娘が仙人だの、妖怪だのバカらしい」

 子玉の父が先々代孫堅の馬童をしていたという話は、いちばん始めの自己紹介でしていたので、彼女はほとんど名前で呼ばれず、「馬童の娘」と嘲られていた。肝心の子玉はなんとも思っていないようだが。

「謝さんはそう言うけど、呉郡の朱家では妖怪の飛頭蛮が出るのよ」

 謝氏は目を細めて子玉を睨んだ。

「あそこの家はもともと少しおかしいのよ。うちのおじさまに言わせるなら仙人だの仙丹だなんてたわごとよ」

 それを聞いていた芮淑静は興味をもった。

「謝さんのおじさまとはどなたのことなのかしら?」

 よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに、謝氏は勝ち誇ったように微笑んだ。

「会稽、いえ呉国の天才虞仲翔よ!」

 芮氏はびっくりして無言になったが、子玉は口を開けて感心していた。

「あーそれは天才だわ。文句なしの天才だわね」

 それから謝氏の「おじさまがいかにすごいか」の話が始まった。しばらく芮氏と子玉が大人しく聞いていると続きの広間から笛の音がした。

 三人で見に行くと、長沙からやってきた歌舞の得意な司馬媚娘という娘と、武術が得意だという丹陽郡からやってきた丁虎娘がそれぞれ音色に合わせて舞っていた。虎娘は木刀を持って剣舞だ。

 二人は十八で少女というより大人の女性に近かった。

 司馬氏はくびれた腰を妖艶にくねらせ踊っていた。丁氏は切れ味鋭くきびきびとした動きだ。

 笛を吹いているのは十三歳の吾平児で飾り気のない笛を真っ赤な顔をして一生懸命に吹いていた。力みすぎなのか途中で少し音が外れている。

 芮氏がふと口に出した。

「あの音、吾さんが間違えているのかしら?それとも……」

 横を向くと、さっきまで一緒にいた子玉がいない。

「あら?どこにいったのかしら……」




 夕暮れ、孫登は庭園を散策していた。後ろにはぴったりと陳表がついている。

 空気にはまだ昼間の暑さが残っている。

 孫登はいつもの落ち着きがなく、何かを探している様子であった。

「太子さま?何かをお探しですか」

「……どう言うべきか……気になるのだ」

 太子は迷ったように言う。

 陳表は心配になり、後ろから横に移動して太子の顔をのぞき込んだ。

「あのような醜い……奇妙な娘は宮中にはいない」

「この間の馬童の娘のことですか?」

 陳表は孫登から話を聞いて、厩番でも古くから仕えているものを探しているが、みつからないので、彼女の話の真偽は未だわからないでいる。

「宮女でもたいてい選ばれてくるものは健康的で色の白い、髪が黒々としてまっすぐなものだ。あんな色黒でちぢれた髪は見たことがない」

「それで太子さまは気になるのですか?」

 陳表の問いに太子は逡巡して頷いた。

「うむ。何かおかしい」

 二人が会話しながら歩いていると、当の本人が向こうから歩いてきた。太陽穴を揉みながら眉をしかめている。

「吉子玉!」

 太子は思い切って声をかけた。

 子玉は今気づいたというふうに顔をあげて、微笑んだ。ちらりとのぞいた歯が眩しい。

「こんばんは、えーと、そういえば、前回お名前を聞かなかったわね。あなたは後宮勤めなの?」 

 孫登は尋ねられてちょっとうろたえた。

「わたしは……ち、陳休という。宦官見習いなんだ」

「ふーん。じゃあ陳哥って呼ぶわね」

 陳表が割り込んだ。

「娘、無礼だぞ!」

「?」

 孫登は陳表の背中を突っつき、黙らせた。

「こっちは……陳大哥だ」

「は?」

 呼ばれた陳表が驚いた。

(文奥、話をあわせろ)小声で太子が囁く。

 子玉はのほほんと聞いていた。こめかみを揉みながら。

「兄弟なの?似てないけど」

「いや、たまたま同じ姓だが仲良くしている」

 子玉は二人の全身をためすすがめつ見た。

「二人とも宦官らしくないいい姿勢と体格だし、いい服きているわね」

「そ、そのわれわれは東宮付きなのだ」

 苦しい言い訳。

「へー、すごいじゃない。ねぇ、東宮さまって優しい?」

「も、もちろんだとも」

「じゃあ少しは希望がもてるかもー。ふふふ」

 てらいのない子玉の笑顔に面食らうふたりであった。

「そなた頭が痛いのか?大夫に見せた方がよいのではないか?」

 子玉はこめかみをまだ揉んでいたが、首を振った。

「大丈夫よ。もう音は頭から消えたから」

「??」

 太子と陳表が子玉の発言の意味をわからずにいると、夕食の時間を知らせる鐘が鳴った。

「あ、時間だわ。またね、陳哥、陳大哥」

 子玉は風のように裾を翻して去って行った。

 太子は意を決して陳表に告げた。

「あの娘を調べるぞ」


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