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第九話 尾張徳川家御犬様騒動

 ご隠居の家に行く。御隠居のいる座敷に上がってことの次第を説明する。

「御隠居、ちと事態の雲行きが怪しくなってきやした」

 御隠居は憂慮した顔をする。

「どうしたんでえ、なにがあったんでえ」


「へえ、山里ですが、今はお犬番といって中納言(徳川宗春)様の大事にしている犬の世話をしているのですが、山里が犬を逃がしてしまいやした」

 御隠居は不安そうな顔をして腕組みする。

「なんだって? それは、犬が戻らないと大変(てえへん)な事態になるぞ」


「さらに悪い状況に、犬の行き先が、妖怪たちの住む地下御殿でさあ」

 御隠居は眉を(ひそ)めて語る。

「犬が逃げた先が地下御殿なら簡単には探しには行けん。まずいな、このまま犬が戻らない展開になれば、切腹が本当の話になるかもしれん」


「あっしは夜に鮨を売りに行く当てがあるので、妖怪たちに聞いてみますが、どうなるか、わかりやせん」

「無事に犬が戻ってくるといいんだが」


 虎之助は一眠りする。夜になると、天秤棒にコハダ鮨の入った桶を引っ掛けて地下御殿に降りる。

「コハダー、鮨」と叫んで歩くと、胡蝶と赤鬼と青鬼が現れた。

 胡蝶は機嫌よく話し出す。

「来たね。鮨屋さん。今日も鮨はコハダかい」


「へい、全てコハダ鮨で八十貫ありやす」

「よし、全部もらうおうか」

 胡蝶、赤鬼、青鬼が「不味い、不味い」と言いながらコハダ鮨を食べる。


「胡蝶さん、ちょっとお話があるんだけど、いいけえ。今日の昼に、この地下御殿に中納言様の犬が逃げ込んだらしんだが、知らねえけえ」

 胡蝶はつんとした表情で命じる。

「教えてほしけりゃ、(ネタ)の代金をよこしな」

「なら、酒一合タダでどうでえ。赤鬼と青鬼さんにも一合タダで飲ませてやるよ」


 三人が酒を飲み終わると、胡蝶が得意げな顔で答える。

「よし、それなら教えよう。私はそんな犬は知らないよ」

「なんだって、馬鹿にしやがって」


 虎之助を赤鬼が宥める。

「まあまあ、こうしてタダで一合を飲ませて貰ったんだ。酒代の分は教えるよ。おそらく犬は弁財入道が預かっている」


 青鬼も頷いて教える。

「弁財入道ってのは、この一角を仕切る妖怪の親分さ。価値がわかるまでは自分の手元においておきたがるから、犬が弁財入道の屋敷にいる可能性は充分に高い」


 胡蝶が不機嫌な面で説諭(せつゆ)する。

「ちょっと、人間に弁財入道のことを教えちゃ駄目だよ。そんなことして、虎之助が弁財入道の屋敷に乗り込んだら、食われちまう。そしたら、鮨が喰えなくなるだろう」

「弁財入道って妖怪は、そんなに強えのけえ」


 胡蝶は冷たい顔で教える。

「ああ、あんたじゃ、相手にならないね。その取り巻き連中にさえ、敵うかどうか」

「別に力づくで、弁財入道から犬を奪おうとは思わねえ。どうにか犬を取り戻す方法は、ねえもんかね」


 胡蝶が自信のある顔で提案した。

「よし、わかった。なら、明日はコハダ鮨を今日の三倍、持っておいで。そうしたら、弁財入道から犬を返してもらえるように合力するよ」

 胡蝶から約束を取り付けると、虎之助は長屋に帰った。


 朝に魚売りの売り声で目をさました。

 表通りまで出ると、喜平が通るのが見えたので、声を掛ける。

「喜平さん、いいところに、コノシロを売ってほしい。いつもの三倍の量だ」


 喜平は残念そうな顔をする。

「おっと、虎之助さん。今日はコノシロが全く揚がっちゃいねえ。まるで、コノシロの群れがどこかに行っちまったようだ」

「そりゃ、まずいな。どうにか、ならねえけえ」


 喜平はそれならばと提案した。

「魚の気持ちなんて、海にしかわかりゃねえよ。こればかりや魚屋にはどうにもならないね。ただ、今日はコノシロに替わってキスが大量に揚がっている。キスなら大量に手に入るぜ」

