悪役令嬢は爆死しました
父方の祖先は東方の島国出身だった。独特の文化を築いた小さな島国。どこかで聞いた国の話だけど、地球とは異なる世界の話。この世界には魔法もあれば魔物もいる。王子様もお姫様も魔法使いだって存在している。
めっちゃ西洋ファンタジーの世界でテンションがあがったのは一瞬。
前世の記憶をうっすら残した私は、乙女ゲームの世界での破滅キャラに転生していた。
はい、もうおわかりですね。
そうです、悪役令嬢です。
先祖返りしたのか、この国では異質な黒髪、黒眼、そして闇属性の魔力。オルレンクス侯爵家の長女キャメロットとして生まれたが、幼少期は黒髪、黒眼のせいでヒソヒソされて過ごした。先祖が東方の島国出身だと気づく前は母親が浮気を疑われ、それはもう殺伐とした家庭だった。
パパン、あんたのご先祖様や、あんたの家系のせいやでっ。
と、いう証拠を私が自宅の書庫から掘り出してからはなんとか夫婦仲が回復したけど。いや、ママンのほうが強くなったが、そこは問題ではない。
なんとなく前世の記憶がちょいちょい戻っていたため、両親の仲が悪くとも、メイド達に雑に扱われようとも、友達が一人もできなくても平気だった。
アンティークな家具に囲まれた自室は素敵だし、洋服も質の良い物が揃えられている。頼めば裁縫の道具や調理の道具も買ってもらえる。習い事は望むだけできたし優秀な家庭教師も呼んでもらえた。
で、とりあえず破滅エンドは回避したいよね。
キャメロットはこの国の第二王子セリウスの婚約者となるが、天使のように愛らしいジュリアーナの登場で破滅への道を進んでしまう。
冷え切った家庭で育ち友達もいない中、セリウス殿下だけが心の拠り所だった。
ゲームの中のキャメロットはとても孤独だった。そして闇属性だというだけで嫌う周囲を恨んで、恨んで、恨みまくって呪っていた。
確かに闇属性はヤバイ感じの魔法なのだ。これは怖がられて当然というか。辺り一帯を闇で包むとか、空間に穴をあけて対象物を異空間に飛ばすとか。この異空間って、本人もどこに飛ぶかわかってないからね。嫌いな奴をぽいっとするだけで、おそらく二度と会えない。
物騒な魔法を使い放題なんて厨二病心をくすぐられるけど、ごく普通のお坊ちゃん、ご令嬢達には怖いだろう。使っている私も怖い。
普通に生活するのに闇魔法は必要なく、メインは生活魔法。キャメロットも使える。というか、生活魔法はこの世界の住人ならば、ほぼ全員、使える。
こりゃ、便利…と、使っているうちに気が付いた。
キャメロットは希少な闇属性で魔力量が非常に多い。ゆえに生活魔法でも極めれば初級程度の攻撃魔法になる。
俄然、楽しくなってきた。
なんでもそうだ。勉強でも運動でも、できれば楽しい。結果が出れば続けられる。努力が報われるのって、最高にイイ!
