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わたしと薬と水色の魔法  作者: 結城コウ
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スカーレット編 2-6

暫くして、食事の時間となった。

――不覚な事に久しぶりのまともな食事にワタシは我を忘れてしまった。

「……という訳だ。スカーレットさんには、暫くこの店に居てもらおうと思う。そして、互いに認めあえれば本契約という形になると思う」

「は、はぁ……それは構わないのですが……」

「あれだけ、用意したのに……おかず、ない」

我に返ったワタシは思わず赤面した。

エルフの少女――ミントと言っただろうか?彼女の言うように机の上には空の皿ばかりが並ぶ、その殆ど全てをワタシは平らげてしまっていた。

「も、申し訳ありません!」

「まぁ、スカーレットさんの現状を考えば無理もないだろう。アイリス、非常食の缶詰があったよね」

「はい、お出しします」

「悪いね」

ワタシは自分自身の卑しさに俯いてしまった。

「さて、スカーレットさん。仮契約とは言え、結ぶ以上君の仕事をして貰わなきゃいけない」

「それは当然の事だと思いますが、一つ宜しいでしょうか?」

「なんだい?」

「さん付けはやめて頂きたい。それこそ仮とは言え、貴方に仕えるのですから」

「そうか。そうだね。わかったよ、スカーレット……いや、フィーナと言うべきか」

「!?!!!!」

自分の本当の名を呼ばれたのが余りにも久しいもので驚いてしまった。

「ど、どうしたんだい?馴れ馴れしかったか?」

「い、いえ……そうですね。他の皆さんは名前なのにワタシだけ名字というのもおかしな話ですね」

ワタシは何故かワタシの名を呼ぶ魔導士殿に叔父の影を重ねてしまった。

「そうか。では君の仕事内容だが。主に店の営業時間に用心棒として働いて貰う。店の営業時間外と休日は自由行動となるが、その際にトラブルが発生した場合は出動して貰う。その際は別途特別手当を付けよう。給金はこの額だ。少し相場より少ないがその代わり、食事と住む部屋は用意する。詳細はこんな感じだ」

魔導士殿は契約書を渡してきた。

内容を確認する限り、決して悪い契約ではない。

傷を負った場合の治療も魔導士殿が行うとあるし、用心棒としては堅実な職場だと思えた。

「……条件自体は文句ありません。寧ろ、足元を見る事も出来たのに、正当な契約を提示していただいて感謝します」

「条件自体は、か。という事は」

「はい、他に聞きたい事があります」

「そうか、先に言っておくと、僕の方も言っておきたい事がある。だが、その前に何でも聞いて欲しい」

「そうですか、では。この条件は用心棒としては理想的だと思います。ですが、逆に雇う側としては余りメリットがないのではないかと思います」

「成る程。その理由を知りたい訳だ。で、そのメリットがないというのは?」

「はい。この条件だと時間外の襲撃……夜盗等が現れた時に初動が遅れます。それでは、ワタシはともかく、店や他の皆さんに危害が加わります。休日なども自由行動にしてしまったら、ワタシが街にでも出かけてしまっていたら、間に合わない事は十分考えるられます」

「その点については心配ないと思う」

「どういう事ですか?」

「十分に対策しているという事さ。この店……建物自体に強力な魔法を何重にも渡って張り巡らせてある。正面の扉以外から入る事は僕自身でも骨が折れるくらいだ」

「それは……魔導士特有の、ですか?」

「そうだよ。魔導士というのはね。自分の研究成果を守る為にこの手の結界を何代にも渡って発展させていくんだ。魔導士は皆そうだが、形は千差万別。親が張った形式の内側に子がまた新しい形式を作りだし張っていく、そうやって何代も繰り返す事でより強力な結界魔法の形が出来るんだ。そして、そんな訳だからこの結界の形は門外不出。ブルー家特有のこの結界は僕とシアンしか知らない。仮に魔導士崩れ……いや、現役の魔導士が来てもこの結界は破れないだろう。それこそただの夜盗にはね」

「成る程。ですが、正面の扉以外と言いましたね。そこはどうなるのです?」

「薬店である以上、お客が入れるように正面扉まで結界を張る訳にはいかない」

「それは確かに」

「営業中は正面からなら誰でも入れる。だからこそ、君に用心棒をやってもらう訳だけど」

「では、営業時間外では?」

「簡易式の結界を張る。当然、他の場所の結界よりは破り易い、と言ってもそれでもある程度は魔法に精通してなければ、破れないけれどね」

「ですが、それでは破られれば……」

「ああ、だから、防衛装置を用意しておく。結界が破られた時点から、防衛装置の起動するタイミング、そして防衛装置の戦闘開始と同時に、何重にも通知魔法を設定してあるから、その間に君を呼ぶ事は可能だ」

