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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

理想

どーも。〝片割れA〟です。

今回の『理想』がこのサイトでの初投稿となります。

まだまだ途上の身で中々上手く書けないですが暖かい目で見守っていただければ幸いです。

   〈日常〉


 肌を刺すような冷たい風が吹く季節。


 ビルの立ち並んだ都市の一角にある医科大学の教室で藤原幸介(こうすけ)は何も考えず、ただ黒板の文字を書き写していた。ここ最近はずっとこんな状態だ。医学部(六年制)の四年生でありながらも、医師への夢を見失っていたのだ。


 授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、席を立つ。


「おーい、幸介。この後暇か?」


 後ろから聴き慣れた男性の声がした。振り返るとそこにはスポーツ刈りの熱いの上本康太と、ポニーテールの大人しい菊田悠美(ゆうみ)がいた。


「暇だけど?」


 ズレたメガネをを押し上げながら返した。


「三人で隣町まで行かないか?最近流行っている店があるらしくてよぉ」


 ヘェと興味なさそうに返す。


「なんだよ、少しは興味を持ってくれたって良いじゃないか」

 心外だと言わんばかりに康太は言った。


「藤原さん、三人で行けば絶対楽しいですって」


 悠美はニコッと笑いながら言った。


 絶対なんて事はないと思うんだけどなぁ。なんて思いながら曖昧な返事ばかりしていると、二人に押切られ、最終的には三人で隣町に行くこととなってしまった。



 結構楽しむ事はできず、夕日の沈みかけている頃にようやく家に帰る事ができた。


 現在は両親と離れて、祖父母のいる田舎町で生活している。人や店なんかは少ないが、漁業が盛んで有名な町でもある。


「ただいまー」


 玄関の引き戸を開け、中に入る。


「おかえり!」


 ドタドタと足音を立てながら登場したのは祖父でも祖母でもなく、ショートカットが似合う幼馴染みの佐藤洋貴(ひろき)だった。


「なんだ、いたのか。言ってくれたらお土産買ってきたのに」


 靴を脱ぎながらそんな事を言う。


「えー、それを早く言ってよ!」


 口を尖らせながら洋貴は文句を言った。


 洋貴はこう言う名前だが、女性だ。まぁ、どちらかと言うと男勝りなので弟のような感じはするが、れっきとした幼馴染みだ。


 廊下を歩き、自室へと向かう。


「ねぇ、コウちゃん」


 コウちゃんとは、洋貴や祖父母がしている幸介の呼び名だ。


「まだ、見失ってるの?」


 すぐに自分の夢の事だとわかった。


「そうだな。いつかはハッキリさせないといけないのになぁ」

 そんな愚痴を零し、たどり着いた自室のドアを開ける。


「飯ができたら呼んでくれ。それまで勉強してる」


 バタリとドアを閉めた。


 洋貴はドアの前でため息を吐く。


「コウちゃん、ごめんね。力になれなくて」


 そう一言だけ呟いて、彼女はキッチンへと向かった。



 夕食を食べ終えた後は、洋貴が自宅へと帰るので基本は幸介が残っている家事をしている。


「コウちゃん、いつもありがとねぇ」


 和室で洗濯物を畳んでいると、湯飲みでお茶を飲んでいた祖母が微笑みながら言った。


「住まわせてもらってるんだから、当然だよ。おばあちゃん」


 幸介も笑みを浮かべながら返す。


 そうかい、そうかい。と頷きながら祖母は笑った。


「婆さんや、わしの釣り針はどこじゃ?」


 しわがれているが、どこか元気のある祖父の声が廊下の方からした。


「竿をしまってる小屋の中じゃないのかい?」


 祖母は声のした方へ返した。


「そうじゃった、そうじゃった。ありがとな、婆さんや」


 足を擦って歩く音を立てながら祖父は玄関を出て行った。


「コウちゃんも頑張りぃな。婆さんと爺さんは応援してるからね」

 

