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03 癒しの水

 故郷である【フロスト村】に帰って来た初日に幼馴染達と再会し、マーレはこれまでの長い冒険者人生で荒んでいた心が癒されていく事を実感していた。


 (ああ、帰って来て良かった。思いの外俺は限界が近かったのかもしれねえな)


 そんな事を考えながらも再会した元妹分のマリンが作り置きしてくれた朝食を頬張り、これからの事に思考をシフトさせていく。


 (さて、何をするかも考えず戻って来ちまったが、どうするかねえ? スローライフに憧れていたものの、何をすればいいんだ?)


 うーんと一人唸っていると、玄関の扉からノックの音が響く。

 こんな朝から客? と疑問に思いながらもマーレは応対するべく玄関へと向かう。


 玄関の扉を開くとそこにはマリンと初老の男性が一人立っていた。


 「久しぶりだな、マーレ。でかくなったもんだ」


 「あんたは老けたな、デイモンさん。村長であるマリンの親父さんがどうしてここに?」


 この初老の男性の名前は『デイモン』 アグラディアとマリンの父親であり、【フロスト村】の村長でもある。


 「どうしてとは随分だな。懐かしい親友のガキが帰って来たんだ。顔を見に来ても別に変じゃねえだろうに」


 「まあ、玄関先で話すのもなんだし、二人共入りなよ」


 そう言って俺は家へと招き入れた。二人にミルクを差し出し本題へと入る。


 「それで、ただ顔を見に来ただけって事はないんだろ? 話を聞かせてもらおうか」


 「ふっ。流石は元冒険者、簡単には誤魔化されてくれねえか」


 当然である。どれだけ久しい間柄の人間が帰って来たとはいえ、アグラディア達同年代が尋ねてくるならまだしも、村長が訪れるなど何か頼み事があるとしか考えられない。


 「まずは無事に再会出来た事を喜ぼう、よく帰って来た」


 「ああ。俺は冒険者を辞めたからこれからはこの地でのんびり暮らすつもりだよ」


 マーレは照れ臭くなりそっけなく返し、今後の行動を口にする。


 「そうか、お前ほどの男が村に根を下ろしてくれるなら歓迎するぜ。早速本題だが、お前さんはどんな事ができるんだ?」


 「そうだな、戦う事全般に医療行為を少々ってとこかな?」


 デイモンとマリンは揃って口を開き、唖然としつつもデイモンは距離を詰め問いかけてくる。


 「医療行為ってのはどれ程のものだ? 切り傷とかを治すのか?」


 「うーん、折角だし体感して貰うか。『癒しの水(ホーリーウォーター)』」


 マーレが詠唱すると、空になっていたデイモンとマリンのコップに汲みたての水よりも綺麗な水が注がれた。マーレから飲んでみてくれと勧められ、二人は恐る恐る口に含む。


 「「美味い!!」」


 二人の感想は一致しており、今までの飲み水よりも遥かに喉越しが良く、身体の隅々まで洗浄されるかのようであった。だが、そこでマリンに変化が起きる。


 「うっ!」


 急に腹部を押さえ出し、突然の娘の変化にデイモンが狼狽える。


 「ど、どうしたマリン!? 一体何が!?」


 自分も同じものを飲んだのに、彼女のような体調に変化は起きていない。むしろすこぶる身体が軽いと言える。決して身体に悪いものではないと確信できるからこそ、デイモンは困惑を隠せない。


 「き、キタ―――――!!!」


 そう大声で叫び、マーレがよく知る場所へと駆け出していく。

 デイモンは何も言えず立ち尽くしていた。暫くして、顔がツヤツヤとしたマリンが戻って来た。

 その表情は、まるで歴戦の戦いを乗り越え無事に生還を果たした騎士のように晴れ晴れとしていた。


 「ごめんなさい、父さん。それと、マーレお願いがあるの。さっきのお水を樽単位で譲ってくれないかしら?」


 笑顔で心配をかけたデイモンに謝罪し、マーレへと向き直ると有無を言わさぬ表情で交渉を持ち掛けた。あれは正しく『癒しの水』だ。あんなものを飲んでしまってはもう、マーレを手放す訳にはいかない。それこそ自分の貞操を掛けてもいい。それぐらいの気迫が込められていた。


 「ふふ、どうやらマリンには効果抜群だったようだな。心配しなくても樽二つぐらいは挨拶がてら注ぎに回るつもりだから村人達に知らせてくれないか?」


 「本当に!? わかったわ!」


 バアンと玄関の扉が吹き飛びかねない勢いで家を飛び出していった。


 「マリンがあそこまで必死になるとは……」


 「女ってのは男よりも悩みの種が多いって事だ。マリンと同じような女を俺は王都で何人も見て来たよ。……やべっ、俺勢いで出てきちまったから後日()()()()が押しかけてくるかも」


