不思議
「おーい、みいやーん」
私の声に、みいやんは振り返る。
ちりちり……。
鈴の音が黄昏時の空に響いて、溶けていく。
「優妃、来てくれたのね!」
満面の笑みを浮かべて、みいやんは私のことを出迎えてくれた。いつもと同じ、普段と変わらないことなのに、それがとても嬉しかった。
そして、コンビニのベンチに座ってお喋りする。
みいやんは、今日は藍色の生地に水色で雪の結晶を刺繍したような柄の着物を着ている。帯は真っ白で、とても綺麗だった。
「ねえ優妃、今日は何があったの?」
お決まりの問いに、私は少しだけ考える。
「うーん……今日あったことではないんだけど、私が通ってる学校の話をしようかな。ほら、みいやんは学校に行ったことがないって言ってたし」
「あら、面白そうねぇ」
みいやんは嬉しそうに、ころころと笑う。そんな彼女に向けて、私は語る。
風波高校に通っていること。『不思議』が集まるという噂は本当だったということ。学校で聞いた様々な噂話のこと。学校での日常。授業を受けることの楽しさとつまらなさ。居眠りをして怒られたこと。友達と食べる弁当の美味しさ。部活がいかに充実しているか……。
「本当に楽しそうねえ、学校って」
「楽しいよ! 特に風波高校は、ほかの学校では聞かないような噂を聞けるからね。それがとっても面白いんだ!」
「それもうらやましいわねえ。特に『妖の血を引く先輩』が気になるわ。会ってみたいわぇ……。その人はどんな『力』を使うのかしら?」
本当に会ってみたいんだろう、みいやんは興味津々、といった感じで考え込んでいる。
「私も会ったことがないから……どんな『力』を使うのかは知らないけど、友達が見たことあるらしいから、今度訊いてこようか?」
「いいの?」
バッとこちらを向く様子が、何故だか、猫がピンと耳を立てる様子に似ているなと感じた。つり目だからか、その目の色のせいか。分からないけれど、時々みいやんが猫に見えてしまう。なんだか不思議だ。
「うん、いいよ」
「ありがとう、優妃!」
唐突に私の手を取り、ぶんぶんと激しく降るみいやん。それが嬉しくて、でも少し痛かった。
――生暖かい、嫌な風が吹く。
みいやんの鈴が、ちりちりと鳴った。
いつもの音。なのに、なぜか怖い。
「…………」
隣でみいやんが、何かを呟いた、ような気がした。
ふと、何か違和感を覚える。
ぞわり、首筋に鳥肌が立つ。
どうして。
「……この気配は」
みいやんも何か感じたのか、どこか遠い場所を探るように見つめている。
「……今日はもう別れましょう。ここに居続けるのは、よくないわ」
突然、みいやんがそう言いだした。
みいやんの方から別れようと言い出されたのは、初めてだった。
でも、この異様な雰囲気の中で一緒に居続けるのも、それはそれで嫌だった。
「……うん」
そう答えた私に、みいやんはぽつり、呟くように言った。
「優妃、覚えておいてね。
ここは『不思議』が集まる街。そして、あなたの通う学校は特に『それ』が集まりやすい場所。だからこそ、記憶にとどめておかなければならないのよ。
『不思議』がいつも、あなたにいいことをもたらすとは限らない。そして、黄昏時は逢魔が時。何が起こるか分からない――それだけは、覚えていて」
その声が、あまりに真剣そのものだったから。
「……分かった」
私は、うなづくことしかできなかった。
「……またね、優妃」
それだけ言って、みいやんの方からここを離れていく。それも初めてのことで、彼女の後姿を見ていると胸がざわついた。
そして私も家路につこうと歩きだしてから、ようやく気づく。
「みいやん……今日は、「また明日ね」って、言わなかった」