回避したかったが、キャメロットは十二歳で第二王子の婚約者となった。滅多にお目にかかれない闇属性の魔法使い。他国に渡れば脅威となる。私がどんなに『三時のおやつと夜更かしの読書を愛する平和主義者』と主張しても通らない。
政治的な理由で婚約者となったせいか、セリウス殿下は初対面の時から感じが悪かった。
まず挨拶をしない。こちらを見ない。不機嫌な顔、舌打ち。挙句、五分で退室した。
金髪碧眼の見た目だけは美しい王子様だったけど、ここまで態度が悪いとこちらもいっそ清々しい気持ちに…なるわけがない。
絶対に仕返ししてやると心の中で誓い、婚約破棄を心待ちにしていた。
未来の婚約破棄が決まっていても妃教育というものは受けなければいけない。婚約した当初はうちの両親も『あらあら、殿下は照れ屋さんなのね』と好意的に受け止めていたし。
キャメロットの基本スペックが低かったら耐え切れず逃亡していたが、教えられた事はすぐに理解できたし習得も早かった。
婚約破棄後の人生を考えれば学んでおいたほうが良いに決まっている。
王子に捨てられた女なんて、引き取り手がないか条件が悪くなるか。条件が悪くなって嫌な男に嫁ぐくらいなら働いたほうがましだ。
キャメロットは過密スケジュールにも耐えられる精神力と体力で、あれこれ頑張っているうちに学園内での成績はトップ、魔力でも負けなし、勢いで習い始めた剣術もかなりの腕前となっていた。もちろんいざという時の国外逃亡のために乗馬も必須。
私が必死に勉強をしている傍らでセリウス殿下は順調にジュリアーナとの愛を育んでいた…っぽい。見てないけど、噂では。
いいよね、君達は。王子だというのに成績は中の上、魔力も並、剣術もおそらく私に負けるレベル。それでも見た目の美しさで王子様だとチヤホヤされている。
私のほうは学園始まって以来の才女と言われているのに遠巻きにされちゃってさ。話しかけてくるのはアリスト第一王子の婚約者、ヴォルゴグラート公爵家のカレリア様くらい。
友達が欲しいけど、黒髪が目立ち過ぎる。いっそ、バッサリ切ってしまおうか。
「それは駄目でしょう。キャリーの黒髪はとても神秘的で美しいわ」
そう言うカレリアはこの国では一般的な金髪碧眼だ。きれいな巻き髪に紺色に金刺繍のドレス。紺色だけどまったく地味ではない。
そして私はワケあって真紅のドレス。この後、婚約破棄という一大イベントがあるため、張り切って派手な装いでやってきた。
学園の卒業パーティは卒業生達の最初の社交の場でもある。私以上に気合の入った子も多い。
「それにしても…、本当にそんな事が起きるの?」
小さな声で聞かれて、頷く。
「えぇ、間違いなく起きると思うわ。婚約破棄からの断罪イベント」
「断罪って…、キャリーは何もしていないじゃないの。忙しくてそんな暇はなかったでしょう」
原作の乙女ゲームとは異なり、私自身はジュリアーナと会話もしていない。
成績トップだったせいか、放課後は教師に呼ばれ、魔法教官にも呼ばれ、生徒会にまで参加しつつ、妃教育も受けていた。その合間に平民になっても生きていけるように料理の腕なんかも磨いていた。衣食住の中、何が大切って食事だよね。お腹が空いていたら元気も出ない。美味しいものを食べたらそれだけで苦難も乗り越えられる。
これまで秒刻みの忙しさで、どうでもいい相手をいじめている暇などない。
なんだろう…、原作の影響かジュリアーナの顔を見るとイラッとはするんだけどね。今ではセリウス殿下とセットでイラッとする存在だ。
「きっとセリウス殿下は私を責めると思うの」
「そう…ね、そこは否定しきれないわね。だって何をやってもキャリーに敵わなかったのですもの。接戦ではなく惨敗だから、恨みに思うのも図々しいと思うけど」
「そう…なのよ。少し手加減した程度では差が埋まらなくて」
「貴女が頑張りすぎなのよ。ねぇ、今日のために新しい魔法を覚えたのでしょう?」
にっこりと笑う。
「そうよ。この日のために準備をしてきたの。最後は…、華々しく散ってやるわ」
セリウス殿下と初めて会った時から覚悟をしていた。
あれでは仲良くしたくても、険悪になるばかり。実際、何度か会ったが毎回、こちらを見ようともせず挨拶さえも返してもらえなかった。
黒髪、黒眼が嫌なのか、闇魔法が怖いのか、理由は知らない。何がそんなに気に入らないのか本人に直接聞いたこともあるし、親を通して尋ね、顔も見たくないほど嫌いなら婚約破棄をしてほしいと頼んだこともある。しかしまともな返事は一度ももらえなかった。