 自分の迂闊さにマーレは顔を蒼褪める。自身が水を提供していた知り合いは幅広く存在しており、ファンになった者の中には扱いに困る者達も存在する。

 そういった存在から逃げ出したくて飛び出したという事もあるが、アフターケアを怠ったが故にそういった連中はいずれここを嗅ぎ付けてくる来るだろうと予感せざるを得なかった。


 深く考えても後の祭りだと割り切り、村長と今後の事を決める為話し合いが行われた。


♦♢♦♢


―一方その頃王都では


 ♦商人ギルド♦


 「なぁんですってぇ? もう一回言ってみな!!」


 建物全体が揺れたと錯覚するほどの大声がとある一室から響き渡る。

 そこには王都に店を構える商会の長たちが揃って頭を抱えていた。

 

 「落ち着けガーベラ。怒鳴っても事態は好転せんぞ」


 別の長から指摘を受け、文句を零しながらも席へと座る。


 「それで? マーレの旦那は何処に行っちまったんだい? あの人の水は王都の血液と言っても過言ではないぐらいに上位のお得意様に知られちまっている。今は蓄えがあるからいいが、供給が出来ないと知られたらここに居る連中の首が物理的に飛びかねないよ?」


 『癒しの水』そのものは水魔法の初歩魔法で体力が僅かに回復するという効果だが、何故かマーレが使うと喉越しがとてもよく美味であり、臓器の調子改善と浄化という付加価値があり、上位貴族の間では密かに『若返りの秘薬』などと言われ高価で売買されている。


 勿論、マーレの身の安全の為に彼の存在を表に出す事は商人ギルド内でも禁忌(タブー)とされており、『若返りの秘薬』の出所を知っているのは王族の一握りの人間と三大公爵家の当主とその妻のみである。


 「ともかく、冒険者ギルドのマスターに彼の行き先を聞き出し、彼に戻って来て貰うか商品を定期的に卸してもらうよう交渉するしかあるまい」


 「分かったよ、その役目はあたしがやる! 旦那に最初に目を付けたのはあたしなんだ、文句は言わせないよ!」


 ガーベラと呼ばれた女主人はそう言い切り、大会議室を後にする。


 (旦那、あたしを置いて何処に行っちまったんだい? 絶対に逃がさないんだから覚悟しておくんだね!)


 ♦王宮♦


 とある一室にて、ある女性達が頭を悩ませていた。


 「噂の裏付けは取れたのかしら?」


 「ええ、率直に申し上げまして事実であったようですわ」


 「正直、困りましたわ。あの方の()はいつも最高の品質でお茶にも会いますのに」


 彼女達の正体は、この国【ルミエール王国】の王族達である。


 王妃:ソレイユ・ルミエール

 第一王女:ソール・ルミエール

 第二王女:ソーン・ルミエール


 三人揃ってマーレの水の大ファンである。

 実は、子供達は元々病弱で医者からは長く生きられないのでは、と念を押されていた。

 事実、ソールとソーンは幼い頃はよく高熱を出し、その度に命の危険に晒されて来た。


 しかし、偶々その場に居合わせたマーレが『癒しの水』を振る舞い、それ以降二人が体調を崩す事はなく今日(こんにち)まで生きてこれており、マーレは命の恩人でもあった。

 マーレの水のおかげか、三人の女性は他の貴族女性から見ても嫉妬するのも烏滸がましいと言われる程肌が美しく、光輝く華と貴族会では評されている。


 「では、陛下になんとかあの方に戻って来て貰えるようにお願いして頂くか……」


 「ええ、かくなる上は私達のどちらかがあの方に嫁いででも関係を結びませんと、この国にとって計り知れない損失ですわ!」


 王妃が意見をまとめて姉であるソールが口を開くが


 「実はそちらが目的ではありませんよね、御姉様?」


 と、妹のソーンが突っ込みをいれソールはさっと視線を逸らすのであった。

読んで頂き、ありがとうございます。


人物紹介


【フロスト村】


デイモン:アグラディア、マリンの実父。密かにマリンの恋心を応援している。


【商人ギルド】


ガーベラ:マーレの魔法の特異性に気づいている数少ない一人、マーレの大ファン


【王宮】


王妃:ソレイユ・ルミエール、マーレの水の大ファン。娘の命の恩人だと理解している。


第一王女:ソール・ルミエール、マーレの水の大ファン。淡い恋心を抱いている。王族として、国益の為にマーレに身を捧げてもいいと考えている。


第二王女:ソーン・ルミエール、マーレの水の大ファン。姉の気持ちに気づきつつも自分も同じだと理解している。


『癒しの水』:水魔法の初級魔法であり、通常は体力が僅かに回復するだけで味も味気ない本当に只の水といった感じ。マーレが使うと最高品質の飲み水となり、様々な部分が回復し副次効果が起きる。貴族社会では『若返りの秘薬』と称され売買されている。

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