チアキ編 6
頭はひどく冴えている。
彼は部屋に隠れていろと言ったが、それでは駄目だと頭が警告を出していた。
わたし一人が助かるなら、そういう方法もある。
だけど、それでは駄目だ。
なら、わたしは何をすればいいのか、わたしに何が出来るのか?
わたしに出来る事なんて部屋に籠ってガタガタ震える事だけじゃないのか?
だけど、それでは駄目だ。
部屋を出る。階段の下では戦いの音がしている。
でも、それはいずれ誰かの死で終わるものだ。
その誰かが彼なのだと、わたしは何故か知っていた。
だけど、それでは駄目だ。
なら、わたしはどうすればいい?
部屋に視線を戻すと『ブレイク・ボーダー』の盤が目に映る。
ボードゲームのように、自分達を置き換えて考えてみる。
だけど、それでは駄目だ。
わたし達は駒のように決まった動きしかしない訳ではない。
だが、こうも考えられる。
今、盤上に登場していない駒はわたしだけだ。
フィーナさんもミントもライムも彼も、シアンさんでさえ、あの場にいる事をわたしは確信していた。
なら、現状を変える要素が一番大きいのはわたしだ。
だけど、それでは駄目だ。
わたしには手段がない。
のこのこ出て行って……それでどうする?
手段が欲しい。だから、わたしは彼の部屋に向かった。
せめて、武器になるものが欲しい。
わたしは戦う事が出来なくとも、それで何かが変わるような気がした。
だけど、それでは駄目だ。
“何か”ではなく、彼の死という結果を変えなければならない。
そして、彼の部屋でナイフを見つけた。
だけど、それでは駄目だ。
ナイフ一本で何かが変わる訳じゃない。
せめて、もう一つ別の要素が必要だ。
机の上には彼の研究の痕跡がある。
もしかすれば、よく分からない薬や液体、粉……もしかすれば、これで何かが出来たかも知れない。
だけど、それでは駄目だ。
わたしに魔法の知識はない。
彼なら出来てもわたしには出来ない。
……或るいは、今のわたしなら出来るような気もするが、それは過信だと思う。
もう一度周りを見てみる。
すると、わたしにも馴染みのあるものが見つかった。
『ブレイク・ボーダー』の盤……これは、わたしの持っている物と違い、雑貨店で譲って貰った特別製だ。
わたしはその駒の一つを手に取り盤に叩きつけた。
火花が、閃光が弾けた。
目を焼きそうな強烈な光にわたしは確信した。
これなら、或るいは……
作戦と呼べる程の作戦ではない。
飛び出すと同時に、駒の閃光を目くらましに相手の懐に飛び込む。
そして、ナイフを突き立てる。
そんな方法で成功出来るとは思えないのに、何故か確信めいたものがあった。
階段に身を潜ませ、店の様子を伺う。
「ああ、僕以外の全員をここから逃がせ。その為にいざという時は盾になってくれ」
満身創痍の彼がそこにいた。
「な……魔導士殿!?」
……それは駄目だ。彼が死ぬのは駄目だ。
「……そうか、いい覚悟だ」
わたしはまだ彼に何も返していないのに……それに彼が死ねば皆不幸になる。
「……何をしているんだ、早く逃げろ!」
階段を蹴り、飛び出す。
――
その時、脳裏に浮かんだのは彼とシアンさんが楽し気に笑い合っている姿だった。
ああ、そうだ。何もなければ、幸せに生きていけるはずなんだ。
――――
ライムとミントがアシストをしてくれた。
気配遮断により、敵はまだ気付いていない。
――――――
わたしは彼に称くんを重ねていたのだろう。
顔が似ていた訳じゃない、雰囲気が似ていた。
思えば、称くんも彼のように何か暗い過去を背負っていたような気がする。
称くんが消えてしまったのは、その過去に関係するのだと今更気付いた。
――――――――
敵がやっと此方に気付く、だけど遅い。
投げつけた駒が閃光弾になって、敵の視界を奪った。
――――――――――
わたしがもっと早く気付けていたら、何かが出来たのかも知れない。
でも、称くんは何処かに消えてしまった。
だから、せめて同じ轍は踏まない。
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敵のすぐ前に着地する。
そして、怯んだ敵へとナイフを突き立てた。
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もう、誰もいなくなって欲しくないから……!
「うわぁぁぁぁああああああっ!!」
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「……なんで、ここに居るんだ」
ナイフは刺さっていた。ただし、狙った腹部ではなく相手の掌によって食い止められていた。
「……え?」
閃光弾によって、仮面が砕けた。そして、その素顔が曝される。
「灰谷……千明」
「称くん……なの?」