「キスの鮨かい。美味いのかねえ」


「好みによるが、キスは天婦羅で喰うのが美味いぜ。大樹様(将軍のこと)も毎日喰っているって話だ」

「わかった、ならキスを大量にほしい。今日は天婦羅の屋台を出す」


 喜平は威勢よく請け負ってくれた。

「なら、仲間にも声をかけてやるよ」

 その日、虎之助は二百を超えるキスを仕入れる。仕入れたキスを夕方までに捌いて、湯で締めてから塩をふっておく。キスの下ごしらえが済むと桶に入れる。


 借りた天婦羅の屋台と桶を担いで、二回に分けて、尾張上屋敷まで運ぶ。

 地下御殿に降りて行き、天婦羅屋の屋台を出すと胡蝶がやってくる。

 胡蝶は天婦羅の屋台を見ると澄ました顔で告げる。

「これは、コノシロではないね。これはキスだね。しかも、この匂いは菜種油の匂い」

「今日はコノシロが上がらなかった。代わりにキスが大量にあがったから、天婦羅の屋台にしやした。キスは嫌いけえ?」


「あんな縁起の悪い下魚と拒絶したいところだが、せっかく用意したのなら付き合ってやろう」

 虎之助は火を熾して、キスに衣を着けて揚げる。

 辺りに、シュウシュウとよい音と香が漂うと、鬼や妖怪が三人ばかし寄ってくる。

 鬼が尋ねる。

「こいつはいくらだい?」


「おっと、こいつは全部、胡蝶さんの分だ。欲しけりゃ胡蝶さんに許可を貰ってくれ」

 胡蝶はどんと構えて言い放つ。

「いいよ。今日はわたしの奢りだ。どんどん食べていきな」

 揚げた傍から天婦羅がなくなる。そのうち、妖怪が一人、また、一人とやってくる。


 一回目のキスがなくなると、胡蝶が文句を垂れる。

「ちょっと、昨日、三倍は持ってこいって釘を刺しただろう。これじゃあ、三倍はないね」

「おう、まだ、キスの入った桶は上に用意してあるんでえ、今すぐ持ってくらあ」


 地上に戻って、キスの入った桶を天秤棒で運ぶと妖怪たちから歓声が沸く。

 キスをどんどん揚げていくと、もってきた酒を勝手に飲み出す妖怪が現れた。

「おいおい、酒は有料だよ」というと、酒を升に注いだ妖怪が固まる。

「いいだろう。酒もタダにしな」と胡蝶が言い張る。


「しゃあねえなあ。いいぜ、酒もタダだ。でも一人、一杯までにしておけ」

 そうして、酒をただで振る舞い、天婦羅も無料で食わせる。集まってくる妖怪の数は三十を超えた。後から来る妖怪は何らかのつまみか酒を持ってくるので、ちょっとした宴会のようになった。

 キスが全てなくなり、酒をなくなったので、胡蝶に確認する。

「これで、犬を取り返すのに合力してくれるんだろう」


 胡蝶が思案する顔で躊躇う。

「でも、約束はコノシロだったからねえ」

「なんだと、俺を騙しやがったのか」

 胡蝶はあさっての方向を見てキセルを吹かす。


 虎之助は胡蝶の前に進もうとすると、酔った鬼が間に入る。

「なんだ、やるのかてめえ」と啖呵を切ると、「おう」と鬼が返す。

 突如として始まった鬼と虎之助の喧嘩に妖怪が沸く。

 鬼を倒すと、茶釜の妖怪が襲ってくる。茶釜の妖怪を倒すと、土瓶の妖怪が襲いくる。だが、虎之助は襲い来る妖怪を次々と投げ飛ばす。


 虎之助は鬼や妖怪を相手に大立ち周りをした。えいやえいやと投げ飛ばす。

 そのうち、誰も懸かってこなくなると、胡蝶が感心した顔で告げる。

「あんた、人間にしてはなかなかやるね。見直した。犬を取り返すのに合力しようじゃないか」


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