放課後の戸惑い
いつの間にか、私は家に向かって走り出していた。
無意識だった。そして走っていると気づいた後も、何故か足は止まらない。
あまりに普段と違うことが起こりすぎた。
生暖かい風、不穏な鈴の音に、謎の違和感。みいやんの様子がおかしかったこと。彼女が別れを切り出したこと、私よりも早くいなくなったこと、「また明日」の一言がなかったこと。そして、別れ際の忠告じみた言葉。それらが鮮明に思い出されて、胸を締め付ける。
あれは一体……何だったんだろうか?
おさまらない胸騒ぎと息切れのせいで、かなり苦しい。
なのに、なのに。
心身共に、いうことを聞いてくれなかった。
「……き、優妃!」
「うわあっ!」
我ながらはしたない声が出てしまったけれど、本当にびっくりした。
「波津子、驚かせないでよっ!」
「ごめん。でも優妃、だいぶ上の空だったから……大丈夫?」
不安げに私の顔を覗き込み、尋ねられる。……とりあえず、今の状況を思い出してみよう。
あたりを見回す。ここは美術部室だ。時計を確認してみると、今は部活の時間。目の前にはスケッチブック――そう、絵を描いていたんだ。波津子は人物画を、私は窓から見える風景を。そうしたら、だんだん空が赤く染まりだして、夕方だなあ、なんて思っていたら、昨日のことを思い出して……それで今に至る、か。
「……うん、大丈夫」
ようやく私は、頷くことができた。
「本当に?」
「うん……」
疑うような波津子の声に首をかしげていると、「だって」と真剣そうな声。
「だって、優妃震えてたから」
「震えてた……?」
嘘だ。
そんなわけ……いや、昨日のことを思い出していた、と考えれば不自然じゃない。
「ごめん、心配かけて。ちょっと嫌なことを思い出してたから……そのせいかも」
「そっか。なんかあったら、言ってくれれば相談乗るからね?」
「うん、ありがと」
心配そうな顔はそのままだったけど、波津子は絵を描く作業に戻っていった。私も再開しようかと思ったけど、このまま黄昏時の絵を描いていたら、また昨日のことを思い出してしまいそうだった。
目の前のスケッチブック。その一ページをビリビリと破り捨て、目の前にある筆箱のデッサンをすることにした。
――ちりちりん。
「――みいやん?」
鈴の音が、聞こえた。
「どしたの?」
手を止め、波津子が尋ねてくる。
「今、鈴の音……」
「鈴の音? 空耳じゃないの?」
首を傾げられたが、信じられなかった。
あんなに鮮明な空耳があるものか。
「……ごめん。やっぱり、帰る」
「えっ? ……わ、分かった。気を付けてね」
戸惑いながらも送り出してくれる、そのことがありがたかった。
簡単に片づけて、鞄を手にし、私は走る。
いつもの、あの場所へ。