【超天才錬金術師3巻発売記念SS 】 もしもアレクサントに甲斐性があったら―― リィンベル&アクアトゥス編
これはもう一つの可能性の世界の話よ。
うっかり錬金術師のアレクが、うっかり調合を間違えて、自分専用のポーションを興奮剤に変えてしまった世界の物語。
あり得るかもしれなかったもう一つの未来では、アレクとあたしたちは行き着くゴール地点まで行き着いていたの。
アトリエ開業3年目に、あたちたちの間には娘が生まれて、それから6年の時が流れたわ。
アクアトゥスが美しい成長した後も、アレクの容姿は昔と全然変わっていなかった。
だってアレクはそういう生き物だもの。
・
想像したことはあるかしら。
アレクとアクアトゥスの間にもしも娘が生まれたら、どうなるだろうって。
その答えは簡単よ。問題児と問題児の間に生まれた子は、どんなにあたしたちが真っ当に育てようとしても、自由だった。
「お父様、お父様、遊んで遊んで!」
「グ、グギッ、折れる折れるっ、首折れるってのっ、デルフ!」
「へーきへーきっ、お父様はドロポンちゃんと同じだから、折れても平気! デルフィーネは知ってるんだから!」
「どこから聞いたんだよその話っ!? 無敵のドロポン様と一緒にすんなっ、折れるもんは折れるってのっ!」
調合中はアレクから引き離すようにしているのに、この子は隙あらば調合部屋に忍び込んでくる。
アレクによじ登って、今はアレクに肩車をさせて、身体を左右に激しく揺すっていた。
「キャハーッッ、楽しいー! お父様大好きー!」
「ダメダメダメッ、ミシミシいってるっ、骨がーっ骨がーっ?! お嬢も見てないでこれ取ってよっ!?」
アレクなら死んでも死なないと思うけど、首が折れたら接客を任せたとき困るわ。
あたしは幼い頃のアクアトゥスそのままの容姿と評される娘を、自分の胸に飛び込ませて、床に尻餅を付いた。
だってしょうがないじゃない……。
みんなが大人になった今も、あたしはあの頃のままの姿なんだから……。
「はーー、楽しかったー♪ リィンママッ、ナイスキャッチ!」
「ナイスキャッチじゃないわよ、デルフ……。もう、ホントにおてんばなんだから……」
「ありがとう、お嬢……。あいたたた……こ、腰にもきた……」
困り果てながらも、アレクはどこか楽しそうに微笑んでいた。
アレクにとってデルフィーネはアクアトゥスの小さい頃の生き写しだからか、甘やかしっぱなしのダメな父親になってしまっている。
「あっ、アナちゃんとママ!」
振り返ると、そこにアクアトゥスとアインスと、うちの子のアナベルがいた。
『お嬢の子だから、名前はなんとかベルにしよう』
『それは、名案です。リィンベル、良い名前ですから……』
『勝手に方針決めないでよっ!?』
あたしの子もあたしに凄く似ている。
もしかしてアレクって、遺伝の力が弱いのかしら……。
小さなリィンベル、アナベルを見るとアレクはいつだってニコニコしていた。
「あの……パパ、大丈夫……?」
「大丈夫だよ、アナ。はぁぁ……その歳で親を労れるとか、マジ天使だわ……」
うちのアナベルはおとなしくて、かなり気が弱いの。
きっとそこが、あたしたちみんなの心をつかむのね。デルフィーネとアナベルは陰と陽だったわ。
「お父様、デルフィーは……?」
「ああお前な、お前は――天使のような悪魔のような天使だ。つまり天使。あたた……アインスさん、いつもありがとう……」
そうやって甘やかすから、毎回毎回痛い目に遭うんじゃないかしら……。
アインスが店から湿布を持ってきて、アレクの首と背中に貼ってくれた。
デルフィーネが大きくなってから、湿布薬のお得意様が自分になるとは思わなかったでしょうね。
「大丈夫、お父様……?」
「うん、大丈夫だよ。デルフは元気すぎるのが困りものだね」
両方の娘の頭を撫でて、アレクはまた微笑んだ。
「兄様は懲りませんね……」
「ほんとよ。いつかほんとに首折られるわよ?」
「うんっ、折る!」
「だ、ダメだよ、デルフィーちゃん……」
それがあたしたちの日常だった。
お説教のできないアレクに代わって、あたしたちが娘に常識を教えた。
だって……アレクには常識なんて最初から期待してないもの……。
・
その夕方、アレクがアナベルと庭でゆっくりしていると、見たことのないドロポンが現れたそうよ。
スライム状のかわいらしいクレイゴーレムのドロポンが、ドロドロに泡立つ液状になっていたの。
「パパッ、大変! この子見て……!」
「なんだこりゃ……。あれ、もしかしてコレ、ドロ、ポン……か?」
「きっとそう! 新種かも……!」
「いやいやいや、新種っていうよりこれ、うぉ……なんだこりゃ……」
