スカーレット編 1
「……営業許可の発行ですか?」
聞き返した声に不満の声が混じってしまった。
「剣を振るうだけが聖騎士の仕事ではないよ、スカーレット騎士長」
そう言ったのはワタシの上司である、インゴット第1聖騎士団長だった。
「ですが、ワタシは……」
「キミの聖職位は飾りかな?」
ワタシはインゴット騎士団長が苦手だった。
年下の上司というのもあったが、命令に従わない者への威圧のかけ方は尋常ではない。
最も、聖騎士団において、命令は絶対ではあったが。
「い、いえ……慎んで受けさせていただきます。ですが、確かにワタシは聖職位を修得しましたが、この手の許可申請の類いは……」
「だから、見て覚えよ、という事さ」
「は、はぁ……」
「キミはとりあえず立ち会うだけでいい。勿論、覚える事は重要だが、相手に睨みを聞かせておけばいいんだ、今回はね」
「睨み、ですか……」
「相手は魔導士だ。流石に教会で暴挙に出ようなんて事はないと思うが、ただの聖職者では無理を通される事もあるだろう」
「目には目を、という事ですか」
「……まぁ、そうならないのが一番さ。たまには戦場じゃなく、教会で勉強してくるといい」
「了解です」
ワタシは頭を下げて、団長室を出ていった。
「フン……箱入りは所詮箱入り、か」
一応、来る前に一通り、相手の情報に目を通しておいた。
名はスカイ=ブルー、それなりの魔導の家らしく、新しく店を開くとか。
一通り、手元にある資料に目を通したところで、相手が若い事を除けば特に変わった案件ではないだろうと思っていた。
――――その時は。
魔導士は昼頃にやってきた。
ワタシは呼ばれて、面談室に向かった。
同席するのは如何にもベテランといった風の中年男性の聖職者で、恐らくは戦場に出ていれば関わりあいになる事はなかっただろう。
「スカーレット騎士長、まもなくブルー氏が来ると思われます」
「ああ……先に待っておくものなのだな」
聖騎士と一般の聖職者では聖騎士の方が立場は上だ。
加えて、ワタシは騎士長の為二段上の立場になる。
「……作法になります」
「そうか、この手の事には疎くてな」
「存じております。手続きの関係は自分が執り行いますので」
「ああ、任せた」
「……万が一の時はお願いします。騎士長」
そう言う担当の聖職者の目には侮蔑の色が混じっていた。
この手の輩は自分の職務に誇りを持っている分、他の仕事を見下している。
それは、同じ聖職であるはずの聖騎士に対しても同じようだ。
「……わからない事をわからないと言って何が悪い?」
「い、いえ」
「若輩者の騎士長は嫌いか?」
「そのような事は……」
普段自分よりさらに若輩の上司に威圧されている分、思わず口に出てしまった。
これでは悪循環だと思ったが、このような俗物に舐めた態度をとられてはそうもなると心の中で自己弁護した。
と、そこでノックの後に扉が開いた。
案内役に導かれて、スカイ=ブルーとその連れが入ってきた。
「初めまして、スカイ=ブルー殿。承認機関の担当責任者を務めさせていただく、フィリップ=レネットです」
「……第一聖騎士団所属、ヒイロ=スカーレット騎士長だ」
「ブルー家当主、スカイ=ブルー。……失礼だが、何故聖騎士殿が此処に?」
「騎士と言えど、聖の名を冠する以上、聖職位の資格は持っている」
とはいえ、こういったお役所仕事は初めてだが。
「営業許可の申請は教会勤務三年以上の聖職者二名で執り行うのでは?騎士長とは言え、そちらのお若い聖騎士殿では実働でも三年あるとは思えないが?」
「!」
流石に店を立ち上げるというだけあって、聖騎士の自分より内情に詳しいと思った。
「あくまで原則であり、規則ではありません。心配なさらずとも我々のみで執り行えます」
裏を返せば自分だけでも出来るともとれる。
しかし、ここで口を挟むほど場を弁えない訳ではない。
「…………か」
小さな呟きだった。
担当責任者には聞き取れなかったみたいだったが、ワタシは聞きとれた。
“牽制のつもりか”と。
「どうぞ、お掛けになってください」
「……ああ」
そう返事はしたものの、魔導士は座らずに、自身の前ではなくその隣の椅子を引くと、連れの方を向いた。
若い魔導士の連れはやはり若く、正装で着飾ってはいるがまだ少女らしき夫人、それと同じ年頃らしき学生の弟子、歳は一番上に見えるがそれでも魔導士の一つ二つ上程度にしか見えない使用人。誰か同席させようというところだが、誰を同席させるのか見当がつかない。
「私が」
そう言い、一歩踏み出したのは夫人だった。
「私、ブルー家現当主・スカイ=ブルーの妻にして、前当主・ローモンド=ブルーの娘、シアン=ブルーです。宜しくお願いします」
礼儀正しく礼をした少女。
だが、前当主の娘で現当主の妻というのは引っかかった。
「スカイ=ブルー殿は婿養子でしたか」
そう言った担当責任者の声には白々しさが混じっていた。
「……」
「そのような事は関係ないのでは?どんな経緯であっても、夫は正式なブルー家の当主です。それは、亡き父ローモンドもその娘の私も全面的に認めている事実です」
「ですが、正式なご血族ではないのでしょう?」
思わず眉を顰めた。
自分は相手の無理を押しとどめる為ではない、この男の挑発の盾になる為に此処に呼ばれたのだ。ワタシはその事に気づいてしまった。
だが、問題は騎士団長がどこまで知ってワタシにこの役目を任せたか、だ。
「何を知った風に……!」
掴みかからんとばかりに熱くなる夫人を魔導士が手で諌めた。
「……自分がどのように思われていようと関係はない、とは立場上言えない。だが、彼女の言うように自分が当主に指名されたのは亡き父……前当主の遺志によるものだ。それを否定するというのは前当主の顔に、そしてブルー家に泥を塗るというのはお分かりか?」
「いえいえ、失礼を致しました。ですが、厳格な審査とは深いところの内情まで探らねばならないものですので」
「なら、これで理解いただけたか?それとも、まだ何か?」
「……!」
上手い返しだと思った。これでは同じ場所を攻めづらくなる。
時間を置いて同じ話を蒸し返すのを阻止したのだ。
「では、遺言状などはお持ちでしょうか?」
「……勿論。ブルー家の印が押されている正式なものです」
魔導士は控えていたメイドを呼んで、遺言状を出させた。
それを受け取り、我々の前に突き出した。
「どれ――」
確認しようという風に前に乗り出す担当責任者。
――瞬間、ワタシは気付いた。
担当責任者の手の内にある物を。
「――」
この男の暴挙であるなら、止めなければならない。
だが、仮にもし、これも前もって決まっていた事なら――?
