覚悟と誓い
やっとこっちを向いた、そう思ったのに、すぐにみいやんは私から目をそらす。
「あたしと優妃が初めて会った日、少し手強い妖を倒した後だった。いつもよりも見た目がぼろぼろでね。どこかで休めないか、そう思った時にたまたま、この場所を見つけてベンチに座り込んだの。
――まだ黒猫だったころ、大切な人を奪われた。妖になった後は、友達と呼べる人はできなかった。あたしに親切にしてくれた妖は、あたしが『始末屋』になってしばらくして、死んでしまったし……あたしは永遠に独りでいなければならないのか、そう考えてしまったわ」
どんな顔をしていいか分からない、そんな戸惑いが見え隠れする笑顔だった。
「そんな時に声をかけられて、コーヒーを差し出されて。あたしね、本当に驚いたの。こんなあたしが怖くないのかなって、そう思ったのよ。でも、どうして怖がらないといけないのか、そう言われたとき、あたしはこの子と仲良くなりたい、そう思った。だからお友達になりましょうって言って……それは叶って。初めてのお友達ができたのよ。それが、優妃だった」
戸惑いに満ちた笑みが、だんだんと歪んでいく。
「だけど一昨日、不穏な空気に満たされた日。あの時ね……近くに悪さをする妖が複数いたのよ。そして、あたしたちのことを見ていた……妖たちは見つけてしまったのよ。あたしの弱み、大切な人を。
――きっとこれ以上一緒にいたら、悪さをする妖たちとあたしの争いに、優妃も巻き込むことになる。それが嫌で、その日はあたしから別れを切り出したの。優妃と別れた後、悪さをする妖と闘いながら、自分の考えが浅はかだったんだって思ったわ。どうしてあたしを恨む妖が優妃を狙わないなんてことがないと思ったのかしら、って。優妃のことを傷つけてあたしのことを追い詰めにかかってくるかもしれないってことに、考えが至らなかったのね。
……やっぱり、あたしは独りでいなければならないんだ、そう思ったわ」
『あたしは独りでいなきゃいけなかったのよ!』
悲痛な叫び声が聞こえた、気がした。
『友達なんて作らなければ……作らなければ、大切な人を巻き込まなくてもよかったのよ』
昨日聞いたみいやんの言葉が蘇る。
「だからあたし、昨日優妃に会った時、もう会うのをやめましょうって言ったの。あたしが優妃から離れれば、優妃はきっと襲われずに済む、そう思ったのよ……その予想は大外れだったようだけれど。優妃がどうしてもいやだっていうのが辛くて、あたし、優妃に記憶を消すまじないをかけたのよ。あたしの本当の名前を聞くことで解けるものだったけれど、『ミヤ』という名前を聞くことはないだろうと思ったから……この予想も、大外れね。
――そして今に至る、そういうことよ」
ひとつ、みいやんはため息をついた。
その息が震えているように聞こえたのは、きっと気のせいじゃない。
だって、だってみいやんは、涙をぼろぼろと流しながら、顔を歪めて笑っていたから。
「――ねえ、こんなあたしでもいいの? あたしのこと『友達』って呼んでくれる?」
こちらを振り向いて、そう問いかけてくるみいやん。
琥珀色の目。人より鋭い歯。人間ではなく化け猫の子。私なんかと比べ物にならないくらい長生きしてる妖。さっき悪さをする妖と争ったせいで浴びた返り血が染み込んだ着物。
そんなの、知ったことか。
「――当たり前じゃん!」
だって、私はみいやんの素敵なところをいっぱい知っている。彼女のことを怖いと思ったことはない。
ずっと一緒にいたい、大切な人なんだから。
みいやんは驚いたような顔をして、でもすぐに満面の笑みを浮かべた。
着物の袖で涙をぬぐい、真剣な目をして私を見る。
「あたしも覚悟を決めたわ。だれにも優妃のことは傷つけさせない。今のあたしには大切な人を守るための力があるんだもの」
「優妃、ちょっとあたしに背を向けてくれる?」
言われるがままに今までと反対の方向を向くと、みいやんが何やら私の髪をいじりだした。
ちりちり、鈴の音が聞こえる。
常に半分あげている髪の毛に、何かをつけているようだった。
「これがあたしにできる、せめてもの――」




