表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/28

人質

「くっ」

 芮淑静は振りほどこうともがいたが、文啓妹の左手の押さえ込みはしっかりと強く、まったく動けなかった。

「虞姫も動くんじゃないよ、その生っ白い肌に傷をつけたくなければね」

 文氏は細い短刀を淑静の首筋に突きつけていた。

 舞台には駆けつけてきた丁氏もいた。子玉が棍を捨てると、丁氏も渋々木刀をその場に置いた。

 そこに陳脩率いる精鋭解煩軍の一隊が突入してきた。

「賊よ、諦めて人質を放せ!橋公(橋玄)のころより人質もろとも悪党は殺されるのが相場ときまっておる。大人しく投降せよ」

 その言葉に芮氏は気が遠くなりかけた。

 文氏は兵士たちに遠巻きに剣を突きつけられても、まったくたじろがなかった。

「あははは、かまうものか。太子の妃選びに傷がつけられれば、わたしの勝ちなのだからな」

「なに!」

 芮氏はぶるぶると震えていた。

(やっぱりわたしが虞姫の役なんておこがましかったんだわ。目立つことなんてしてはならなかったんだわ……)

 芮氏が助けを求めるようにあたりを目だけで見回す。

 陳脩が舞台にじりじりと近づいてきたほかはみないなくなっている。宦官と宮女の音楽隊も散り散りに逃げ出していた。

 あとは丸腰の丁氏と子玉だけだ。

 そこで、主賓席の御簾から少年と護衛が出て来た。

(あれは陳さん……?と陳大哥?)

 少年、孫登は高らかに命じた。

「わたしと人質の妃候補と交替させよ。妻の一人も守れぬと男とは江東男児として情けない!」

 陳表はすぐさま止めた。

「太子殿下!おやめください。なりませぬ!」

(陳さんが太子殿下だったなんて……)

 芮氏の場所からも桔梗色の服に身を包んだ太子の秀麗な顔が見える。今までの無礼を考えると顔から火が吹きそうだ。

 芮氏が子玉の方をみると、彼女はじわじわと丁氏の陰に下がっていた。

(子玉さんでも怖いのね……えっ?)

 太子と文氏が罵り合い、交渉している間、子玉はじりじりと丁氏の陰に隠れてごそごそ動いていた。口元の付け髭をむしり取っている。

 芮氏と目があうと丁氏の肩越しに、唇の動きだけで伝えてきた。

(う・ご・か・な・い・で)

 芮氏は小さく肯き、震える足に力を入れた。言われたとおり一歩たりとも動かないつもりだった。

(子玉さんを信じるしかないわ……)


「狢の小童が!太子殿下などと小賢しいわ!おまえの妃候補を血祭りにあげて、我が魏軍の勝利の前祝いとしてやる!はははは……」

 文氏の高笑いが舞台に鳴り響く。

 御簾の中で大虎は真珠の首飾りを掴みしめていた。

(妹妹……どうして早く逃げないの?なぜ……えっ?)

 大虎の見守る舞台上で子玉は左腕の袖の中から何かを掴むやいなや、文氏の頭をめがけて投げつけた。

 周りの者には突然金色の光が素早く直線を描いたように見えた。

 次の瞬間、金色の塊は文氏のこめかみにめり込み、昏倒させた。

 芮氏もその衝撃で気を失った。

 一斉に解煩軍の兵士がなだれ込み、文氏の身柄を取り押さえる。

 舞台にいた丁氏、子玉も身柄を確保される。

 気絶した芮氏は大夫の下へ運ばれた。

  

 酔いかけの孫権が、谷利に声をかけた。

「まだ発表しておらぬ妃候補達が一組残っておったの。如何する?」

 簫公公が谷利の代わりに答えた。

「陛下、殿下。残りの音楽の組ですが、恐怖に戦いてとても発表できる状態ではございませぬ」

「そうか。子高、ここで妃候補選抜はお開きといたそう。あとは宮殿に戻って飲み直すぞ」

「はい父上」

 孫登は興奮さめやらぬままに、頷いていた。

(子玉……よくぞ虞姫、芮氏を守ってくれたな。そなたは素晴らしい覇王で妃だ。だが、あの金色のものは……?)

 孫登は陳脩と簫公公らに後の始末を任せた。陳表と解煩軍の兵士たちに守られるようにして、いつもの倍の警護に囲まれ馬車に乗り宮殿に戻った。

 大虎は陳脩の部下を一人つかまえると指示を下し、御簾を出でて馬車へと乗り込んだ。

馬車に揺られながら、ほろ酔い気分で目をつむっていた。

(妹妹……あなたは勇敢な覇王だったわ……最後まで虞姫を助けることを諦めない……わたしもそういう風に夫君に守られたかった……)

 そっとこぼれた涙を袖で拭っていた。

 


 一人残された謝氏が、兵士の去ったあとに舞台に上がり、残された金色の塊を拾った。

 それは小さな方形で虎のつまみがついた金印であった。謝氏は手の震えを押さえながら、裏返して印字を読む。

(呉国…王太子妃之印……) 

 篆書ではっきりと彫ってあった。

(馬童さん……あなたは……いったい!?)



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