 ありがとうと返して俯いたが、それを知られたくはなかったので洗濯物を畳む事で誤魔化した。


 ーー俺は、何がしたいんだ。


 そんな疑問を残しながら。



「…?何だこれ」


 ある日、いつも通り登校し、靴箱まで来ると妙な物を見つけた。


「手紙?」


 上靴の上に重ねてあった物を取り、折り目に沿って広げる。


『今日の放課後 管理棟の屋上にーー』


 そこまで呼んだところで、意図を察してしまった。手紙をくしゃくしゃに丸め、ズボンのポケットに突っ込む。そして大きなため息を吐いた。


「新手の悪戯か?」


 靴箱に通じている廊下の方へ問いかけると、見知った男が現れた。


「なんでバレるんだよ」男はしょうもないと言いたげな顔をしていた。


 康太だった。


 二人は並んで廊下を歩く。


「お前の直筆くらい飽きるほど見たわ」


 呆れながら言った。


「なんだ⁉︎新手のストーカーか⁉︎」


 似たような事を言ってくる康太。


「お前なんかのストーカーになりたくない」


 素っ気なく返してやると、


「少しくらいノッてくれよぉ。まるで俺が変人みたいじゃないかぁ」


と俺の肩に体重を掛けながら脱力してきた。


「実際、俺は変人だと思ってるがな」


「ひどくね?」


 そんな会話をしながら教室へと向かった。



 放課後、二人を避けて靴箱まで来たつもりだったのだが、


「よう、幸介。こんな所にいたのか」


 見つかってしまった。


 振り返ると康太と悠美がいた。


「なんで来んの?」


 あからさまに嫌がってみる。


「なんでって、そりゃあ、友達だからだろ?」


 普通に返された。


 うんうんと、悠美も頷く。


 悠美は康太といる時は大人しさが全くないんだよな。逆に無邪気。


「友達だったらせめてこっちの事情も考えてくれよ」


 靴を取り出し、履き替える。


「おじいちゃんとおばあちゃんの家で生活してるから夕方くらいには帰してくれ、だろ?ちゃんとそうしてるじゃないか」


「もはや夜だけどな」


 幸介はその場を立ち去ろうとする。


「…なんかあったんなら聞くぞ?」


 あまりにも素っ気なすぎたのか、心配されてしまった。


「言うほどのもんじゃねぇよ。ただ睡眠不足でイライラしてるだけだ」


 振り返らずにそう告げて学校を出た。


 いつもこんな感じだった。向こうがしつこく絡んできて、こっちが素っ気なく返す。別になんら変わってない。だけど俺は変わってしまった。理由はわからない。気がつけば医者になる夢を諦めていた。


「ほんと、なんでなんだろ」


 駅前まで来てそう呟く。田舎町の駅とは違って大きな駅だった。


 駅に入り、なれた手順で切符を買って、電車に揺られる。


 ビルやマンションしかなかった景色がトンネルを一つ超えて、森や山だけの世界に変わる。


 ーー俺の心にも、このトンネルのような何かがあったのかな。


 そんな事を考えながら景色を眺めていると、あっという間に祖父母のいる町に帰ってきた。


 駅を出て、人気のない住宅街を歩く。


 こんな貧しい町でも、裏を返せば助け合っている温かい町なのに。


「どうして人が少ないんだろう」


 関係のない疑問ばかりが浮かぶ。


 家の近くまで来ると、町のちびっ子たちが出迎えてくれた。


「コウにい、おかえり!」


「ただいま」


 できるだけ笑顔で返す。


「コウにいのカノジョが家でまってるよ」


 ーー彼女?


