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わたしと薬と水色の魔法  作者: 結城コウ
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スカーレット編 2-8

食事を終えて片付けが終わると、ワタシは魔導士殿と対峙していた。

他の人は店の奥の厨房から此方を見守っていた。

「あえて、店の中で戦う事にする。戦闘になるとすれば店や居住区だろうし、そうなった場合、迎撃に一番理想的な場所であると同時に一番戦い辛い場所でもある」

「ワタシは構いませんが、商品はどうするのですか?」

「戦闘を感知した際に魔力による防壁が発動するようにしてある。今回は僕の方でさらに防壁を強化しておくけど、実際の戦闘になった場合は相手の実力次第如何では、加減しながら戦ってくれ、その辺りは君の経験に任せる」

「……わかりました」

口で言うよりは簡単な事ではないと思ったが、ワタシに求められるのはそういったものだ。

「加えて……後からで悪いが二つ条件を付けさせてもらうよ」

「なんでしょうか?」

魔導士殿は人差し指を立て、出口の方へ歩いていった。

「まず、一つ目だが、戦闘になるとすればまず防衛戦になる。そこで今回もそのつもりで挑んで貰いたい」

「それは……そのつもりですが」

「つまりは、ポジションはほぼ決まっている。階段に背を向けて戦い続ける事になるだろう。加えて、君の敗北条件は君自身の敗北以外に抜かれる事、体勢を崩してしまう事だ」

「……成る程」

魔導士殿は頷くと二本目の指を立てる。そこで扉の前に来ていた。

「そこで二つ目の条件。ただ、そうなると僕一人で敵役をやるのは相応しくない。加えて、僕は魔導士であり、この後に仕事を控えてある」

「では、どうするのです?」

「君には僕が作りだした影と戦ってもらう。魔力によって作りだした人形。本来は君をサポートする存在であるし、僕の魔導士としての力の証明にもなるだろう」

「……確かにそうだと言えますが、それでは貴方の実力の全てを知る事が出来ないのでは?」

「途中で僕自身の影を投入する。魔力の制限はあるが、それで僕の力をはかる事も出来るだろう」

「……わかりました」

理解はするが納得は出来なかった。

「悪いね。だが、仮に僕の全力を見せるなら、影を大量に作りだした物量作戦になってしまう。それでは到底戦闘とは呼べなくなるだろう?」

「!」

「逆に言えば、本来なら君をサポートする影にも同じ事が言える。相手がいかに多かろうと君に一対一で戦えるようにする」

「そうか。だから、『防衛戦』ですか」

「察しが付いたみたいだね。君には今から四……いや、キリよく五体にしよう。五体の影と戦ってもらう」

「その全てを退ければいい、と?」

「いや、四体目まででいい。最後はキリよくする為のオマケだよ」

「……失礼ですが、それは侮辱です」

「そう取ったのなら申し訳ない……そうだね、だから実力で黙らせてくれないか」

「それがお望みなら」

ワタシは床に置いていた鎧を着け、立てかけていた剣の鞘を取った。

「手早いね。用心棒にはあって相応しい技能だ」

「……いつでも、どうぞ」

この身は当に男となっている。

「ああ、だけどその前に」

「まだ、何か?」

「先程言ったように、今回は僕が直接魔力の防壁を張る。店の被害は気にしなくていい」

「全力で来い、と?」

「任せるさ、連戦だからね。ペース配分は必要だろう?」

「……了解」

ワタシは剣を抜いた。

「じゃあ、まずは一体目だ」

魔導士殿が前方に手をかざすと、黒い影が現れた。

そのシルエットはまさに夜盗と言わんばかりの盗賊(シーフ)だった。

盗賊の影が床を蹴ったかと思うとワタシの目の前に迫った。

「……」

剣を振るうと盗賊の影は手元にあったナイフでガードし、後方へ飛び退いた。

「ナイフ?あれも影の一部では?」

「影の延長に見えても武器の部分は別の独立した性質を持った影になってる。斬られれば血も出るよ。ただ、致命傷は与えないように設定はしてあるけど」

「そのような加減は不要です!」

剣を構え直すと、手で招くように影を挑発した。

意思があるのかわからない影に効果があるのかわからなかったが、影は再び此方に仕掛けてきた。

「はあっ!」

その攻撃が届く前にその影の胴体(らしき部分)を薙ぎ払った。

『――』

盗賊の影は二つになり、それぞれが床に叩きつけられると消滅した。

特殊な技術など必要なかった。

幾ら速かろうとナイフと剣ではリーチの差がある。

それを誤魔化す術かこの腕が振るわれるより早い速度で動けない限り、敵ではなかった。

「よし、では二体目」

魔導士殿が宣言すると今度は槍を持った騎士(ナイト)らしき影が現れた。

「……」

先程の盗賊の影との戦闘でもそうだったように、リーチの差は直接、有利不利に繋がる。

そういう意味では槍は打ち合いの近接戦闘において最も有利な武器だろう。

だが、戦場で生きてきたワタシがその対処をしていないはずがなかった。

分離(パージ)

