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第四十五話 帰らない客(前編)

 朝に家に帰ってきて、お初が戻ってくるのを待つ。

 お初が戻ってくると、頼む。

「ちょいと頼みがあるんだが、いいけえ。疫病神を見る方法ってあるけえ」

 お初の表情は、(かんば)しくない。

「疫病神に会うの? あまりいい気はしないわね」


「でも、会わねえことには鷹の病気が止められねえ」

「いいわ。疫病神が見える札を書いてあげるわ」


 お初に札を書いてもらい、懐に入れる。

 御隠居に鷹小屋の場所を聞き、引合状を書いてもらった。

 鷹匠組頭の鏑木の屋敷は日暮里にあった。

 翌朝に出て、日暮里村の御鷹屋敷まで足を伸ばす。


 鏑木の屋敷を尋ねるとすぐにわかった。鏑木の屋敷は大きな武家屋敷だった。

「ごめんくだせえ、薬問屋の尾張屋の使いで来やした。虎之助と申しやす。こちらは、鏑木彦左衛門様のお屋敷でしょうか」

 門番の下男が出てくる。

「確かにここが、鏑木彦左衛門様の屋敷じゃが、何用じゃ」


「まず、これをお読みくだせえ、新庄宗右衛門様からの引合状でさあ」

「しばし、待っていてください」と下男は虎之助に頼む。

 下男は屋敷に入り、少しの後に一人の若い侍を連れて戻ってきた。


 侍は茶筅髷を結い、灰色の着物を着て羽織っていた。

(鏑木様にしては若えから、御家来衆の一人ってところか)

 侍は渋い顔で告げる。

「鏑木様は手紙を読み、床下を調べる許可を出しました。存分に調べてください。でも、まさか、床下の虫が原因で鷹や鶏が病気になるなんて思もいもよりませんでした」


「それは床下の土を調べればわかるそうで、ちょいと床下に入らせてもらいやす。虫の種類がわからねえと、薬も処方ができないんで」

 虎之助は這い(つくば)って屋敷の床下を確認する。鏑木の屋敷は二百坪あり、床下は暗い。

 虎之助はあっちを擦り、こっちをぶつけながら、汗だくになって床下を捜索する。


 すると、床下の中央には、ぼろぼろの灰色の着物を着て、赤い褌を締めた老いた男がいた。老人の身長は五尺(約百五十㎝)と低く、白髪の乱れ髪をして、無精髭(ぶしょうひげ)を生やしている。

 虎之助が近寄ると、老人は気怠(けだる)い顔を向けてくる。

「お主、儂が見えるのか?」

「へい、しかと見えやす。お宅様は疫病神様とお見受けしますが、間違いありやせんか?」


 老人は尊大ぶって答える。

「いかにも、儂は疫病神じゃ。だが、何用じゃ」

「すいやせんが、この日暮里の地から立ち退いてもらうわけにはいきやせんか」


 疫病神はむすっとした顔で拒否する。

「いやじゃ。ここは居心地がよい。まだしばらくはここにおる」

「なら、どうでしょう。立ち退いていただけたらお礼をしやす」


「お礼などと甘言(かんげん)(ろう)して、追い出する気じゃろう。その手には乗らんぞ」

 疫病神はぷいと横を向いた。

(相手は貧相に見えても神様だ。怒らすと危険だ。力尽くも止めたほうがいいと、妖怪の御隠居に忠告されているからな)

「わかりやした。今日のところは、引き下がりやす」


「何度、来ても同じじゃ。儂はしばらくここを動かん」

 床下から這い出ると、不安な顔をした侍が立っていた。

「どうです、虫が湧いていていましたか」

「帰って土を調べてみないとわかりませんが、これは虫がいそうでさあ。でも、安心してくだせえ。尾張屋にはいい虫殺しがあるんでさあ。虫殺しを撒けば退治できるかもしれやせん。そう鏑木様にお伝えくだせえ」


 侍が弱った顔で頼む。

「なら、早目に頼みますよ。鷹狩りができなくなれば家の存続に関わります」

 虎之助は帰ってひと風呂を浴びてから、お初の家に行って相談する。

「いたぜ、疫病神が。だが、全然、動きたがらねえ。何かいい方法がねえか」


 お初が知的な顔で教えてくれた。

「あるわよ。箒神(ほうきがみ)の力を借りるのよ。箒神には中々帰らない客を追い出す力があるわ。箒神の力は疫病神にも及ぶわ」

「よし、なら、福の神の時と同様に、俺に神様を降ろしてくれ」


 お初の表情が曇る。

「それは無理よ。箒神は今、眠っているわ。それをまず起こさないと」

「どこに眠っているんでえ」


「私も事情があって箒神を探しているんだけど、どこにいるか、わからないのよ。江戸のどこからしいけど、地上で探せる場所は全て探したわ」

「ってえと、あとは探していねえ場所は地下御殿けえ」


「そうなるけど、地下御殿は私たちじゃ探せないわ」

「よし、なら、あっしが眠れる箒神を起こして、疫病神をどかしてみせらあ」


 妖怪の助けを借りるなら、ご馳走を振舞って尋ねるに限る。

 虎之助は味噌田楽を仕込んで屋台を出す。虎之助が売る味噌田楽は二串一文。

 価格を安く設定したので、よく売れた。

「箒神ってどこにいるか知っているけえ」と味噌田楽を売りながら尋ねる。


 すると、弁財入道の屋敷で働く、女中狐が知っていた。

「箒神だろう。知っているよ。弁財入道のお屋敷で寝たきりだね」

「なんでえ。体の加減が悪いのけえ?」


 女中狐が困った顔して語る。

「そうじゃないよ。なんでも、箒神は『雄鳥が鳴いたら起こしてくれ』って頼んで寝たんだけどね。ここには雄鳥がいないだろう。そしたら、起きなくなっちまったのさ」

「なら、どこかで雄鳥を探してきて声を聞かせてやればいいだろう」


「それが駄目だったのさ。並の雄鳥じゃあ無理なのさ」

「贅沢な神様だな。なら、どうするつもりでえ」


「どうもできないよ。だから、いつまでも帰ってくれなくて困っちまっている」

(こっちも帰ってくれねえ神様に困っているのけえ、どうにかできねえだろうか)

 虎之助が考え込んでいると、女中狐が告げる。

「それは、そうと、お前さん。逆麻呂さんが上方から来ているよ。なんでも、前回の報酬を払いたいとか」


「そうか、なら、ちょいと屋敷に行ってくらあ」


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