黒猫
「はぁ、はぁ……やっと、着いた」
いつもの場所。コンビニの前にあるベンチ。
そこに、みいやんはいなかった。
その代わり、黒猫が香箱を作って座っている。
「ねこさん、ごめんね。隣、失礼します。
……友達を、待ってるんだ」
言ってから、驚いた。どうして猫相手にみいやんのことを言おうと思ったんだろう。
みいやんが時々猫みたいに見えたからかもしれないし、この黒猫が琥珀色の目をしていたからかもしれない。
「あのね、春にここで出会った、女の子がいるんだ。その子が私の友達。いつも楽しそうに、ころころ笑ってる子だった。
……だけどね、一昨日はなんか様子がおかしかった。ここが変な雰囲気に包まれて、友達は『もう別れましょう』って言ったの。今まで、自分から別れを切り出したことがないのに。いつも言ってる『また明日ね』もなかったし」
黒猫は、聞いているのか聞いていないのか、興味のなさそうな表情をしている。ぱたり、ぱたり、尻尾を動かして座り続けていた。
「昨日、もう会うのをやめましょうって言われた。それがあなたのためだからって。『あたしは独りでいなきゃいけなかったのよ』って叫ぶ声が、耳から離れなくてさ……そのあと、何故かその子のこと、忘れちゃったんだよね」
ぴくり、黒猫の耳が動いた。でも、表情は相変わらずつまらなそう。
空は、刻一刻と夜に近づいていく。けれどまだ、夜じゃない。
「今日ね、私、悪い妖に悪戯されたんだ」
黒猫が、ふと、こちらを振り向いた。
「あちこちに赤い痕が出来たり、呪いをかけられてたり……でもね、魔法使いや妖の血を引く人が、助けてくれたんだ。その時に、悪さをする妖を倒す『始末屋』の話を聞いてね。その時、友達のことを思い出した」
ふと、黒猫が立ち上がり、警戒するような態勢を取る。黒猫が見つめる先には、何も、ない。
「友達は、『始末屋』のリーダーだったみたい。だけど、私はやっぱり友達に会いたかった。友達がたとえどんな人だったとしても、あるいは、妖だったとしても、友達だってことには変わりはないから」
私の言葉が終わるか終わらないかのうちに、黒猫はベンチを蹴って飛び上がった。そのまま虚空を引っ掻くと、そこから紅の飛沫が舞う……あれは、血だ。
ふわり。返り血を浴びた黒猫は着地すると、私の目の前に立った。
傷口から、少しずつ異形のものが姿を現す。それを見た黒猫は、ちらりとこちらを一瞥して。
――姿を、変えた。
ちりちりん。
鈴の音がする。
完全に姿を現した異形のものは、大きな手の形をしていた。鋭い爪で抉られたら痛そうだな……って、あれ?
もしかしてあれ、さっき私を痛めつけた張本人だったりする? ……まあ、そもそも人じゃないけど。
手の妖は、私たちを引っ掻こうとするかのように、襲いかかってくる。けれど、目の前にいる少女――さっきの黒猫だ――が、それを見えない壁で受け止め弾き返す。ひらり、少女が身につけている着物の袖が揺れた。
手の妖が怯んだその隙に、彼女は呟く。
「……あたしの大切な人を傷つけようって言うなら」
思わず、息を飲んだ。
「絶対に許さないわよ」
その言葉を、きっとあの妖は最後まで聞いていない。何故なら、彼女が口を開くと同時に青白い炎が妖を包み、話し終わる前には燃え尽きてしまっていたから。
目の前の少女が、振り返る。
鈴が、ちりちりと軽やかに歌っている。
「――大丈夫だった?」
戸惑いの隠せない、ぎこちない笑み。
思わず私はベンチから立ち上がり、彼女をぎゅっと抱きしめた。
「会いたかったよ、みいやん」




