チアキ編 7
店の外で称くんは佇んでいた。
「……アイツのところにいなくていいのか?」
「それはわたしの役目じゃないよ。それに、わたしの元々の目的は称くんだったから」
称くんは短く「そうか」と呟くと街の方を向いた。
風が吹き抜けた。
「ずっと……ずっと、探してたんだよ?」
「それは悪い事をした。俺の部屋の本……日記を見たんだな?」
「う、うん……」
「アレは……彼方の世界には魔力がない。だから、此方に来る為の転送装置だ。俺が使った時点で魔力切れになったと思ってたが、まだ魔力が残っていたか」
「称くんは、こっちの世界の人だったの?」
「……そうだと言えばそうだし、違うと言えば違う」
「どういう事?」
「元は彼方の世界の人間だった。生まれは、な」
「こっちで育ったって事?でも、わたし達子供の頃から一緒だったよね」
「……生まれすぐの赤ん坊の俺は、捨てられてたんだ」
「え!?」
「捨てられてた。そういう表現しかない。所謂、赤ちゃんポストとかそういうのじゃなくて、山奥の道端に捨てられたんだ」
「……」
「どうしてそうなったのかは分からない。まぁ、望まれた子供じゃなかったんだろう」
「じ、じゃあ、どうやって、称くんはそこから……」
「拾ってくれたのさ。育ての親であるブラックロー家の親父とお袋に」
「ブラックロー家?……黒薙って、もしかして」
「順を追って説明しようか。ブラックロー家は元々転送魔法を研究していた。そしてその中で親父達の代で異世界転送に成功したんだ」
「じゃあ、その時に?」
「ああ、赤ん坊の俺はその時拾われた。本当に偶然だったんだ。転送先には異世界人に見つからないように人気のない場所を選んだ。その付近に俺は捨てられていたんだ」
「……それで、その後はどうなったの?」
「親父達は泣いてる赤ん坊を見て、すぐに保護したらしい。だが、それからの事は迷ったそうだ。辺りを見渡しても人はいない以上、捨て子というのはわかった。だが、異世界人という自分達の身の上を顧みると安易な行動は取れない。来たばかりで彼方の世界の常識の事も分からなかったからな」
「じゃあ、そのまま連れて帰ったの?」
「ああ、そのまま見捨てる訳にはいかなかったそうだからな、俺は生まれたばかりで異世界の夫婦の養子になった」
「称くんが元々はわたしと同じ世界で生まれたのはわかったけど……どうして、元の世界で暮らしていたの?」
「親父達は異世界転送の魔法を発表する前に転送に成功した世界の詳細を取っておけば信頼性が高まると思ったらしい。まぁ、異世界自体に興味を持ったってのもあるだろうが」
「あ、あー……」
確かに、実際に異世界に行けるとなれば興味も出るだろうし、彼を見ていた限り魔導士は研究者気質だから、余程だろう。
「だから、何度か異世界転送を繰り返し、彼方の世界の常識を学び、金を作り、戸籍も習得して、生活基盤を作った」
「こ、戸籍を!?」
「案外、金を積めば簡単だったらしい」
「……」
余り知りたくない情報だった。
「生活基盤が固まったところで、家の事は親戚筋と使用人に任せて、異世界に移り住んだ。その時、元は彼方の子供である俺も一緒に着いていった訳だ」
「そう、だったんだ……」
「親父達は定期的に此方の方へ戻ってはいたが、俺にはさせなかった。元の世界で生きる事も選択肢にしたかったようだ。ただ、俺は親父達に教えられ、転送魔法を習得していたからな。魔法が使える此方の世界の方が正直好きではあった」
「……」
なんだろう?魔法に負けた気がする……
「そんな中、親父が殺された。厳密には此方の世界に居たブラックロー家の人間が、だが」
「っ!」
「お袋と俺はその時彼方の世界にいたから難を逃れたが……千明も知ってるだろう?親父が死んでからお袋も体調を崩し……お袋も死んだ事も」
「……うん」
その事自体は知っている。ただ、称くんのお父さんが殺されたというのは初耳だった。
「俺はあれがあってから……親父を殺し、お袋を追い込んで間接的に殺した相手を殺す為に生きてきた」
「!?…………復讐、って事?」
「言葉にすればチープになるが……そういう事だ」
「それが、称くんがいなくなった理由?」