アナベルはドロポンが大好きだから、興奮するのも無理もないわ。
アレクは液状のおかしなドロポンを受け取って、つぶらな瞳と見つめ合った。
「……ぁ」
「え……。アナベルッ、どうした!? 拾い食いでもし――ナ、ナンジャコリャァッ?!」
ドロドロドロポンを抱いていた手から力が抜けて、アレクは自分の腕から力がなくなるのを感じた。
庭に倒れ込んだ助け起こすこともできず、さすがのアレクもかなり焦ったみたい。
「お前、まさか……毒持ち……?」
そのドロドロドロポンは、ドクドクドロポンだったのよ……。
幸いはアレクはたいていの毒を無効化を特殊な体質だったわ。痺れる腕に少し力が戻ると、アナベルを抱き抱えてあたしたちの前に飛び込んできた。
「アナベル……。アレク、早く治療しなさいよ!」
「ご主人様、早く……!」
「その毒付きドロポンはどこにいるのでしょう……。もし他の子と合体でもしたら、大変なことになります」
「たぶん庭かな……悪いけど捕まえてきてよ。解毒剤は作っておくから」
アインスとアクアトゥスがドロポン用の小さな壷を持って、庭に向かった。
あたしはアナベルを様態を見守りながら、アレクの調合をただ見つめた。
娘の命がかかっているだけあって、さっきまで毒を受けていたとは思えない神業だったわ。
あっという間に薬が出来上がっていった。
「あ、あの……お父様……」
「ん、何? 今忙しいからちょい待ち。お嬢、漏斗ある?」
「まさか娘の口に、漏斗を差し込んで流し込むとか言わないわよね!?」
「あ、ダメ?」
「ダメに決まってるでしょ!」
「お、父様……聞いて……。デルフィーの話、聞いて……」
「けどそれが一番早いじゃん。はい決定、漏斗発見、いくぞー、娘ー?」
「ああもうっ、アナベルがグレても知らないわよ!?」
「……そりゃ、真剣に困る。が、急ぎたい、ってことで、くらえーっ、解毒剤っ!」
あたしそっくりのブロンドの少女の口に、漏斗が差し込まれて父親が少しずつ流し込んだ。
むせるのも当然よ……。
でも、アレクの薬で治せないものはないわ。
すぐにアナベルの顔から熱が引いて、安らかな呼吸に戻っていった。
「お父様……聞いて……。あのドロポンちゃん、デルフィーが作ったの……ごめんなさい、ごめんなさい、アナベルちゃん……」
そんなことだと思ったわ。天才の娘は天才だったの。
そしてアレクとアクアトゥスの間に生まれた子が、才能を持て余す問題児になるのは、仕方がないことだった。
デルフィーは何度も何度もアナベルとみんなに謝って、勝手に錬金術でドロポンを進化させたことを白状したわ……。
・
「で、コレどうしよう?」
「ごめんなさい……」
「それはもういいから。しかし毒持ちってのは厄介だな」
反省しているみたいだから、あたしたちはデルフィーネに強く言わなかったわ。
だけどそうね。毒持ちドロポンという問題が残っていたわ。
「ごめん、なさい……。デルフィー、いつもこう……。調子に乗って、みんなに迷惑かけて……ごめんなさい……」
「思えば兄様は昔からそうでした。いつだって抜け駆けして、勝手に余計なことをしでかすのです……。むしろ、それでこそ、私たちの娘です……」
「それ、どんな励まし方よっ!?」
勝手にとんでもないことをやらかすところが、この二人の娘らしいわ……。
自由気ままでわがままを押し通すところもそっくり……。
「いいの。もう元気になったから、気にしないで……」
「うん……。ごめんね、アナベルちゃん……」
そんな中、アレクはテキパキと調合の下準備を進めていた。
アレクがひょいと机の上の壷、つまりドクドクドロポンが入った物を持ち上げようとすると、アインスさんがそれを止めた。
「ご主人様……デルフィーちゃんが怒られている矢先に、抜け駆けはどうかと……」
「あ、バレちゃった? まあ、ドロポンを作り替えようと思って」
そう言いながら、アレクは進化の秘石と、銀色の液体の入った奇妙な瓶を光る錬金釜に入れた。
「ちょっとっ、今の何よっ!? 明らかに普通の材料じゃなかったわよ!?」
「まあまあ、それは結果を見てからのお楽しみってことで」
「もうっ、そういうところが教育に悪いのよっ、ちゃんと説明!」
「今のは、液体金属でしょうか、兄様……?」
「正解。後は、さっき作りすぎた解毒剤を流し込んで、ドロポンを――」
アインスが許すわけがないでしょ……。
またドクドクドロポンの壷の取り合いになって、アレクはすぐに諦めたわ……。
「ご主人様、この調合、大丈夫、ですよね……?」
「ドロポン、直る……? ごめんね、ドロポンちゃん……」
「パパに任せれば大丈夫だよ。パパは、やさしくて、賢くて、凄い錬金術師様だから……ママもそう言ってた……」
