婚約破棄のあとはスローライフを
「マリア。君では王太子の妻は務まらない。よって、婚約破棄とする」
公爵令嬢マリアは王太子ラルフに婚約破棄を言い渡された。
訳がわからぬままマリアは身分を剥奪され、田舎へと追いやられた。
「なんなんですの!? ここは!」
畑と牧場しかない辺境の地は、きらびやかな宝飾店も流行りの服飾店も話題の菓子店もない。
ただ、空気は澄み、水もきれいで、食べ物は美味しかった。
一ヶ月もすれば田舎の生活には慣れた。
日の出とともにベッドから抜け出し、身支度を整える。
服を着替え顔を洗い髪を梳くのはもう自分でできる。今は料理や洗濯、掃除を習っている。いずれは庭の畑の手入れもしたい。
体を締め付けるコルセットもなく、簡単に着られるワンピースに袖を通し、階下に降りる。
朝食の準備は、お手伝いのリルが済ませていた。マリアは昼食を作ることになっている。
「お早うございます。早起きにもずいぶんなれましたね。顔色もよくなりましたよ」
マリアの母よりも十ほど年上のリルはおっとりと言った。マリアの頬に自然と笑みが浮かぶ。
「最近、調子がいいの」
リルとともに食卓に付き、朝食をいただく。出されたものはぺろりと平らげた。以前のマリアでは考えられない量だ。五倍は食べている。
「小鳥が食べる量から、ウサギが食べる量になりましたね。あと二倍は食べないと」
「朝からは無理よ。お昼なら、もう少し食べられそうだけど」
食べ終わると食器を片付け、洗濯をし、屋敷の掃除をする。
はじめは惨めになったものだが、労働は気持ちがいい。
公爵邸で働いていた使用人たちへの感謝で一杯になる。彼らは、この屋敷の十倍の広さを毎日維持していたのだ。
使用人への感謝がない横柄な態度が原因で婚約破棄をされたのかもしれない。
最近はそう思うようになっていた。
ラルフのことは今でも好きだが、未来の王妃としては相応しくなかったのだろう。
このまま田舎に骨を埋めるのは、案外性にあっている。
午後のお茶の時間、珍しく客人が訪ねてきた。リルがお茶をいれているので、マリアが出る。ティーカップが三組並べられているのが、少し不思議だったが、疑問がすぐに解消される。
扉の外に立っていたのは、ラルフだった。
労働階級の男のように髪を短く刈っている。
手には花束をもっていた。
ラルフは膝を付き、こう告げた。
「身分も何もない男ですが、どうか私と結婚してください」
「はい」
すべてを理解したマリアは、今までで一番美しい笑顔を見せた。
字数制限のため、婚約破棄の本当の理由は直接的には書ききれませんでした。
マリアの顔色がよくなったことや、よく食べるようになったことから察していただけると幸いです。