第四十話 身請けの真相
翌日、朝日と共に起きて、身だしなみを調える。損料屋から長脇差を借りて腰に差し、近江屋に行った。
近江屋で茶会の裏方を仕切っていた番頭を呼んできてもらう。
「おはようごぜえやす。今日は大事なお話があってきやした。忠右衛門の旦那の安全についてです。忠右衛門の旦那は狙われておりやす。あっしを用心棒として側に置いてくだせえ」
番頭は胡散臭そうに虎之助を見る。
「用心棒の売り込みなら、間に合っているよ。もう、木村殿に決まった」
「なら、二人目は、どうでしょう。あっしは、こう見えても力に自信がありやす」
番頭は冷たい態度で拒否した。
「駄目、駄目。刀を持っているようだけど、まるで様になっていないよ。斬り合いに慣れているようにも見えないよ。素性が知れない奴は、一人で充分さ。さあ、商売の邪魔だ。帰った、帰った」
虎之助は追い払われた。
(こうなりゃ、陰ながら見守るしかねえか)
虎之助は夕方まで家で暮六ツ(約十九時三十分)まで休む。
店が閉まった頃を見計らって、近江屋の前を見張る。向こうの通りから綺麗に着飾った身長五尺(約百五十㎝)の女性が、提灯を持った男たちに囲まれてやってきた。
(あれが、身請けされた海桜だろうか)
海桜と一行が近江屋の戸を叩くと戸が開く。
一行と番頭が何やら話すと、海桜は近江屋に入った。
海桜を送ってきた一行は帰って行った。
(何でえ、須藤の襲撃はなしか。いや、まだか、夜に押し込んでって可能性も少しはあるな。夜四ツまでは用心だ)
黙って隠れていると、夜五ツ半(約二十一時三十分)頃、店の戸が開いた。
すると、旅支度をした女と提灯を持った武士、それに忠右衛門が出てくる。
武士の姿を見て、虎之助は、ぎょっとした。
武士は茶筅髷を結い、顔に十字の傷があった。
(まさか、須藤が木村と名乗って、近江屋に入り込んでいたのか。このままじゃ、忠右衛門の旦那と海桜が危ねえ)
虎之助は飛び出して叫んだ。
「危ねえ、忠右衛門の旦那。そいつは刺客だ」
虎之助の言葉を聞いた武士は刀を抜くと、忠右衛門と海桜を庇うように前に出た。
(あれ、忠右衛門の旦那を切るんじゃなくて庇いやがる、だと)
虎之助が戸惑うと、忠右衛門が落ち着いた態度で告げる。
「須藤さん、いいから、お行き。あとは私が何とかするから」
須藤は刀を納め、忠右衛門に頭を下げる。須藤は女性の手を引いて闇に消えていった。
虎之助は、わけがわからないので、忠右衛門に尋ねた。
「これは、いってえどういうこって?」
「まあ、とりあえず中へ」と忠右衛門は虎之助を店の中に入れた。
上がり框に腰掛けると、忠右衛門は柔らかい表情で話し出した。
「今、逃げた人物は私を殺しに来た名目になっている須藤さんと、私が身請けした芸者の海桜だよ」
「何ですって、刺客と身請けした女が一緒に夜逃げしたんですけえ。しかも、それを見送ったのが忠右衛門の旦那って、どういう話ですか」
忠右衛門がしんみりした態度で教えてくれた。
「須藤さんはねえ、昔、海桜と一緒になる計画があったんだよ、でも、海桜の実家の都合で、海桜は自から進んで、吉原に売られたんだよ」
「何と、須藤と海桜に縁があったんですけえ。これは予想外でした」
忠右衛門は、うんうんと頷きながら語る。
「そう、それで、須藤さんは最初、私に会った時にね、海桜を身請けしたいから命を買ってくれ、って売り込みにきたんだよ」
「命を買ってくれとは、須藤も思い切った手立てを考えましたね」
忠右衛門の表情が少しばかり曇った。
「それで、私はちょいと、いや、かなり危険で難儀な仕事を頼んだ。それこそ、値千金の仕事さ。だが、須藤さんは、やり遂げて帰ってきた」
「なら、海桜は、その報酬ですかい」
「浪人が身請けするために多額の金子を持ち込めば、置屋が下手に勘ぐって値上げしてきたり、拒絶したりするかもしれない。だから、私が身請けすることにした。だけど、身請けすれば、月読や星姫から無用の恨みを買う。そこで一つ芝居を打つ必要があった」
話がだんだんと見えてきた。
「忠右衛門の旦那と繋がっている須藤が闇討ちの話を引き受ける。これで、忠右衛門の旦那の身の安全を押さえる。仕上げに、須藤に海桜を攫わせる形をとって、月読と星姫の恨みを晴らさせたわけですかい」
忠右衛門は乾いた笑いを浮かべる。
「そうだよ。飲み込みが早いね。家の手代にしたいくらいだ」
「冗談はさておき、それで、忠右衛門の旦那は、いいんですかい。身請けした女を、その日の内に横から攫われた馬鹿な男と、噂されますよ」
忠右衛門は微笑んで語る。
「いいんだよ。人の口には戸は立てられない。だが、評判は金で買える。金で買えるものなら、失っても惜しくはないんだよ。世の中はね、金で買えないものが大事なんだよ。これは飽くほどに儲けた人間が行き着いた心境だよ」
「確かに、ここで笑って須藤を許す。そんで、前に以上に豪遊すれば、海桜の千両なんて近江屋にとっては屁みたいものとなりましょうね」
「そういう話だよ。さあ、わかったら、お帰り。夜が更けると、木戸が閉まるよ」
「へい、なら気分よく帰らせてもらいやす」
翌朝、ご隠居にことの次第を報告する。
御隠居が腕組みして感服した顔をする
「近江屋さん、太っ腹なことをしたね」
「俺もそう思いやすが、それが金の使い道だと思ったんでしょう」
「でも、これで、忠右衛門さんに危害が及ばない情態だとわかった。虎之助ご苦労だったね」
御隠居は巾着から一両を出して虎之助に渡した。
虎之助は正直に心境を語った。
「終わって見れば憂慮しただけ損って話ですが、今回は、これでほっとしやした」




