目の前に現れたのは
ふっ、と微かな音が聞こえた。
まるで、息を吹きかけたような……。
「……?」
目線を移してみると、波津子が耳に手を当てて何かを聞き取ろうとしていた。
何してるの、そう聞こうとしたけれど、声が出せなかった。
そのうち、手をおろした彼女はこちらに向かって笑いかける。
「大丈夫。大丈夫だよ、優妃」
なんだか優しくて、落ち着く声だった。
波津子の言葉は嬉しいけれど、熱を持った痛みはまだ続いている。大丈夫だとは思えない。
いつになったら治るんだろう……。
「――ごめん、待たせた?」
唐突に降ってきた、私でも波津子でもない声。
おかしいなぁ。この部屋は、扉が開くとき、立て付けが悪いから音がするはず。でも、何も聞こえなかった。
……この人、どこから入ってきたの?
「……誰?」
無理矢理に声を絞り出す。どこかで見たことがあるような誰かが、私の傷を見て首をかしげている。
「これは……なんだろう? でも、治すことはできそうだね」
声の主は、私の言葉を無視して呟く。その代わりに答えてくれたのは、波津子。
「『二重人格の魔法使い』だよ。前に話したことなかったっけ? 小学校からの付き合いなんだ」
冷たい手が、痛みに触れる。そして、すっと楽になる。
次々に熱が引いていく。
――痛く、ない。
「これで大丈夫なはず」
「ありがとう……あの、どなたですか?」
私が尋ねると、彼女はちょっと驚いたような顔をして、でもすぐににっこりと笑った。
「初めまして、かな? もしかしたら、なあちゃんから聞いてるかもしれないけど」
なあちゃん? ……ああ、波津子のことか。
「うちは彩。ここでは『二重人格の魔法使い』なんて呼ばれてるよ」
肩ぐらいで切りそろえられたこげ茶の髪。少しだけつり目で……どこかで見たことあると思ったら、波津子とよく一緒にいる子だった。でもこの子、確か……。
「舞ちゃん、じゃなかったっけ?」
そう。私の記憶が正しければ、この子は「舞ちゃん」だ。前に波津子が、そう教えてくれた。なのに、名前が違う……?
「まあ、うちは『二重人格の魔法使い』って呼ばれてるからね。説明が面倒でややこしいけど……一言で言えば、『舞』の体に『舞』と『彩』、二人の精神が同居してるんだよね。で、魔法が使えるのは『舞』じゃなくてうち、『彩』の方ってわけ」
「普段表立っているのは『舞』だけどね、魔法を使うときだけは『あーや』がこうやって出てくるんだ」
舞ちゃん――じゃなくて彩ちゃんの説明に、波津子が補足をする。あーやは……彩ちゃんのことか。
うう、たしかに面倒でややこしいな……。




