スカーレット編 2-2
慣れない営業許可の発行なんて仕事を終えた後、インゴット騎士団長から極秘任務を受けた。
結果的にそれはワタシの命運を分ける出来事だった。
極秘任務の内容はある村で起こった暴動の鎮圧に向かえというモノだった。
暴動の鎮圧という仕事自体は珍しい事じゃない。
ただ、それが極秘任務になるという扱いがおかしかった。
しかし、ワタシはその事を深く考えていなかった。
その短慮が最悪の結果を招いた。
ワタシを除いて全滅という結果を。
村に着いた時点で暴動が起った事を差し引いても不穏な空気は流れていた。
村には生きている人間がいなかった。
予想外の出来事に戸惑ったが、調査をして戻る事にした。
その選択こそが、最後の分岐点だった。
まずは三組に分かれて村全体の調査をした。
村には死体ばかりが転がっている。
聖騎士という職業柄、戦場で死体を見るのは慣れている。
だが、その死体を調べる事は慣れていない。
ましてや、その死体も剣や槍で貫かれた訳でも魔法で焼かれた訳でもない、まるで生きたまま食べられたような死体で、余計に嫌悪感を増幅させた。
そして、生きている者がいないのは人間だけではない。
家畜やペットの類いどころか野生動物さえも村の周囲には存在しなかった。
唯一、虫だけは飛んでいたが、これだけ死体があればおかしくはないと思っていた。
初日の調査を終え、以上の事しか判らなかった。
これ以上の事は判りそうもないが、調査を続けるべきか悩んだ。
勿論、これ以上の事が判るのなら、調査を続けるべきだ。
このような調査は短くとも三日はかけるべきだ。
だが、それ以上に街の惨状に部下達――ワタシ自身も含めて参っていた。
決定権はワタシにある。
本来の任務とは外れているがこれは極秘任務だ。
他の者に任すのは難しいと判断した。
村の外にテントを張り、野営をする事にした。
流石に村の中でするのは精神衛生上よくないと思ったが、村の外でも死体の腐敗臭がして参った。
それでも、人は慣れるものでその臭いの中で眠りにつけた。
ワタシは女である事を隠している身の上がある為、鎧を着たまま就寝した。
過去、夜の戦場では奇襲に備える為、武装を解くなという教えがあった。
ワタシ自身はそれを守るが、部下には各自の判断に任せる事にした。
部下達は臭いによる寝苦しさを緩和しようと、軽装で寝た。
翌朝、隣にいた部下達は皆死んでいた。
その姿は腹を喰われたようだった。
その事に気付いたワタシは前日の調査を思い出した。
死んでいた者は全て、腹から喰われていたのだ。
ならば、ワタシは?
そう、ワタシは鎧が守ってくれた。
だが、部下達は薄いシャツ一枚程度。
だから、部下達は喰われた。
後悔しても遅い。
後悔しても遅い。
後悔しても遅い――だが、何に喰われた?
村には人どころか獣も居ない。
唯一居るのはワタシと――部下達に群がる虫――
ワタシは咄嗟にテントを飛び出し、外にあった焚き火の残りかすと火付け石でテントに日を放った。
ワタシは一つの結論に至った。
――人食い虫。
気が付けば、肉の焼ける臭いにでも導かれたのか虫達が群がってきていた。
そして、虫達にとっては餌だとでもいうのか、ワタシに襲いかかってきた。
前日はそんな様子はなかったが、大量に群れている事、もしくは時間帯、或いは炎や肉の臭いにあてられたのか、虫達は明らかに凶暴化していた。
だが、襲いかかってくるのなら、構わない。
部下達を喰らった報いを受けて貰うだけだった。
振るった剣の圧は脆弱な構造の虫の身体をいとも簡単に潰していく。
奴らは腹を喰らう。
鎧に守られているワタシには脅威ではない。
隙間から潜りこもうとしても、この鎧の気密性は随一だ。
突破口があるとすれば、肌が晒されている顔ぐらいだが、寝ている時にワタシを喰らう事が出来なかった虫の脳では大した問題ではない。
ワタシは群がってくる虫達はとことんまで、叩いて叩いて叩き潰した。
やがて、虫達は戦意を失ったのかワタシの周りから逃げていた。
ワタシは暫く立ち尽くしていたが、すぐにこんな村は焼き払わなければならないと思った。
だが、ワタシにはそこまでの権限はなく、一度教会に戻ってインゴット騎士団長の判断を仰がなければならなかった。
それに村の報告と何より部下達の死を報告しなければならない。
ワタシは虫の死骸を適当な空き瓶に詰めた後、残っていた荷物をまとめ、その場を後にした。
剣は錆びる事を覚悟で、手頃な水たまりで洗った。