「ああ、そうだ」
「それが……それがなんでスカイさんを殺す事に繋がるの!?」
「……俺は暗殺者になった。仇を殺す為に」
「それは……わかるよ。見たもの」
「スカイ=ブルーの殺害は仕事だ」
「っ……!仕事だから……復讐に関係ない人まで殺すの?」
「ああ」
「そんな!わたし……称くんの復讐まで止める権利はないと分かってる……でも、関係ない人を……特によくしてくれたこの店の人達を殺そうとするのは許せない」
「……俺はまだ殺してないぞ」
「まだ、殺そうって気持ちがあるんでしょう!?」
「さて、な……だが、俺としてはこのまま治療が失敗に終わって、スカイ=ブルーが死んでくれたほうが都合いい」
「そんな事を……!な、なら、治療が成功したら!?」
「そうだな、その時はぬか喜びさせて悪いが……殺させてもらおうか」
「そんな事させないよ!」
「別に千明に許してもらおうなんて思わない」
「う……!」
称くんはどこかから本を取り出すとわたしに投げてよこした。
「不本意な形とは言え、巻き込んでしまった以上、元の世界に帰す義務がある。だが、俺の仕事は仕事だ。納得いかない仕事だから、拒絶出来るなんて思える程、子供じゃないだろ?」
「そ、それは、称くんの立場の話でしょ。わたしの立場なら、称くんの都合がどうであれ拒絶しなきゃ道理も義も何もないじゃない!」
「そうか、なら、納得もしなくていい」
「称くん!」
「さっき渡したのは異世界転送の方法だ。今は時期が悪いが……条件が揃えば帰れる。千明は元の世界に帰れ」
「だ、駄目なんだ!帰るなら、称くんも一緒に!」
「俺には俺の都合があるって言ってるだろう?それに千明は俺を許容しないんだろ?」
「だ、だから、称くんも此処で一緒に……!」
「……何を言ってるんだ。支離滅裂だぞ、さっきから」
何か言いたい事があるのに、上手く言葉に出来ない。
自分の不甲斐なさに涙が出そうになった。
「そ、そうすれば、きっと解決するんだ!だから!」
「どんな道理だ、そんな訳あるかよ」
「いや、あるとしたらどうする?」
振り返ると彼がシアンさんとアイリスさんに支えられて立っていた。
ライムやミントにフィーナさんも傍に着いていた。
「スカイ=ブルー……わざわざ、殺されに出てきたのか?」
「それは構わないが、その前に話くらい聞いてみないか?」
「なっ?」
彼が余りにも飄々と言ってのけたから称くんは口を半開きにした。
「……何を話す事があるって言うんだよ」
「チアキの事さ」
「……千明、だと?」
「ああ、やっとわかったんだ。彼女の行動の意味が」
「どういう事だ?」
「思い返してみれば、チアキの行動には、道理が合わない事があった。だが、結果としてそれは重大な意味を持っていた」
「なんだそれは?」
「今日の事だ。彼女が用意したピースがなければ、僕はここにいない」
「!……最後に千明が突っ込んできた事か」
「ああ、だけど、それには事前準備が必要だった」
「事前準備?」
「一つは千明をアシストしてくれる人間。それが、ライムとミントだった」
「ライムとミント……確かそこのエルフの娘だったか」
「彼女達が気配遮断を使わなければ……ショウだったか?ショウはあの閃光弾を喰らう事はなかった」
「……ああ」
「そして、タイミングとしてはギリギリ、あの閃光弾が僅かに遅ければ僕の首か胴体は飛んでいた」
「……あ、ああ」
自分の死の仮定を余りにもあっさりという彼に称くんは戸惑いを見せた。
「そして、あの閃光弾自体も千明とライム、ミントが居なければ、この店にはなかった」
「そう……なのか?」
称くんの問いかけにわたしは頷いた。
「そして、チアキの決断。あの時、チアキは相手がショウだと認識していない。本来なら確実に返り討ちにあい、死ぬだけの無謀な決断。だが、それを決行し、結果として恐らくは最良のものを勝ち取った」
「……」
称くんは口元に手を当て考えこんだ。
「ショウ、これがどういう事なのかわかるか?」
「……いや」
「ショウが来る前、僕はチアキとラインを繋いでチアキの記憶を見せてもらった」
「?……ああ」
「そして、思えばその時に答えが出ていたんだ。」