 誰の事かわかりかけたが、わかりたくなかったので済んでのところで頭から消した。


「誰がそんな事言ったのか、覚えてるかい?」


 できるだけ怒りを抑え、笑顔で尋ねる。


「えーっと…」


 ちびっ子たちが悩んでいると、


「あっ!あの人!」


 どうやら元凶が出てきたらしい。


「あら、コウちゃんおかえーー」


 洋貴が言い終える前に片方の頬をつねる。


「いてててっ!痛い痛い!」


「次余計な事言うとその口縫い合わすぞ」


 洋貴耳元で殺意のこもった目線と口調で脅す。


「わかったわかったから。もうしないから」


 つねっていた手を離す。洋貴はつねられていた頬を摩っている。


「…疲れた」


 そう呟いて、幸介は家の中へと入っていった。


 これが最後の日常だと知らずに。



 次の日の早朝。幸介は目覚ましの鳴る三十分も前に起きた。


 ーーまた一日過ぎた。


 大きくため息を吐く。


 布団から重い身体を起こし、着替える。幸介の通っている大学は高校や中学と違って制服なんかないので、着替えるのが楽だった。


 寝間着を布団の上に置いたまま、時計の秒針を見つめる。


「今まで、何してたんだろ」


 寝間着を拾って大きくあくびをしながら、部屋を出た。

階段を下り一階に来ると、祖父のイビキが聞こえた。

朝食を作るためにキッチンへと向かう。


 ーー確か、じいちゃんが漁で獲ってきた魚があったはず…。焼くか。


 そう献立を考えながら歩いていると、荒々しく玄関を開け、ドタドタと足音を立てながら誰かがリビングに来た。


「コウちゃん!大変よ!」


 祖母だった。


「どうしたの?おばあちゃん」


 振り返りながら尋ねる。そこで気づいた。祖母が見た事ないくらい青ざめていた事に。


「ヒロちゃんが、ヒロちゃんがっ!」


 祖母は必死に何かを訴えようとする。俺はすぐに察した。

 反射的に走り出す。途中に置いてあった通学に使っているカバンを取り、開けっ放しの玄関を出て、まだ薄暗い住宅街を一人で駆ける。


「洋貴っ!」


 そう呟きながら。



 洋貴の家の前に着くと、玄関に沢山の人だかりがあった。


 すみません、通してくださいと言いながら入っていき、洋貴のいる部屋に来た。


 彼女は寝込んでいた。そのそばには彼女の両親がいた。


「っ!…洋貴!!」


 幸介は彼女のそばに駆け寄る。両親の真剣な目がこちらに向いた。


「幸介くん。この子を、診てやってくれないか」


 この町には病院がない。だから、俺のような奴に頼むしかない。


 幸介は彼らを一瞥して頷き、持ってきたカバンから診察道具を取り出した。



 診察を終えたまま、洋貴の両親がいるにも関わらず、幸介は俯いて泣いていた。


ーー嘘だ。嘘だっ!


 彼女がかかったのがインフルエンザなんかの類いだとうい事はわかった。それが問題だった。


 洋貴は普段は元気なのだが、生まれつき病弱で風邪をひいただけでも重症になる。そんな彼女がインフルエンザほどのウイルスにかかったら。下手な医学生でもわかる。


「ーー死ぬなよ!絶対に死ぬなよっ!」


 横で彼女の母のすすり泣く声が聞こえる。


 この日、初めて俺は自分の無力さを呪った。









  〈無力〉


 今までの日常が一変した。


 俺は毎日、朝と夕方に洋貴の看病と診察を行なっていた。今のところ異常は見られない。だからと言って油断できないし、今も洋貴は苦しんでいる。一刻も早くなんとかしないと…。


「ーーおい!」

 