一年間努力して諦めた。
そう、努力した結果が得られれば頑張れるが、何の成果もなければやる気なんか起きない。
そっけなくても挨拶が返ってきたら、会話はなくとも目があえば、その程度でもたぶん…、嬉しかった。
カレリアと話しているとアリスト殿下とセリウス殿下の名がパーティ会場で呼ばれた。アリスト殿下は来賓、セリウス殿下は卒業生代表だ。アリスト殿下の婚約者であるカレリアも卒業生で、この後、一年間の準備を経て結婚する。
貴族の結婚もそれなりに大変だが、王族となればもっと大変なのだ。
ちなみに卒業生代表の座は学園長に土下座する勢いで頭を下げ、セリウス殿下にしてもらった。本来は学年主席がやるものだけど、闇属性を怖がる人も多いから。
日本の卒業式とは異なり、こちらは卒業パーティ。学園長や来賓の挨拶は簡単なものですぐにダンスのための音楽が流れ始めた。
もちろんダンスも一通りレッスンを受けた。上手に踊れると思うが、踊ってくれる相手がいない。立場上、参加しなければいけない夜会もあったが、婚約者は踊ってくれない…というか、側にいない。なのに、婚約者のせいで誘ってもらえない。
積極的に男性と踊りたかったわけではないが、ダンスレッスンの成果がどれほどのものだったか知りたかった。今後の励みのために。
カレリアに『アリストを貸そうか?』なんて言われたが、アリスト殿下と踊るなんて恐れ多い。セリウス殿下のキラキラに威圧を足したような相手なんて、近づくだけで疲れる。
それでも一度くらいは踊ってもらったほうが良かったかな。
きっと…、もう踊る機会なんてない。
ぼんやりと楽しそうに踊っている人達を眺めていると、セリウス殿下が近づいてくるのがわかった。何故か一人だ。隣にジュリアーナがいないせいか…、いても私の側に来れば不機嫌になるか。眉間の皺がすごいことになっている。
真っすぐ側に来て、一メートル手前で立ち止まった。
視線はそらしたまま。
いつもの舌打ち。それから…、ため息。
「その……、おまえとの婚約のことだが」
初めて話しかけられた。最初で最後の会話。本当に…、見た目だけは最高に美しく、声もイケボだよ、腹立つほど。肩幅があって胸板もそれなりにで、王子様の衣装がよくお似合いですね、コンチクショウ。背が高いことも、足が長いのもムカつく。髪がサラサラなのも、手が大きくて指が長いのも。
こんなに他人から好かれる要素満載なのに、必要と判断すれば面白くなくても王子様スマイルを浮かべられるのに、なんで私には冷たかったんだ、高望みなんかしてなかったのに。普通に頼んでくれたら、快く婚約破棄を受け入れて祝福したのに。
「兄上も一年後には結婚をする」
「そのようですね」
「だから………、オレもそろそろ真剣に考えようと思って」
わかっています。
私はにっこり微笑んだ。
見てなくてもいい、最後は笑って。
「わかっております。その婚約破棄、喜んでお受けします」
「……………」
セリウス殿下が固まった。ギギギ…と音がするようなぎこちなさで初めて私を見た。
「何、を………?」
「殿下にとって不本意な婚約だったことは今までの態度を見ていればわかります。もう充分です。殿下を開放します。長年、婚約者の座に居座りご不快な思いをさせたことを……」
顔は笑顔のまま、婚約してから今までのあれこれをまとめて返すために、セリウス殿下にだけ聞こえる声で囁いた。
「死んでお詫びいたします」
爆死した。
この瞬間のために気合を入れて頑張った。カレリアに気合を入れる方向を間違えていると言われたが、とにかく頑張った。闇魔法を駆使して自分の分身を作り、ふわりと広がったドレスの中に血のりやら肉片を仕込んだ。こっちの世界にも食紅があって良かったよ。肉片は粘土を使ってそれっぽい色をつけた。
テストは十回以上、繰り返した。
カレリアに協力してもらい、自然な感じに血肉が散らばるよう調整した。
楽しかった。
楽しんでいる場合ではないけど、楽しまないとやってられっか。という心境である。
確かに妃教育や学園での勉強は婚約破棄に備えた努力でもあったけど、セリウス殿下の恥にならないよう、不名誉な事はしないようにと注意してきた。
だから最期は華々しく散って、派手にさよならするんだ。
ちなみにこの計画はアリスト殿下とカレリアしか知らないため、うちの両親にバレたらちょっと恐ろしいことになるかもしれない。
