春の日
――あれから数ヶ月が経ち、春が来た。
今日も、私は約束の場所に行く。
ちりちりん、一歩踏み出すたびに鈴の音が鳴る。
髪の毛につけられた、赤い紐と金色の鈴。みいやんがくれた、おくりもの。
『これがあたしにできる、せめてものおくりもの。この鈴をつけておけば、悪さをする妖の悪戯は減ると思うわ』
その言葉の通り、あれ以来、謎の痛みに襲われたりするなどの現象は起こっていない。
『……あとこれは、あたしと優妃が友達だっていう、しるし』
ぼそっ、と小声でみいやんが呟いたのを、私は聞き逃さなかった。
彼女が私の髪に赤い紐を結びつけたあと、私は顔の向きをくるりと変え、コーヒーを彼女に差し出した。
『ちょっと冷めちゃったけど……これ、飲もうよ』
私が差し出したそのカップを、みいやんはそっと受け取った。
『あたしたちが初めて会った日みたいね』
そう言って、くすくすと笑いながら。
――ちりちり。
「おーい、みいやーん」
コンビニの前、ベンチに腰掛ける彼女に向かって叫ぶと、彼女はぱあっと明るい表情になって立ち上がり、手を振ってくる。
二つあった三つ編みは、一つになっている。それは多分、二本あった赤い紐のうち、一本を私にくれたから。
「会えて嬉しいわ、優妃」
「私もだよ」
黄昏ていく空を見上げながら、今日も語らう。
「ねえ、今日は何があったの?」
「えーっと、今日はね……新しいお友達が出来たんだ」
「あら、どんな子なの?」
興味津々な目で見つめてくるみいやんに、ついつい笑いがこぼれる。
「おーい、ちいちゃーん」
新しい友達の名前を呼ぶと、私の横に、ふわりと小学生くらいの女の子が降り立った。
ちいちゃんの、腰ほどまである真っ白な髪の毛が揺れる。
「まさか、この子って……」
「あの、はじめまして! 妖狐のチイです。ミヤさんとお友達になりたくて、それで呼んでもらいました」
ぺこり、と元気よくお辞儀をする彼女を見て、みいやんは目を丸くする。
「……優妃、どういうこと?」
「道を歩いてたら、目の前でちいちゃんが転んじゃったから手当てしてあげたんだ。それがきっかけで仲良くなって……妖狐だってこともその時教えてくれたんだ。で、私、みいやんと仲がいいんだよって話をしたら、最初はびっくりしてたけど、ちゃんと説明したら会ってみたいって言ってたから」
みいやんは呆れたようにため息をついた。
「……えっと、チイさん。あたし、みんなに怖がられてる妖だけど、それでもいいの? お友達に避けられるかもしれないわよ?」
「大丈夫です。そもそも、お友達はここにいるお二人しかいませんから」
「あたしのことも既に数に入れているのね……分かったわ。
――もう知っているかもしれないけれど、あたしは化け猫のミヤよ。優妃にはみいやんって呼ばれているの。よろしくね」
呆れた声で、でも嬉しそうに笑いながら、みいやんは口にする。
どこからか吹いてきた優しい風が、私とみいやんの髪につけられた鈴を鳴らして、消えていく。
――ちりちり。ちりちりん……。
黄昏時の空に、鈴音が響く。
これにて「鈴音響けば」は完結となります!
いかがでしたでしょうか?
ブックマーク、評価、感想等頂けますと幸いです。
この小説は、冬の童話祭2020「おくりもの」参加作品です。
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2021/01/05 追記
姉妹作として、最後に登場したチイちゃんの話を書きました。
「ちいさなチイちゃん」
https://ncode.syosetu.com/n1519gs/
気になる方は是非覗いてみてください。
こちらは冬の童話祭2021「さがしもの」参加作品です。