 その声で我に返る。


 放課後の教室にて、一心不乱にノートに鉛筆を走らせていた時、康太が声をかけてきていた。まったく気がつかなかった。


「お前、最近変だぞ。なんかあったのか?」


 腰に手を当てながら心配する康太。


「無理しないでくださいね?」


 心配の言葉を投げかけてくる悠美。


「大丈夫だ、心配しなくて良い」


 再びノートに向き直る。


「良くない」


 康太は幸介の肩を掴み、自分の方へと向き直らせる。


「大丈夫だったんなら一旦落ち着け」


「落ち着いてる」


 幸介はノートに向き直ろうとするが、康太に止められる。


「落ち着いてない」


 何か言い返そうとしたが、あまりにも康太が真剣すぎたため、一度深呼吸をする。


「……これで良いか?」


 康太は頷く。


「っ!…これは、なんですか?」


 二人の視線が悠美の方へと向く。


 康太と話している間に、悠美にノートの中身を見られていたようだった。


「どうしたんだ?」


 康太も幸介のノートを覗く。


 あまり周りの人に見せたい物ではないのでカバンにしまおうとするが、済んでのところで康太に奪われる。


「なんだこれ!幸介、誰かの診察でもしてるのか?」


 ノートから驚きの表情をした顔を上げた康太が尋ねた。康太がこう言うのは、俺らはまだ本当の病人を診察する資格がないからだ。


 答えたくないのでノートを取り返そうとするが、阻止される。


「答えてくれ、誰かを診察したのか?」


 ーーもう無理か…。


 大きなため息を吐く。


 幸介は仕方なくこれまでの経緯を話した。


 話しを聞き終え、康太は真剣な表情で顎に手を当てる。


「そんな事があったのか…」


「大型の病院には連れて行ったんですか?」


 心配そうに尋ねてくる悠美。


「俺がそろそろ駅に向かわないとマズイって言う時間くらいに救急車で運ばれてった」


 思い返しながら答えた。


「結果は、どうだったんだ?」


 康太は顎に手を当てたまま尋ねる。


「治りそうにないってさ。ずっとこのままか、それとも…」


 そこまでしか言えなかった。その先は言いたくなかった。


 二人とも、俺がなんて言いたかったのか察したのだろう。少し目を伏せた。

沈黙が流れる。それに重い空気が重なった。


 耐えられそうになかった幸介は教室を去ろうとした。が、


「何か、協力できることはないか?」


 康太のその発言でその足が止まった。


「一人よりも、複数の方が色んな案が浮かぶはずだ」


 今、康太がどんな表情で言っているのかわからないが、確かな事を言っていた。


「私も協力しますっ!」


 悠美の真剣そうな声もする。


 そう言ってくれるのは、正直言って嬉しい。


 だけど、


「それじゃあ二人に迷惑が掛かる」


 幸介は振り返りながら言う。


 俺がこんな事を言うのは予想外だったのだろう。二人は固まった。やがて、ゆっくりと目線を合わせてから笑い出した。


「な、なんだよ」


 困惑しかなかった。


 悪い悪いと言って少し笑みの残った顔を向けた。


「すみません、予想もしなかった言葉でしたので」


 悠美は髪を整えながら言った。


 ーー知ってる。


 そんな中、康太は腰に手を当てて、今までつっかえていた物が取れたかのような顔をして告げた。


「今更デレデレしやがって。友達は迷惑かけて当然だろ?」


 『迷惑かけて当然』その言葉が幸介の乱れた心を優しく包み込んだ。

幸介は嬉しさのあまり、涙しそうになってしまった。



 あの後、二人と共に今あるだけの知識や技術でなんとかならないか探ってみたが、進展はなく、最初の一手は空振りに終わった。


 その深夜。勉強机と向かい合い、ライトをつけ、スマホを使ってネットサーフィンをする。もしかしたらネット上に何かヒントがあるかも知れない。その思いが拭いきれなかったからだ。


 画面をスワイプさせる。


 嘘か本当かわからない情報が紛れ、どうしてこんな事を書き込むんだと、苛立ちを覚えずにはいられなかった。


 一度スマホから手を離し、窓の外を眺める。


「きれいな星だなぁ」


 思わずそう呟く。


 空には満天の星空が浮かんでいた。


「都会じゃあ、こんなのも見れなかったな」


 両親の家の窓から見た夜空を思い出しながら呟いた。


 その時、ある記憶が脳裏を過ぎる。



 今いる町と変わらない場所に、二人の幼い子どもがいた。


 ーー『大人になったらおれが直してあげる。空気のきれいなここだけじゃなくて、他の場所にも行けるように』


 幼い俺が両手を広げながら言った。


 ーー『本当⁉︎ありがとう!』


 幼い少女が嬉しそうに目を細めた。



 「……そういえば、そうだったな」


 俺はあの頃を懐かしむ。


「俺が医者を目指し始めたのは、あいつを自由にするためだっけ」


 そうだと分かった瞬間、底から何かが込み上げてくる。


 拳を強く握る。


「なんで、なんで今更思い出すんだよっ!」


 ドンッと拳で机を叩いた。


 目からは涙が溢れ出る。


「何が大人になったら直してあげるだ、俺はあいつに何もできてねぇじゃねぇか!」


 自分への怒りと後悔が押し寄せる。


 頭を抱え、嗚咽をこぼした。


 しばらくそうした後、ようやく落ち着いた俺はゆっくりと言葉を紡いだ。


「洋貴…。すまないっ」


 と。












  〈決心〉


 あれから何日たっだろうか。


 何度も三人で洋貴を助ける方法を考えたがすべて空振りだった。


 現在は一人で洋貴の看病をしている。


 祖父母の方は夕食を作り置きしておいたし、大方家事を終わらせたので心配はないだろう。


 そっと洋貴の額に手を当てる


「…熱い」


 まだ良くなりそうになかった。


 手を離し、自分の両手を見つめる。そっと拳を握った。


「…俺は、無力だな」


 罪悪感でそう呟いた。


「そんなことないよ」


 か細いが、聞き覚えのある声がした。


「洋貴?」

 

 声のした方へ顔を向けると、洋貴がベッドに横になったまま優しい目をして幸介を見ていた。


「コウちゃんは頑張ってるじゃん」

 

