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わたしと薬と水色の魔法  作者: 結城コウ
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チアキ編 4-2

翌日の朝――

休みとは言いかえれば、自由時間でもある。

勿論休息としての意味合いもあるが、リフレッシュという考えでは間違ってはいないだろう。

そうなると、困るのは何もする事がないという事だ。

いや、ないと言うよりわからないと言った方が正しい。

わたしはまだこの世界の事をよく知らないのだし、ライムもミントもこの辺りの事なんてよくわかっていないのだ。

ならば、せめて他の人がどう過ごすのか聞いてみる事にした。


「休みの過ごしかた、ですか?」

アイリスさんは、自室で机に座っていた。

アイリスさんも、また休日を言い渡されていた。

普段あまり、目にしないラフな服装に赤い縁の眼鏡をかけていた。

ちなみにその影響か、今日の朝食は作り置きの惣菜と保存食らしい干し肉だった。

「ご覧の通り、本ばかり読んでますね」

机には一冊の本。

ふと書棚を見ると本がびっしりと埋まっているばかりか、そこに収まりきらなかった本が何重にも積まれていた。

「他に趣味らしい趣味もありませんので」

「そ、そうですか……」

「まぁ、使用人とはそういうものですよ。休日とは言え、主人や家に何かあった時の為になるべく離れないように努めております」

「それって、大変じゃないんですか?」

(ある)いは、そうかも知れませんね」

「或いは?」

「もうとっくに慣れました。話しませんでしたか?前の主人、前当主ローモンド様の頃から、この身はブルー家に仕えていたのですよ」

「それって子供の頃から……?」

「そうなります」

それは果たしてどうなのだろう?

どんな経緯があってかは知らないが、そんな子供が使用人となるなんて。

「スカイ様もシアン様もローモンド様もよくして下さいました。それだけで充分なのですよ」

「え……」

心を見透かされた……?

「本を読む習慣もスカイ様、シアン様がメイドの身に負担をかけない娯楽を考えていただいた結果なのですよ」

そう言って微笑む顔が余りにも幸せそうで――

「嬉しそう、ですね」

――思わず、そう呟いてしまった。

アイリスさんは一瞬、目を丸くして――頷いた。

「メイドの身でそう思うのはおこがましいとは分かってはいますが――御二人には、親友や兄弟姉妹に向けるような――それに似た情愛を抱いているんですよ」

そういうアイリスさんの顔は何かを隠しているように見えた。

「……と、話が反れましたね」

「あ……」

わたし達は休日の過ごし方を話していたのだ。

こんな踏み込んだ話をしたい訳ではなかった。

「勧められるのは読書だけですが……」

わたしは此方の字は読めない。

「字を教える事が出来ればよかったんですけど」

薬が無ければ、こうやって会話を交わすのも難しい。

何よりネックなのが魔法で意思疎通は出来ても言語が同一という訳ではないという事だ。

彼の説明によるとわたしはわたしで日本語によって会話が出来ているように認識し、此方の世界の人は此方の言語で会話が成立しているように思えている。

その実はわたしの方は日本語で話し、相手は此方の言語で話しているが、魔法による作用でわたしの言霊に魔法が掛かり、万能の言語へと変換され、相手の言語が此方に届いた時にそれもまたわたしの内で万能の言語へと変換されるという仕組み……らしい。

表面上は同じ言語に感じているが、互いに認識に齟齬が生まれる。

だから、それこそ文字を知ろうとすれば、認識の違いからおかしくなる。

例えば、日本語だけを用いて英語を習うようなものだという事だ。

「この家でその手の事に精通しているのはスカイ様でしょう。私もシアン様もブルー家の中にばかりいましたから」

「そうですか……わかりました。スカイさんに話してみます」

「…………」

アイリスさんからの返答はなく、言葉に詰っているようだった。

「アイリスさん?」

「そうですね……そうするしかないんですから」

アイリスさんは読みかけていた本を閉じて、机に肘をついて手を組んだ。

「アイリス、さん?」

「……ブルー家に、スカイ様に仕える者としては――」

「え……」

「いえ……すみません。忘れて下さい」


「つまりは、娯楽が必要という事だね」

彼は半身で此方を見ながら、何かの薬を調合しているようだった。

「ま、まぁ、有り体に言えば、そうなります」

「確かに、僕自身失念していた所もある。息抜きが出来ない人生は辛い」

「……」

その言葉に重みを感じたのは気のせいではないはずだ。

「……そうだなぁ。ボードゲームやカードゲームの類いはどうかな?好きかい?」

トランプやチェス、将棋の事を想像する。

「嫌いではない、です」

特に好きという訳でもなかったけど。

「……君の立場と安全、此方の都合。そう言った事を考えた場合、余りアクティブな趣味はお勧め出来ない。君に自衛の術があるなら別だけど」

「あ……」

この世界に来てすぐに猛獣に襲われた事を思い出した。

「そうなると、必然とインドアに走る事になる。かと言って、本は無理だ。となれば必然と選択肢は狭められる事になる」

「そ、そうですね……」

「まぁ、今からでも一度見て回ろうか、選択肢が少ないと言っても確かにそれだけという訳じゃない。その手の玩具(がんぐ)を取りそろえた雑貨屋は知ってるよ」

「今から……大丈夫なんですか、都合は」

「僕は大丈夫だ。元より今出来る事はその時にやらないと気が済まない性質でね」

君の方こそ大丈夫か、と聞かれたが考えるまでもなく首を縦に振った。

何もやる事がなくて困っていたのに、都合が悪いなんて事はない。

「なら、ライムとミントも連れていこう。彼女達にも娯楽と――服も必要だったな」

「あ……」

そう言えば、あの二人はお下がりの衣類を着回していた事に気付いた。

「やれやれ、とことんまで気の回らない当主だな、僕は」

「い、いえ……彼女達の主人はわたしなんだから、わたしが駄目だったんです」

彼は一瞬、真顔になって此方を見たかと思うと――

「それもそうか」

――なんて、意地悪く笑って見せた。

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