「ほう」

ワタシの剣は叔父の技術を見て習い、自作した剣だ。

故にワタシ自身が、必要なモノを改良してつぎ込んだ魔改造剣(フィーナ・オリジナル)

そしてその一つがこの分離・合体機構。

一つの剣を二つの剣に、二つの剣を一つの剣にする。

そして、この二刀流こそが対槍使いへの対策だった。

『――』

騎士の影がその槍を突き立て、突撃してくる。

「初撃を――往なす!」

二つの剣を用いて槍の軌道を反らす。

そして、相手の突撃スピードを利用し、そのまま懐に飛び込む。

『――!!』

相手の取る行動は二パターン。

伸ばした槍を引き戻し、距離(レンジ)の優位性を放棄して、打って出るか、咄嗟に飛び退き、距離を保とうとするか。

引き戻すのなら、二刀による手数で相手を圧倒する。飛び退くのなら――

『!!』

「そこっ!」

――二刀により、首と胴体を同時に狙い、どちらかを確実に落とす。

「流石だ」

魔導士殿の賛辞の言葉と同時に騎士の影は消滅した。

「後三つ……」

正直に言うならば、歯ごたえがない、というのが感想だった。

同じような相手が続くのなら五体どころか百、千、万と相手にしても勝ち続ける自信がある。

「では……魔法再現度は50%……この数値では……49、48、47、これだ。再現度47%にて構築」

魔導士殿は一瞬、目を閉じるとワタシを見た。

「待たせたね、では三体目」

そして、現れたシルエットは魔導士殿そのままだった。

宣言したように魔導士殿の戦闘技術をこれで見せるという事か。

「これは……」

魔導士殿の影は武器を持っていない、がワタシに左の掌を向けた。

「やはり、魔法か!」

影の掌の前にキラキラしたものが渦巻いたかと思うと、ワタシに向けて放出された。

「!?」

他の魔導士相手に戦った事がない訳ではなかった。

それでも、魔導士殿の影が使った魔法は今までに見た事のない魔法だった。

「くっ!」

咄嗟に飛び退き、放たれた魔法の直線上から逃れた。

魔法の渦はそのまま空中で勢いを失くし、そのまま消え――

「――いや、違うな!」

さらに後方へと飛び退く、そしてそれを見――

「!!」

――ている暇はない、魔導士殿の影の右手は此方を向いている。

『――』

「おおおおおっ!」

閃光が螺旋を描くように撃ちだされたのと同時にワタシは商品の棚の下をスライディングで下から一気に通り抜けた。

目の前には魔術師殿の影、それを力任せに薙ぎ払おうと剣を再び一つに戻し、その胴体を薙ぎ――――払う前に剣が何かに押し戻された。

「!?」

それは刃だった。

塵程の大きさしかない、それでも確かに実体を持った刃が二つ、我が剣を押し戻さんとしていた。そして、それが、キラキラしたモノの正体、影の使う氷の魔法(・・・・)だった。