「防衛装置、ですか?」

「ああ、ある程度の相手なら勤まるだろうし、足止めも出来るはずだ。相手が多い際に頭数として君をサポート出来る」

「頭数、ですか」

「ああ、戦う事の出来る……いや、戦わせられる人間は君と僕だけだ。とは言え、当主という立場上、僕が早々に戦う訳にはいかない。かと言って夜盗の一人二人ならともかく、多勢に無勢で来た時、一人で対処仕切れない敵が来た時、君に全てを任せるのは負担が大きいだろうし、無責任だからね」

「…………そうですか」

自分の実力を過信している訳ではないが、ワタシは戦場では負けなしだった。

そこまでのサポートが必要だと思われている事が少々不満だった。

「……では、君に話しておきたい事がある」

「はい」

そう言えば、そのような事を言っていたと思い出した。

「聖騎士だったのだから知ってるとは思うけど、僕ら魔導士は教会に快く思われていない」

「え、ええ」

「加えて、知ってるかい?街の中の薬店が全て営業停止になった事を」

「!……いえ、恥ずかしながら」

「君の元いた組織を悪く言う事になるけど、教会は魔導士への弾圧を強めている。今回の事も何か事件があったという話は聞いていない。通した法案を事前に発表せず、施行当日に公表し、強制的に薬店を閉めさせたんだ。これがどういう事か、わかるかい?」

「街の魔導士達を……路頭に迷わせたという事ですか?」

「そう、それもある。だが、それ自体はそこまで大きな問題じゃない。店こそ失う事になるが、現状魔導士は様々な方法で生計を立てる事が出来るんだ。真に問題は街に薬店がなくなった事だ。これで街の人達はまともに薬を手に入れられなくなった」

「!!」

「幸い、この店が出来た事で街の人達はまだ薬を手に入れられる。だが、もしこの店がなくなれば、僕らだけじゃなく、街の人達の生活が脅かされるんだ」

「では……だから、このお店は……」

「繁盛こそしているが手放しでは喜べない訳だ。そして、君がこの事を知らなかった事でもう一つわかった事がある」

「な、なんですか?」

「僕達が営業許可を貰いに教会に行った際、君も対応に同席していた。あの時の事は覚えているかい?」

「ええ、最近の事なので……」

「そういった裏の事情を知っていれば、あの聖職者の横暴の意味もわかる。あの男は、法案の事を知っていて、或るいは知っている人間からの指示で営業許可を出さないようにしていた。

少なくともあの日に許可が下りないようにね」

「――あ」

あの担当責任者フィリップ=レネットはワタシの行為を裏切り、と叫んでいた。

今更になってその真意を知ってしまった。

「期日を伸ばせば、法案を盾に営業許可を跳ねつける事が出来る。だからこそ、必要書類を焼こうなんて横暴を犯そうとした」

「あ――わ、ワタシ、は――」

自分の行動の意味に、血の気が引いていく。

「顔を上げるんだ、フィーナ」

「?!」

また叔父の影が見えた。

「聖職位としての判断は間違いだったかも知れない。でも、君は結果として僕達と街の人達の生活を守ったんだ」

「あ…………はい」

そんな事は慰めにはならない、人生を掛けていたモノ、その役割を果たせていなかった。

だと言うのに、その言葉は救いになっていた。

「話を戻そう。だが、そのせいで君は聖騎士を除名になったのだと思う」

「!?わ、ワタシは任務の失敗と部下を死なせたせいで……」

「それは、理由を作ったんだろう。君を除名させる為の理由を。或るいは君も死なせるつもりだったんじゃないのか?部下を死なせたという事は一歩間違えたら君も死んでいたという事だろう」

「!!ま、待って下さい。もし、そうならば、何故ワタシには伝えていなかったんですか!?」

「それは、多分。法案の存在を隠す為だろう。実際に法案は施行当日まで秘匿されていた。君はよく戦場に出向いていたそうだね?内勤の聖職者より外に出る聖騎士の方が、情報が外に洩れる可能性が高いと考えたんじゃないか」

「な、なら、そもそもどうして、ワタシをあの場に立ち会わせたんですか!?」

「それは――そうする必要があった。君が別の動きをすると思っていたんじゃないかな?」

「え……?」

「思うに、君に立ち会いを命じた人間は君の性格や考え方を見誤っていたんじゃないか?」

「ワタシを……見誤った……?」

「聖騎士は教会の側の為に戦うものだ。仮にどんなに道理に反していても教会の意思ならば。本来、聖騎士ならあの聖職者を庇い、逆に此方の書類を燃やそうとしたんじゃないかな?」

「あ……そ、そんな!!」

「だが、君は君の正義に則って戦っていたんだ。それを教会に対する忠誠だと見誤られた」

「わ、ワタシ、は……」

「そうだろう。今日だって君は君の信念を優先し、教会の教えなんて考えていなかった」

「う……」

「君の正義と教会の正義は別モノだったんだよ」

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