その辺りはアリスト殿下がフォローしてくれるはず。
私だったものが床に散らばる中、セリウス殿下が茫然とした表情で床に膝をついた。
そのつるんとした頬を指で突いて『ビックリした?ねぇ、ねぇ、今どんな気持ち?』って言いたいが、我慢。
私自身は魔法で隠れている。種明かしはアリスト殿下がしてくれるはずで…。
たまたま側にいた令嬢の絶叫が響いた。あ、そうなるか。
そしてバタバタと気絶する乙女達。あ、男の子も混ざっている。
あっという間に阿鼻叫喚の地獄絵図となった。
ちょっとやりすぎたか?でも、セリウス殿下を騙すためにはこれくらい…と、視線を移して心臓が本当に止まるかと思った。
卒業パーティだから帯剣してはいない。が、王子として懐剣は肌身離さず持っている。美しい装飾の剣だが、実用性も高い。それを取り出したと思ったら、自分の喉めがけて…。
止めた。
そりゃ、止めるに決まっている。魔力を飛ばして剣を弾き、背後から闇魔法で捕らえた。
「離せ!」
「死んではいけません!」
「死なせてくれ!キャメロットが……、キャメロットの側に行かなくては!まだ何も伝えていない!」
「婚約破棄のことなら承知しています」
「そんなこと……」
セリウス殿下が振り返る。信じられない…とばかりに呆けた顔をしている。
生きててゴメーン。
「新しい婚約者はジュリアーナ嬢ですか?誰でもいいですが、次はもう少し相手に向き合ったほうがいいですよ」
護衛の騎士達を連れたアリスト殿下がやってきた。
隠れているはずの私に首を傾げる。
「キャリー、予定は変更したの?」
「それが…、予想以上の阿鼻叫喚で……、想定外のこともありました。すみません」
辺りを見渡して、苦笑する。
「まずはそのリアルな血肉を片付けようか」
「あ、それは私が」
闇で包み込み、回収する。
アリスト殿下は騎士達、そしてホールの給仕や教員達に指示を出し場の収束を図った。幸い?爆死騒ぎを直接見ていた人達は少ない。悲鳴と気絶は連鎖的なもの?
心の中で平謝りながら、アリスト殿下達とともに王城へと向かった。
婚約者だったので何度も来ている王城。話し合いというか、口裏合わせは小さめのサロンで行われた。
事件については聞かれない限り、何もなかった。で、押し通す。本当は関係者全員に謝って回りたいところだが、それをやると収拾がつかなくなると言われ断念した。
ちなみに参加者はセリウス殿下、カレリア、そして会場の警備責任者とセリウス殿下。
セリウス殿下はまだボーッとしていた。
大丈夫かな。
私が死んだら喜ぶかと思っていたのに、意外と繊細だ。ちなみに喜んでいたら、残念でした、生きてマスー。と、登場するつもりだった。
「今回は特別に許しますし協力もしますが、ほんと、カンベンしてくださいね」
警備責任者に怒られて、すみません…と謝る。
「思っていた以上に破壊力があったようで…」
「キャメロット嬢もセリウス殿下の妃となられるのですから、もっと落ち着きをもっていただかないと」
「いえ、婚約は破棄されるので…」
それまでぼんやりとしていたセリウス殿下がクワッと目を見開いた。怖いって。
「婚約破棄ですわよね?十二歳で婚約者になってから六年間、会話どころか挨拶さえ交わしたこともないのですから。婚約破棄によって受ける不名誉な噂は覚悟しておりますし、この先の長い年月をセリウス殿下と過ごすよりはましです。一時の不自由だと思い受け入れますわ」
「………そんなにオレとの結婚は嫌なのか?」
「嫌に決まっています。挨拶もしない。目も合わせない。横にいることさえ避ける。あら、婚約者になって初めてですね、こんなに長くお話しているのは」
コロコロと笑う。
「婚約者でないほうがお話、弾むかもしれませんわね。弾んだとしても今後は一切、お断りですが」
セリウス殿下はぐぬぬ…となって。
いきなり床に膝をついて、それはもう完璧な土下座を披露した。
「すまなかった!」
「それは何に対しての謝罪ですか?」
「………キャメロット嬢に対する態度が悪かったことを謝罪する」
「いえいえ、結構ですよ。それほど嫌いだったのでしょう?生理的に受け付けないってヤツはわかります。この黒髪に黒眼、そして闇魔法。嫌悪されることには慣れておりま…」
「違うっ!」
強く否定された。
「そ、そうではなく…、お、思っていた以上に美しく、聡明で……、しかも優秀な成績と聞き、気後れしたのだっ」
この男は…、ふざけているのだろうか。