『!』

戦闘において戸惑いは命取りとなる。

どんな異常な状況であっても正確な判断が出来なければ、即、死へと繋がる。

「くっ!」

一旦、商品棚を飛び越え距離を取る、左右に逃れた方が安全だと思ったがこれが防衛戦である事を考えると、それは出来なかった。

『――』

元いた場所で爆発が起った。

言うまでもなく、魔導士殿の影が巻き起こしたものだった。

ワタシの判断は間違っていなかった、そう安堵しかけた所で、剣を振るった。

「くぅっ!」

爆発を煙幕変わりにあの刃が再び迫っていた。

魔導士というのは通常、二つ以上の魔法を同時に使うには相当な技術と魔力が必要だという。

だというのに、あの魔導士殿の影は……いや、魔導士殿はいとも簡単に使ってみせる。

影とは言え、そんな相手に勝つには――

「……一瞬を見逃さない」

「!」

その小さな呟きに魔導士殿は反応したが、影はそのままだった。

影とは言え、精神は独立しているのか、或るいは単にラグがあるのか――影は此方に狙いを付けるように右手を伸ばすと、かまいたちが放たれた。

それは風の刃だ。今防いでいる“刃”によって逃れられず、かといってかまいたちを迎撃すれば“刃”によってこの身を裂かれる二段構え。

だが、ワタシはそれを――

分離(パージ)っ!」

――飛び越えうる術を持つ。

『――』

影は動けない。二種の魔法を同時に使用した反動だろう。

ならば、今が好機。

分離した事で“刃”を防いでいる剣と自由になった剣の二つがある。

防いでいる剣を放棄する事で“刃”をやり過ごすと同時にワタシはあえてかまいたちに突っ込んだ。

『――』

影の表情は元がのっぺりしている以上、分からない。

だが、感情があるのなら戦慄しているはずだ。

かまいたちが鎧を削る。

だが、構わない、致命傷でないのなら、そのまま押し通る。

そして、再び魔導士殿の影の前に着く、この間一秒――故に。

「はぁっ!」

反動で無防備になった影の胸にその勢いのまま剣を突き立て貫いた。

『――!?!!!?!!!!!!?!!!??????????』

影は理解が追いつかないらしく、元より人外ながら、分からない言葉を吐いて消滅した。

「思い切りがいいね」

魔導士殿はまた賛辞の言葉を送ってくる。

すぐに飛び退いて、放棄した剣を回収すると、剣の刃は凍結していた。

「やはり、氷の魔法」

「ああ、あれは空気中の水分を凍結させ、小さな刃にして操る魔法なんだ。本来、相手を斬り裂くつもりで発動させるものだけど、そんな風に凍結させて相手の武器や防具の性能を低下させる効果もある」

ワタシは凍結した剣に触れた。

魔法の効果自体は消えているが、凍結した事により、刃が刃の役を果たさず、ただの鈍器と化していた。

「鎧の方も損傷しているみたいだけど、どうする?」

確かに先程のかまいたちで削られた事で装甲が薄くなった。

それに損傷の影響は男化の魔法にも現れ、一部、魔法が途切れている箇所がある。

「続けて下さい。実際の戦闘では敵は待ってくれない。こうして話をする事自体ありえない」

「君ならそう言うと思ったよ。四体目、行くよ」

魔導士殿は両手を掲げると一瞬、チラと此方を見た。

それに反応するより先に影が構築されていった。

その形は剣を持った騎士。

しかし、その姿は――

「ワタシ?」

「三体。それだけ使って、君の実力を図らせてもらい、それを再現してみた。僕がどれだけ再現出来たか、そして、君が自分自身の影を越えられるか、見せてくれ」

「っ……!!」

剣を構える。

型は基本を守り、両手で中心に。

ワタシを再現したというのなら――

『――』

――やはり、影もまた同じ形に落ち着く。

三戦、全て後手に回った。

その理由は防衛戦である事もそうだが、初撃で相手の実力を測る為だ。

それ自体は自らの目と実力に自身を持っているワタシの戦闘スタイルでもある。

だが、相手がワタシ自身の影だというのなら、そういう訳にもいかない。

「……やはり、動かないか」

此方が生身である以上、集中力に限界が来る。

ならば、その前に此方が仕掛ける他ない。

「っ……はぁっ!」

床を蹴る。

ならば、仕掛けておいて相手を挑発する。

あえて凡庸な一撃を影に振るう。

此方の隙は多い――そこを狙ってくれば――!!

『――』

だが、ワタシの影は剣を剣で受け止めるだけで終わった。

「くっ」

咄嗟に飛び退く、しかし、影は追撃を掛けてこようとしない。

此方の挑発は全て読まれている。

「なら!」

再び飛び込む。

左下へとフェイントをかけ右から斬りかかる。

『――』

「ふっ……ぐっ!」

フェイントには反応を示さず、剣を剣で受け止められた。

「考えは悪くない。ただ、トリッキーな戦法は慣れていないんだね」

魔導士殿がポロリと呟いた言葉は図星だった。

動揺しそうになるのを剣に力を込めて、押し返した。

「つっ……ああっ!?」

だが、押し負ける。

体勢を崩しながら後退した所へ追撃が来る。

「たぁっ!がっ!?」

防御が間に合わず、勢いを利用して回避を試みて――

回避先にまともな一撃を喰らった。

「くっ……はっ!」

さらに吹っ飛んだが、なんとか踏み止まった。

「……」

『――』

身体は繋がっている。軌道を変える途中で峰打ちのような形になっていた。

影の追撃も来ない。徹底して後手に回るようプログラムされているようだった。

「だったら――分離(パージ)

