遠い昔の
「――苦しいわよ、優妃」
耳元で、掠れた声が言う。
「……あっ、ごめん。つい……」
ぱっと離れると、みいやんはそこで苦笑いしていた。
「……とりあえず、座りましょ」
いろいろ話さなきゃね、と続ける彼女に、私は笑いかける。
「コーヒー、買ってくるね」
「……今のがね、本当のあたしなの」
私の買ってきたコーヒーを受け取ることなく、ぽつりとみいやんは呟いた。
「あたしは人間じゃない。化け猫よ。本当の名前は『ミヤ』っていうの。最初は、もういつだったかも分からないくらい昔に、人間に飼われていた黒猫だったの。あたしの名前は、その人たちがつけてくれた」
私は彼女の話を聞きながら、うなづいていた。
「あたしはその人たちと過ごすのがとても楽しかった。その人たちもね、いつもあたしのこと『みいやん』って呼んで、幸せそうに笑ってたのよ。でも……その人たちは、悪さをする妖に、殺された」
琥珀色の目に赤い光が宿った気がして、でも、気のせいにも思えた。
「悲しくて、憎らしくて、仕方がなかった。あたしは猫だったから、人には見えないものも、たまに見えたのよ。その人たちを殺した妖も見えていたのに、何も出来なかったの。もっと力があればと思ったわ。……あたしが化け猫になったのは、その時よ」
みいやんはその手を、ぎゅっと握りしめた。
「……多分あの時、あまりの悲しさと憎さで、化け猫になったんでしょうね。それからしばらくは、独りであちこち放浪していたのだけど、ある時、当時の『始末屋』のリーダーがあたしを見つけて、結構気にかけてくれたのよ。で、あたしの過去を聞いて『始末屋』にならないかって声をかけてくれたの。それから長い時が経って、あたしがリーダーになった」
だけど、と悲しげに言葉を続ける。
「あたしが『始末屋』になってからしばらくして、他の妖たちから恐れられるようになったのよ。本当は、いろんな妖と仲良くなりたかったんだけどね、近づくと怖がられるのよ。悪さをする妖を倒すところを見たのか、その様子が噂になったのかは分からないけれど……後者なら、本当のこととそうでないことが混ざり合ってしまうしね」
『……あ、あたしが、怖くないの?』
初めて会った日の言葉が、蘇った。
『あたしね、お友達がいないのよ。みんな……あたしのことを怖がって、近付いてくれないの。逃げていくの』
そっか……そういう、意味だったんだ。
「あと……リーダーになる少し前から、だったかしら。悪さをする妖から狙われるようになったのよ。倒される前に倒してしまえ、ってことなのかしらね。襲われるたびに痛い目に合わせたり、場合によっては倒したりしたけれど……そのたびに、心が削られていくようだったわ。そんなときに……優妃と、出会ったの」
――ずっと私を見ようとしなかったみいやんが、こちらを振り返った。




