コーヒー片手に
「ねえ、何考えてるのよ、ぼーっとしちゃって」
みいやんの声で、私ははっと我に帰る。
「……まあね、初めて会った日のことを思い出してたの」
「あら、そうだったの。でも、懐かしいわねぇ。あの日はとても疲れていたからあたし、お化けみたいになっていたと思うのだけど、でもそんなあたしに、優妃はコーヒーをくれたのよね。夢みたいで、信じられなくて、でもあのコーヒーの温もりと優妃の笑顔に救われたような気がしたわ」
そう言ってみいやんは、儚げな笑みを浮かべる。
――そう。何故か放っておけなかったんだ。だから、コーヒーを差し出した。
それを受け取った彼女は、猫舌なのか、何度もふうふうと息を吹きかけた。そして、一口飲むと、その苦さに目を丸くした。
「案外、苦いのね」
「あ、あの、あまりコーヒーは飲み慣れていないんですか?」
「まあね。でも、とても嬉しいわ。だからこの味、好きになれそうな気がするのよ」
彼女の言葉に私は思わず微笑む。
「喜んでもらえたなら、よかったです」
コーヒーを一口。飲み慣れたいつもの味が、舌の上を通り過ぎていく。
「――ねえ、お友達になりません?」
彼女がそう言い出したのは、突然のことだった。何の前触れもなしに。今まで面識のなかった私に。
「えっ?」
「あたしね、お友達がいないのよ。みんな……あたしのことを怖がって、近付いてくれないの。逃げていくの。でも、あなたはそうじゃなかった。あたしに声をかけて、コーヒーを差し出してくれた。だから、もしかしたら……お友達になれるんじゃないかしら、って。そう、思ったのよ」
泣きそうな顔で笑うその姿を見た時、たくさんの感情が、いっぺんに押し寄せてきた。だけど、そんなことを無視して、私はいつの間にか口を開いていた。
「もちろん!」
次の瞬間、目に飛び込んできた、ぱあっと明るくなった満面の笑み。
「敬語をやめて、普通にお話してくれるの?」
「――うん、いいよ」
「また明日ねって約束したら、次の日に、またここに会いにきてくれるの?」
「当然だよ!」
彼女は「ありがとう!」と叫ぶと共に、コーヒーを持っていない方の手をパッと取って、強く握りしめた。
――結局、お母さんに頼まれた牛乳は買い損ねて、家に帰ったあとこっぴどく怒られた。でも、それよりもみいやんと友達になれたことの方が嬉しかった。
「あたしが『お友達になって』と言った時、優妃はすぐに『もちろん』って言ってくれたわね。それがとても嬉しかったわ」
「実はあの時、ほとんど無意識のうちに答えてたんだよね。今でも少し不思議だけど、でも、みいやんと友達になれてよかった」
そう言ってあの日のようにコーヒーを飲むと、ちょうどカップが空になった。
今は何時だろう、と店内の時計を見ると、かなり時間が経っていた。
「みいやん、そろそろ外に出ようか」
「……あら、結構長居してしまったわね。そうしましょう。あたしもコーヒーを飲み終わったところだし、早くホッカイロを使いたいわ」
カップと肉まんが包まれていた紙をゴミ箱に捨て、自動ドアを抜ける。軽やかな音が私たちを送り出してくれた。
外に出ると、だいぶ暗くなっていた。けれど、この空の色が、美しい。まだ夜と呼ぶには早そうな時間だ。
風が吹く。髪が揺れる。
ちりちりん……みいやんの鈴の音が、黄昏時を告げる。