「なんだ、それは?」
「チアキやショウがいた世界には魔力がないんだったね」
「そうだが……」
「だが、魔力がない世界と言っても、適正がない訳じゃない、実際にショウは魔法を使っていた」
「……ああ」
「それと同じ事だった。……ところで僕の妻シアンは不治の病を患わっている『来視病』という病だ。これは、魔法行使の度に未来を見てしまうという病だ。本来、知る筈のない事を知ってしまう事で、矛盾を解消する為に因果が寿命を縮めてしまうという恐ろしい病だ」
「それがなんの……待て、未来を見る?」
「そうだ、チアキも同じ病を患わっていた。だが、魔力のない世界では発現する事はなかったんだ」
「え!?」
わたしがシアンさんと同じ病気……思わず、シアンさんを見ると微妙な顔で微笑まれた。
「だが、チアキの場合魔力のない環境。魔法行使のない環境で育った関係で『来視病』は完全に身体に馴染み、共存していたんだ。故に詳しい検査をしてみなければ断言はできないが命の危険はほぼないと言っていいだろう。そうなるとどうなると思う?」
「『来視病』は単なる未来視になる……だが、チアキは魔法が使えないはずだ」
「それを補っていたのは、僕の薬だ」
「あの翻訳の……!?」
「そうか、魔導士の薬には調合の際に、魔力を込めるんだったな。だが、そんな微量な魔力で?」
「確かに微量だった。だが、結果としてライムとミントを救った」
「……」
思えば、そうしなければいけないという強迫観念じみた考えだった。
「そして、今日、僕とのライン接続により、魔力を大量に喰らった事で完全にチアキは未来視に目覚めたんだ。それが、未来視とは自覚はなかったみたいだけど」
「なら、今の千明は……」
「未来を視れる以上、ベストな選択が出来ている。多少不可解で支離滅裂であっても、チアキの選択は間違いではないはずだ」
「俺が……アンタらのお仲間になるのがか?」
「今のチアキが言うのなら、そうだろう」
「それでいいのかよ、アンタは」
「構わないさ」
「……歪んでるな、アンタ」
称くんは余り納得していない様子だったが、ひとまず話し合いの席に着いた。
最も、わたしと彼以外の人達も納得はいっていないようだったけど。
「……俺に何を求めるんだよ?」
「まずは、話してくれるか、ショウの目的を」
「言っただろう。仇討ち、復讐だと」
「ああ、別に僕もそれを止める気はない。ただ、僕が言っているのは今日の目的の事だ」
「それも言っただろう?アンタを殺す事だったって」
「そうだね。だが、僕が言ってるのはその先の事なんだ」
「「「え!?」」」
スカイさんの言葉に何人かが驚愕の声を挙げた。
「そうか、やはり気付いていたか」
「本来なら、暗殺は誰にも気づかれずに遂行するものだ。だが、ショウの行動を顧みると不可解な行動が多い。結界があるとはいえ、余りにも目立ち過ぎる侵入。基本的に受け身な戦闘。僕以外の人間には僕への挑発以上の殺しはしないようにしていた」
「ああ、そうだ。今日に限っては任務の完全遂行ではなく、スカイ=ブルーだけを殺し、他の人間は生かす事で騒ぎにしようとしたんだ」
「では、どうしてそんな方法を?」
「魔導士への弾圧で今世論は教会の政治に疑問を抱いている。そこであえて目撃者を出す事で教会主導の魔導士暗殺があった事を明るみに出そうと思った」
「そうか、ではショウの目的は教会の方にあったんだな」
「虎穴に入らずんば虎児を得ずだ。魔導士の親父を殺した仇は教会側の人間だと踏んでいた」
「もしや、ショウさんは教会自体を潰そうと?」
「いや、たった一人でそこまで出来るとは思ってはいない。教会に混乱を起こし、聖騎士共を慌てさすのが目的だった」
「聖騎士って……仇は聖騎士に居ると?」
「ああ、そもそも魔導士の家っていうのはどこもここみたいな結界を持った大きな屋敷が多い、加えてその血筋の魔導士が複数いるパターンが多い。聖騎士が軍団で押し寄せなきゃ中々潰せないんだ」
「その割に今日は一人なんですね」
「なに、奴らも捨て駒にするつもりだったんだよ、俺を」
「え!?」
「成功するなら成功するでよし、失敗したなら、過激派がいたって事で色んな罪を死んだ俺に被せようって魂胆だ」
