01 故郷
マーレは自身が扱う水魔法を駆使して故郷である【フロスト村】に辿り着く。
村の入り口にはマーレと同じ年齢ぐらいの中年が二人立っていた。
その二人もマーレ同様に彼の存在に気づき身構える。
「お前等、もしかしてアグラディアとギルノールか!? 俺だ、マーレだ」
二人の中年はぎょっと目を見開き、笑顔で声を荒げる。
「お前マーレかよ!? なんだなんだ、里帰りか?」
「久しぶりだな、元気だったかよ!」
約10年ぶりに再会した三人は雑談に華を咲かせていた。
「おっと、そうだ。村に帰って来たんなら親父さん達にも会ってやれよ」
「ああ、そうだな。ちょっくら荷物を実家に置いたら行って来るよ。まだあるよな?」
「当たり前だろ、いつお前が帰って来てもいいようにマリンの奴が時々掃除してるぜ」
マリンとはアグラディアの妹でマーレにとっても妹分であった。
「そうか、こんなおっさんの為に申し訳ねえな。もういい相手も見つかってんだろ?」
マーレがこの村に足を運んだのは10年前であり、二歳年下であるマリンは現在28歳の筈である。
10年前の時点で既に器量良しだった少女が今も独身だとは考えつかないのも無理はない。
「いいや、何処ぞの放浪癖がある男に惚れちまって今も独り身だよ」
アグラディアの返答に今度はマーレが目を大きく見開く。
「おいおい、何処の馬鹿だよその男は」
アグラディアとギルノールの二人は呆れた顔でマーレを見ている。
マーレは何故自分がそんな視線を向けられるのか検討もつかず、首を捻る。
何はともあれ会話を切り上げ、マーレは懐かしい故郷の村へと歩みを進めていく。
村では小さい子供が走り周り、小さい川では洗濯に精を出す主婦の姿が目に入る。
(そう、そうだよ。俺はこういうスローライフに憧れていたんだ。帰って来てよかった)
そんな感慨に思いを震わせつつも歩みは止まらず、一軒の民家の前で足を止める。
無造作に玄関の扉を開くと、自身が村を飛び出すまで家族で食事をとっていた食卓や子供の頃に遊んだ小物などが目に映り、一瞬かつての日常風景を幻視する。
勿論、実際にはそんなものは存在せず誰も住んでいない一軒家に古びた食卓やボロボロの小物があるだけである。
だが、これまで冒険者として命懸けの半生を歩んできたマーレにとっては、過去の思い出の品も荒んだ心を癒す魔法のアイテムであった。
荷物を下ろし、足元の邪魔にならないように端に寄せ建物の裏口から外へと抜ける。
そこには二つの大きい石が並んでいた。マーレの両親の墓である。
「親父、母さん、10年ぶりに帰って来たぜ」
両手を合わせ黙祷し、心の中でこれまでの半生を報告する。
暫くして顔を上げたマーレの顔は何処かスッキリした表情を浮かべていた。
「よーし、これからはここが俺の拠点だ! スローライフを堪能するぞお!」
マーレはやる気に満ちていた。しかし、これまでSクラス冒険者として激動の人生を歩んできたマーレには何から手を付けたらいいのかわからない。
さて、どうしようと一人で悩んでいると玄関の扉がひとりでに開かれ、その先には一人の女性が立っていた。
「……ん? どちら様で?」
パっとみた女性は20代前半の魅力的な女性で、ギルドの受付嬢としてもやっていけそうな器量の持ち主であった。
唖然とした女性は手に持っていた荷物を地面に落し、顔を確認しつつじりじりとマーレと距離を縮め、遂にはマーレへと飛びかかって来た。
余りにも咄嗟の事だった為、マーレはその女性を抱きとめる。
「間違いない、マーレ帰ってきたのね! 兄さんが言ったのは本当の事だったんだ!」
「兄さんって……もしかしてお前、マリンか!?」
「ええ、そうよ。10年ぶりね」
今度こそマーレは驚きを隠せなかった。何故なら近距離でみた幼馴染のマリンは高級娼館に居てもおかしくない魅惑に満ちた女性に成長していたからだ。
感動の再開を果たした二人はお互いに食卓の席につき、近況を話し合っていた。
「いやあ、綺麗になったなマリン。アグラディアとギルノールに聞いたが放浪癖がある男に惚れてるんだって? お前ほど魅力的な女を放置する奴なんざ忘れてさっさと村の男を捕まえて所帯を持った方がいいぜ」
「それはそうなんだけどね、その馬鹿はやっと安住の地に足をつけたみたいだから今度こそ捕まえてやるの。覚悟しておくといいわ」
マーレは尤もなアドバイスをするが、マリンは問題の男を諦めるつもりがないらしく、自身の野望に燃えており肉食獣のような眼光でマーレを見ていた。
その様子を見ていたマーレは、あれ? こんな眼をしていた女が身近に複数人いたなと思いだしたが、気のせいだろうと思考を打ち切る。
後に、彼女の眼光の矛先が自身に向いていた事に気づき後悔する事になる。
♦♢♦♢
――『王都プロミネンス』冒険者ギルド
マーレが冒険者を引退した時には大騒動になったが、一週間も経てば少しずつほとぼりは冷め、今では見かけは通常営業に戻っていた。
だが、一部の受付嬢は密かにマーレに好意を抱いていたり頼ったりしていた部分があり、普段しなかったミスをしたりしていた。
マーレを最後に見送った受付嬢『エミリー』もその一人である。
「はあ、ギルマスにまで迷惑かけて何してんだろ、わたし」
「まあ、仕方がねえだろ。俺だってあいつがSクラスの地位を捨てるなんて予想も出来なかったんだ。暫くは俺がケツを拭いてやるからそう落ち込むな」
現在二人はマスターの書斎にて、誤字脱字の修正や書類整理を行っていた。
エミリーが愚痴を零すのも仕方がなく、この日はマスターから何か所も誤字修正を受けていた。
マスター自身もマーレの存在がこれ程までに受付嬢に影響を与えていたとは考えておらず、暫くは自分が踏ん張るしかないと気合を入れなおしていた。
そんな中、一枚の依頼受諾書がマスターの目に止まる。
そこにはマーレの相棒と豪語する女性が依頼を受け、内容通りであれば近々帰還する事になる筈である事が記されていた。
ギルマスはどっ! と冷や汗をかく。
(まずい、あいつがマーレの引退を知れば間違いなく奴を追う!)
急に表情を変えたギルマスの様子にエミリーが訝し気に見ていると、書斎の扉をノックされる。
「はーい」
ノックの音に反応し、エミリーが入り口の扉を開くとそこには身長がエミリーとそう変わらないが、絹の様にきめ細かい銀髪をショートに切り揃えた思わず息を飲むエルフの美少女が立っていた。
「失礼するわね。ギルマス? 私の言いたい事は分かっていますね?」
そう尋ねられたマスターの顔は蒼褪め、ブルブルと震えていた。
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人物紹介
アグラディア:マーレの幼馴染
ギルノール:マーレの幼馴染
マリル:アグラディアの妹。マーレの幼馴染
【フロスト村】:マーレの故郷の村