手数で圧倒しようと剣を分離する――が、影も同じように二刀流になった。

『――』

「っ」

アレはワタシ自身の影だ。

ワタシの力をそのまま反映しているというのなら、連戦で体力と装備を消耗しているワタシの方が不利なのは確かだ。

ワタシがワタシのまま戦ったところで不利な戦いを続けるだけだ。

かと言ってトリッキーな戦法では不慣れさから通用しない。

ならば、どう戦う?

ワタシがワタシを越えるには――

「……インゴット騎士団長」

思わず、呟いた。

ワタシ以上に強い存在を。

ワタシがインゴット騎士団長になる事、それ自体は無理だ。

だが、彼の剣技。それを再現出来れば、どうか?

「見よう見まね……でも、この技なら或るいは……!!」

その構えを再現する。

剣を両手に握ったまま、左の肘で右目を隠すように上げ、その下に右の剣を横に構える。

「……技を借ります。騎士団長」

――地を蹴る。と同時に左回転。

そして、その回転を利用して右の剣を投擲する。

回転により、剣先を向けて突撃する剣。

相手が取る行動は二つに一つ――避けるか受けるか。

『――!』

影が剣を振るおうとする。

相手が取った行動は受ける。

ならば――

「はぁっ!」

――左の剣も投擲する。

『!?』

回転と突撃――迫りくる二本の剣

先に到達するのは先に投擲した右の剣のはずだった。

だが、右の剣は此方に呼び戻される。

何故なら、本来インゴット騎士団長の剣の一つは鎖で自身の身体と柄をつなげた鎖剣。

それを再現する為に偶然回収していた袋のゴムを括りつけていた。

「うあああっ!」

剣を掴めた事を確認して片手両足で床に着く、と同時にその床を叩いて影へと突っ込む。

影は右の剣を迎撃しようとした事で空振り、何とか左の剣を弾いたところだった。

要は隙だらけだという事。

その無防備な首を――

「ああああっ!」

――切り捨てた。

ワタシはバランスを崩して、床に叩きつけられる。

「うぐっ……!」

だが、その後方で影が消滅するのが見えた。

「かっ……はっ」

まだ、終わりではない。

ワタシは身体に鞭を打って、飛び起きた。

「一応、聞くけど、五体目と戦うかい?」

「……」

直接は答えず、弾かれた剣を回収して構えた。

「そうか。じゃあ、これが最後の五体目だ」

魔導士殿は両手を突き出し、影の輪郭を構築する。

「魔法制限、強化・武器化のみ……身体能力再現率97%……」

そして、現れたシルエットは三体目と同じ、魔導士殿の影だった。

「なっ……?」

一度、倒した相手のはずだ。

「三体目と同じ……なんて考えるなよ?」

「!?」

瞬間、魔導士殿の影は目の前に迫っていた。

その右手にはナイフらしきシルエットがある。

「近接戦闘を!?」

振るわれたナイフを左の剣で受け止めた瞬間――打撃が腹部を貫いた。

「がふっ!」

まるで、槍のような鋭い蹴りが鎧越しに腹部にダメージを与えていた。

「――っ」

だが、それで影の左足は無防備になる。

それを斬り落とさんと右の剣を振るったところで食い止められた。

「うっ!?」

魔導士殿の影の左手には巨大な三本爪のようなオーラが纏われ、それが右の剣を食い止めていた。

一瞬、思考が停止する。

そして、その隙を見逃すはずがなく、影は軸足を変え、右足がワタシの左手を蹴りあげた。

「っ!」

瞬間、左胸から下が無防備に晒される。

咄嗟に右手で防御に入ろうとするが、影は蹴りあげた右足が掻い潜り、横っ腹を貫いた。

「ごはっ!」

衝撃で(はらわた)がかき混ぜられるようだった。

視界が一瞬ブラックアウトする。そして、視界が戻ったと感じた時、目の前にあったのは影の背だった。

「!?」

その復帰した視界の外から側頭部へと衝撃が叩き込まれた。

一瞬、長い尻尾が見えた。ワタシは床に叩きつけられ、意識が消えていく事に抗えなかった。

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