 俺は押し黙る。違うと言いたかった。けど言えなかった。


 洋貴は幸介の後ろの方へと目線を移した。それにつられて俺も後ろに顔を向ける。


 窓の外にきれいな星空が見えた。


「ねえ、覚えてる?」


 後ろから洋貴の声がする。


「幼い頃、病弱で都会にいられなかった私が、偶然、おじさんとおばさんに会いに来てたコウちゃんに出会った時の事。あの時は、友達ができたって言うのと、あなたが私を治してくれるって言ってくれたのが、嬉しかった」


 幸介は罪悪感で俯きそうになる。


 だけど、と一言置いて彼女は続けた。


「私の場合は生まれつきだから、仕方ないの。治るはずがないもの」


 悔しさが溢れ出る。治るはずがない、だったら。だったら。


「俺は何のためにっ!」


 思わずそう言い放つ。そうなった俺はもう止まれなかった。


「何のために歩んで来たんだ!今までの苦労は、一体っ…!」


 頭を抱える。悔しくて仕方がなかったのだ。


 洋貴は唖然とする。幸介が突然叫び出した事に驚いたのもある。それよりも、彼が自分のためにそこまで考えてくれていたなんて思いもしなかったからだ。

思わず頬杖が緩む。


 「病弱なのは治せなくても、私のように苦しんでいる人を治してあげて?」


 この発言に、彼は少しの反応を見せた。


 「私、応援してるから。今までも、そして、これからも」


 「洋貴…」


 彼は振り返る。


 私は今できる限りの満面の笑顔を作った。


 幸介は頷く。


 ーー俺にはかさぶたくらい薄く、小さな誇りしかないけど。それでもくじけるな!もう二度と、洋貴を裏切らない。


 幸介はそう硬く決意した。



 あれから少し話しが脱線し、二人で窓の外を眺めながら談笑をしていた。


「私って素直じゃないなって、いつも思うの」


 夜空を見つめていた洋貴が呟く。


「どうして?」


 彼女の横顔に視線を移して尋ねた。


「今までの日常が楽しくて、ずっと続いて欲しいって思うのに。コウちゃんと一緒にいられたらなって思うのに、口にだせないの」


 彼女の横顔はどこか寂しげだった。


「…そのくせ、目を閉じたらいつもあなたと一緒にいる夢を見るの。バカだよね、私って」


 彼女は優しい微笑を向けながら自嘲した。


 幸介は顔には出さなかったが、洋貴が自分に恋をしていたと言うカミングアウトに驚いて言葉を返す事を忘れしまっていた。


「私がこんな状態じゃなかったら、この告白はどうなってたんだろうね」窓の外に視線を戻しながら呟く。


「…さあ、わからない」


 ようやく言えたのがそれだった。


「じゃあ、私がこんな状態だったら?」


 案の定、逆の質問が来た。しかし、すぐには答えられなかった。洋貴の最後になるかもしれない望みを叶えてやりたいから言ったと思われるのが嫌だったからだ。


 ーー正直に言ってみるか。


「受け入れてた」


 洋貴は驚きの表情を浮かべる。が、予想とは違い、すぐに微笑を浮かべた。


「そう、言えて良かったわ」


 二人で夜空を見つめる。


「私、少しこの状況に感謝してるの」


 突然の発言に、思わず振り返る。


「こんな状況にならないと、告白できなかったと思うから」


 ーー確かに。


 俯きながら納得する。


「コウちゃんも、ポジティブに捉えよ?こうならなかったら、コウちゃんは医者を目指してた理由を思い出せなかったかもしれないんだよ?」


「……そうだね」


 二人は夜がふけるまで談笑を楽しんだのだった。


 ~一ヶ月後~


 残念ながら、俺たちの今の力じゃ洋貴を助ける事はできなかった。だけど、裏を返せばそれらの出来事が俺を正しい道へ修正してくれてたのかもしれない。そう教えてくれたのは他でもない、彼女だった。

 

 朝日を見つめ、冷たい風を受けながら、研修で来ていた大学病院の門前に立つ。


 「俺は頑張るぞ」


 憧れの先にあるものを想像する。ここじゃないどこかで、人を助けている俺がいた。それは現実の先、理想の先のものだった。


 下の大学病院へ視線を移す。


 これから先の事を考えると、足がすくむ。だけど俺は先へ行く。

自分のためにも。


 そして、洋貴のためにも。


「応援しててくれよ」

 そう、どこかで見守っている彼女に告げ、幸介は第一歩を踏み出した。



 ~END~

誤字、脱字等の指摘が有りましたらご報告下さい。

この度は、私の『理想』をお読みくださり、誠にありがとうございました。

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