アリスト殿下が『あちゃー』といった感じでこめかみの辺りを押さえ、カレリアは『やれやれ』と呆れたように肩をすくめた。そしてこの中では恐らく十歳ほどは年上に見える警備責任者さんは『子供か…』と呟いた。
床に正座させた。体育会系の体罰は好まないが、今回はまず正座でもしてもらわないと収まらない。
「吐け。洗いざらい、全部、吐け。許すかどうかはそれからだ」
正座するセリウス殿下の前で私は椅子に座り腕組みしていた。ちなみに人払いはしてある。さすがにこんな情けない姿を他人には見せられない。
セリウス殿下の足が痺れ、立てなくなる程度の時間を使ってこれまでの話を聞きだした。
なんだよ、美人すぎてひるんだって、う、嬉しくなんかないんだからねっ。
「たまたま授業で隣の席になったジュリアーナ嬢にキャメロット嬢の事を聞かれ…」
『は?婚約者が美人で賢くて魔力も高くて、でも控えめな性格でまるで月の妖精のようで声がかけられないって、アホかっ。女はねぇ、放っておかれたら離れていくものなのっ。六年間も放っておくとか最低。何?陰から見てた?尚、悪いわっ、気持ち悪いっつーの、どん引きだわ』
うん…、ジュリアーナは庶民だったけど光の魔力を認められて男爵家の養女になったんだよね、それにしても口が悪いゾ☆
「それで…、兄上も結婚が決まったことだし、今日こそはと思って…、声を……」
涙声になり、グス…と泣いてしまった。
「キャ、キャメロットが………、し、死んだかと思って………」
「あ~…、それは、ほんと、ごめんなさい」
首を横に振る。
「オレが、悪かった…。い、嫌なら、婚約破棄も受け入れる…。し、死なれる、くらいなら…、我慢、する……」
えぐえぐ泣きながら言われた。
なんだ、これ。
ちょっと可愛く見えてきたぞ。美形は得だな。
「あのぉ…、ですね」
そもそも会話らしい会話もしたことがない。お互い顔と名前を知っているだけで、性格も趣味もわからない。
「政略結婚も仕方ないとは思っていましたが、できれば仲良くできそうな人と結婚したいのです」
「………好きな、男が、いる…のか?」
「いません。そんな暇、ありませんでした。私が成績優秀なのは、それに見合った時間を費やしていたからです。で、仲良くしても許される唯一の異性は目も合わせてくれないのですから、恋をする暇などありません」
「………どう、すれば?」
「どうしたい、ですか?」
セリウス殿下はごしごしと涙をぬぐってから、改めて私の前に跪いた。そっと手を取られる。
「誰よりも貴女を愛し、大切にし、一生をかけて尽くします。私と結婚してください」
私は微笑んで『結婚は早いです』と答える。
「でも、婚約者としてやり直してみましょう。せっかく練習したので夜会でダンスを踊ってみたいです」
セリウス殿下はショック療法?のせいか人が変わったように物腰が柔らかくなった。
私の目を見て会話をし、エスコートも完璧だ。
さらに私生活も変わったとのことで、今更ながら剣術の稽古に励み、暇があれば図書館で知識を詰め込んでいるとのこと。投げやりだった言動が改善され、従者にも優しくなったとか。
いきなり真面目になった殿下に周囲は何があったのかと首を傾げているそうだが、真実はとても教えられない。
うん…、結果的に良い方向に転がったけど、爆死はやりすぎたかなって反省している。準備しているうちに本格的になってしまったのだが、どこで聞きつけたのか魔法師団から技術提供の依頼があった。何に使う気だ…?
ちなみに両親にはバレてめちゃくちゃ怒られた上、一カ月間、おやつ抜きとなった。甘いようだが、何が一番辛いと感じるかを熟知した恐ろしい罰だ。
王城に行ってもお菓子を出してもらえずしょんぼりしていたら、セリウス殿下が『内緒だよ』とチョコレートをくれた。
初めてきゅんとした。
結婚したいと思えるほど好きになれるかはわからない。
でも…、今のセリウス殿下は嫌じゃない。
「キャメロットは本当にお菓子が好きなのだね」
「食い意地がはっているのです。どうにもお菓子には我慢ができず…」
「いい事を教えてもらった。キャメロットの可愛らしい姿を見たいと思ったら、お菓子を用意しておけばいいんだな」
なんて。嫌じゃないけど。
あまい笑顔と言葉にそのうち本当に爆死させられるのではないかと、ちょっと本気で困ってしまった。
閲覧ありがとうございました。事情により誤字報告は受け付けておりません。スルースキルでご容赦ください、すみません。