ワタシは判断に迷ったまま、担当責任者に行動を許してしまう――
「させません」
瞬間、メイドが担当責任者の手首を掴んだ。
「なにを!?スカーレット騎士長、この女を今すぐ――あぐっ!!」
メイドが担当責任者の手首を捻りあげ、男の手の中にあった物を白日の元に曝した。
「発火性の粘液……こんな希少なモノがよく手に入ったな。流石は聖職位か」
魔導士が遺言状を夫人に預け、粘液を一摘み取ると、指を鳴らす要領で擦り合わせた。
すると、魔導士の掌の上で火の玉が躍った。
「大方、これで遺言状を燃やした上で、此方のトラップだと擦り付けようとしたんだろ?その後は圧力をかけて揉み消しか?魔導士一人、薬店一店に随分な事だな」
「な……にを……勝手な!其方が仕掛けたのだろう!」
「……聖騎士殿」
「!……何か?」
「聖騎士殿はグルではないでしょう?この男の暴挙に気付き、その上で驚いていた」
「……」
「聖騎士殿に正しい証言をしてもらいたい。その上で新しい担当責任者を呼んで――この茶番は終わりにしましょう」
「……」
「聖騎士なら、聖騎士に誇りを持っているのなら、正しい行動をするものでしょう?」
「……無論だ」
魔導士の言う通りだ。
ワタシは聖騎士である。
聖騎士である以上、聖職を持つ者と言えど横暴を許す訳にはいかない。
「フィリップ=レネット、貴様が処断されるべきだ」
「なっ!?騎士長!?そんな!?」
ワタシはメイドに変わり、担当責任者を抑えつけた。
「ま、待て!話が違うじゃないか!」
「黙れ!教会の品位まで堕とすつもりか!」
「なっ!?裏切ったな聖騎士ぃぃぃいいいいいいっ!!」
「黙れと言っている!」
やむを得ず、担当責任者の延髄に鎧の重さを乗せた手刀を叩き落とした。
担当責任者を然るべき手順に則って連行した後、新しい担当責任者とで手続きを終わらせた。
元の担当責任者は暫くの拘留の後に正式な裁きが下る。
恐らくはその時には聖職者の前にも元が付くだろう。
それでいい。自分の判断は間違っていないと思っていた。
その時は――
「やぁ、随分大変だったみたいだね」
「騎士団長」
営業許可の発行も終わり、慣れない事務仕事をこなしていたところでインゴット騎士団長が何処からか帰ってきた。
「余りない事だったんだけどね」
「そうですね」
「……さて、スカーレット騎士長。事務仕事にも慣れろとは言ったがそうもいかなくなった」
「何かあったんですか?」
「うん」
騎士団長はワタシの肩を抱き寄せると小声で話し出した。
「ひゃっ……」
「詳しい事は話せないけど南の方で問題が発生してね」
「で、では其方のほうに?」
「正式な辞令は近々降りると思う、ただ極秘任務になりそうでね」
「!!それは確かに大変ですね」
「だから、少数精鋭でいこうと思う。隊長はキミに任せる事になるだろう」
「騎士団長は赴かないのですか?」
「極秘と言ったろ?ボクくらいの階級だと逆に出れないんだよ」
「な、成る程……」
「当然、情報の漏洩は避けたい、キミが信頼をおけると思う騎士を今からでも選定しておいてくれ」
「今から、ですか?」
「うん、書類のほうはボクがやっておくから」
「わかりました」
「頼んだよ」
ワタシは頭を下げて、その場を離れた。
内心、ほっとしていた。
例え、難度の高い任務であっても、合わない事務仕事を続けるよりはマシだと感じていた。
「――箱入りと言ったが、あれは本格的に脳筋だね。皮肉も、任務の意図も気付かないか」
インゴット騎士団長は窓際に飾ってあったボードゲームの駒を取った。
「――まぁ、駒としては優秀だったか。だけど――」
駒の一部が欠けているのを騎士団長は見つけると薄く笑い――それをゴミ箱に投げ捨てた。