調子に乗るからそこはバラしちゃダメよ、アナベル……。
アインスは娘たちの姿を見て、小さなため息を吐いてからドロポンの入った壷を傾けた。
ドクドクドロポンがゆるゆるの身体を滑らせて、自発的に釜へと飛び込むのをあたしたちは見とどけたわ。
「んじゃ仕上げるよ。グールグールっと……よしきたきた。んでは、いでよっ、メタルドロポンッッ!」
ギラギラとした輝きと共に蒸気が上がった。
すぐに目が慣れて、あたしたちがもう一度、釜の底を見つめると……。そこにメタリックカラーのドロポンがいたわ。
「大変! お父様っ、ドロポンちゃんがピカピカ!」
「キレーッ、パパ凄い……。今度は、さ、触っても、平気……?」
「平気平気。飲まない限り平気」
「誰もこんなの飲まないわよ……」
「じゃ、じゃ……あっ!?」
釜の中にアナベルが手を伸ばすと、普段のドロポンからすれば思いもしないことになった。
とんでもない速さで釜をよじ登って、あたしたちの目の前から消えたの……。
「あそこです。ドロポン、こちらへ……。ぁ……っ!?」
アインスが誘ったら絶対にくるはずなのに、また逃げられていたわ。
臆病――ううん、恥ずかしがりなのかしら……。
今も棚の物陰からあたしたちの方をメタルドロポンは見ているけど、誰かが近づこうとすると信じられない速さで逃げては、物陰からあたしたちを見つめた。
「キャーッッ、お父様天才! あのドロポンちゃん凄い! アナベルちゃんっ、一緒に捕まえよう!」
「えっえっ……そんなの可愛そうだよ……。あ、待ってよ、デルフィーちゃん……!」
その日から、メタルドロポンは触れたらラッキーなレアドロポンとして、あたしたちの生活に溶け込んでいった。
それと――
・
「やめて、やめてお嬢、そこ、そこダメ、あっあっあっあっ、ああああっっ?!」
その日の真夜中に、隣で眠っていたアレクがおかしな声を上げたの。
あ、あたしの名誉のために言うけど、へ、変なことはしてないわよ……。今日は……。
「うっうぐっ……や、止め、漬け物石……漬け物石は止めてお嬢……っ」
「アンタね……。どんな夢見てるのよ……」
小さな照明魔法を放って、アレクの顔をのぞき込むと苦しそうに青ざめていた。
おでこに触っても熱はない。だけど苦しそう……。悪夢を見ているだけかしら……。
「そんなの入んないって……!? 死ぬ、死ぬ、死んじゃう……止めてー、お嬢……っ!?」
「どんな失礼な夢見てるのよっ! だったら起きなさいよっ!」
あたしはアレクの布団をはいで、夜の冷気を送り込んでやった。
すると――アレクのお腹がキラキラしてたの……。
ううん、違うわね……。アレクのお腹で、メタルドロポンが寝ていたの。
「はぁっ……ビックリさせないでよ、もう……」
「うー……うぅぅー……しぬー……止めて、お嬢止めてー……うぐっ……」
もちろん、どかしてあげようと思ったわ。
だけど……ドロポンが気持ちよさそうに眠っているものだから、あたしはしばらく迷うことになった。
「ママ……」
「あら、アナベル……? どうしたの?」
「ママ、私起きちゃった……。一緒に寝たい……」
「ふふっ……デルフィーちゃんと一緒なら平気じゃなかったのかしら? いいわ、みんなで一緒に寝ましょ」
あたしはなんとなく――アレクのお腹の上の生き物をそのままにして、二人の間に小さなアナベルを寝かせて、目を閉じたわ。
どんなに恥ずかしがりでも、ドロポンはドロポンだから、アレクのお腹の上で寝るのが好きなのよ。
「ママ……キラキラの、ドロポンちゃんも、一緒だね……」
「そうね。それにきっとアレクにはいい薬になるわ。おやすみ、アナベル……」
「おやすみ、ママ、パパ……」
これはアレクに甲斐性があろうとなかろうと、いつかはきっと訪れる未来よ。
いくら世界が枝分かれしようとも、どの世界のあたしたちもきっとこうなる。
もし別の結末に進もうとするあたしがいたとしたら、あたしはこう言うわ。
自分によく似た娘にデレデレになれるアレクは、隣から横顔を眺めているだけでも良いものよ。
早くあなたの世界のアレクも調合にしくじって、一時の感情に任せてアナベルとデルフィーネを生み出しますようにと、この眠れる大地に祈るわ。
「し……しぬ……」
不死身のくせによく言うわ……。
さすがにかわいそうになって、あたしは安らかな寝顔を浮かべるアナベルを少し見つめた後、アレクのお腹の上のメタルドロポンを指で突いた。
ドロポンは驚いてどこかに隠れてしまったけれど、翌朝になったらアナベルがアレクのお腹で眠るドロポンを見つけたそうよ。
3巻お買い上げありがとうございました!