「そ、そんな……」
「その話はいいだろう。話を戻すと仇の目星は着いている。だが、中々の偉いさんなんで、他の聖騎士連中を手薄にする必要があったって事だ」
「目星、ですか。その名を聞いてもよろしいですか?」
「教会専任大臣ゴールドラッシュ=バーンサイドの息子、シルヴァ=インゴットだ」
「い、インゴット騎士団長!?」
「そうか、アンタはあの男の下に着いていたんだったな」
「インゴット騎士団長が、まさか……」
「嘘じゃない、あの男は騎士長に昇格してすぐ魔導士の家を滅ぼして回っている」
「それって……」
彼が何かに気付いたようだった。
「どうした?」
「あ、いや……自分の事だ、気にしなくていい」
「そうか?」
「成る程、大体わかった。それで、僕らの仲間になるという事は教会側には戻らないって事なんだよね?」
「……まだ、仲間になると決めた訳じゃない」
「ショウはシルヴァ=インゴットだけを倒そうとしているが、それは無茶だ。その意思はなくとも教会・聖騎士全体と戦わなければならない。現にショウの目的には教会を巻き込んでいた」
「……だから、なんだっていうんだ」
「簡単な事さ。僕ら魔導士にとっても教会は戦わなければならない相手になった。協力関係を結ぶのは悪くないだろう?」
「はぁ……わかったよ、余程のお人よしだな、アンタ」
「よく言われるよ」
それから数日が経った。
新聞の一面はスカイさんの暗殺未遂事件について連日賑わっている。
教会側が過激派の単独犯行だと声明を出しているが、称くんの死体が出てこなかった事でその過激派を提示出来ないでいる。
それで、お店の方はというと、相変わらず繁盛している。
一度止まった波も暗殺未遂があって、さらに買いだめようという人が大量に押し掛けたからだ。
ライムとミントは今日もお店で働いている。
スカイさんは元手の当てが出来たから、もういいよと言っているが他に行く宛(エルフの村はもう場所を移動しているだろうから合流は出来そうにないらしい)がないし、居心地も悪くないので此処で暮らしていく事を考えているそうだ。
ちなみに、この前スカイさんに頼みこんでお婆さんの墓参りに行く事になったそうだ。
フィーナさんも用心棒としてお店に居る。
ただ、称くんにあっさり負けた事が相当悔しかったらしく、お店が終われば最近は鍛錬に打ち込んでいるみたいだ。
アイリスさんは、今までと変わらず、家事にお店にシアンさんの付き添いに、と大忙しだ。
ただ、最近何かに吹っ切れたらしく、明るく笑う事が多くなった。
シアンさんはわたしという実例を元に緩和薬が出来た事で多少の魔法を行使しても問題ないくらいに回復した。
と言っても完治ではないので生活リズムは変わっていない。
ただ、この前スカイさんと二人っきりでべたべた甘えていたのを見てしまった。
称くんは偽名を名乗り、お店で用心棒兼スカイさんの補助をやっている。
元は魔導士の家系だったからか、今ではスカイさんの次にお店に貢献してるんじゃないかと思っている。
彼……スカイさんは『来視病』の緩和薬を作った後、特効薬の制作にいそしんでいる。
ちなみに、称くんが転送魔法に着いて資料を渡してくれたおかげで、わたしやライム、ミントの契約は満了にして貰えた。
ただ、称くんによって発表自体はストップしているそうだ。
わたしはと言うと、元の世界にはまだ帰らずにいる。
帰るなら、称くんとだと思っているし、それ以前に今異世界転送は危険らしいので行えない。
なので、わたしもお店で働いている。
以上が、わたしが異世界に来て、称くんを見つけるまでの話だ。
これからの事はどうなるかわからない。
ただ、出来る事なら、わたしは称くんや皆の行く末を見ていたいと思っている。
急に異世界から来たわたしをよくしてくれて、皆、いい人ばかりで幸せにならなければ、嘘だと思う。
だから、この物語はきっとハッピーエンドで終わる。
そう信じている。
<了>
一応、これで完結となります。
あくまで、この話は千明が称を見つけるまでの話です。
あえて、スカイ達の物語は終わらず、続編を作れる構成に意図的にしております。




