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第三十九話 身請けの話題

 翌日、日和下駄を手拭で磨いて、袋に入れて近江屋に行った。

「ごめんください。先日、茶会で下男をしていたものです。月読さんの物と思われる日和下駄を見つけやした」


 茶会を裏で仕切っていた番頭が出てくる。

「これは、正に月読さんの日和下駄。どこにあったんでえ?」

「へえ、河原にありやした」


「また、変わった場所にあったね。でも、見つかってよかった。手間賃を払うから、月読さんの置屋の鶴亀屋まで、届けてきちゃくれないか」

「手間賃を貰えるのでしたら、喜んで」


 番頭は銭の二緡を払ってくれた。新吉原の置屋の鶴亀屋まで行く。

 置屋の女将に、日和下駄を見せる。

「近江屋さんからの使いです。月読さんの日和下駄が見つかったので、お持ちしました」


 女将は、にこにこ顔で告げる。

「それは、月読も喜ぶことでしょう。ありがとうございます」

 女将の言葉は丁寧だが、どこか険があった。


 家に帰って、夜の商売の準備をしていた。

 恐屋がふらりと長屋に現れた。

「虎之助さん、こんにちは。いつぞやの噺の秘訣の払いが、まだだったろう。払いに来たよ。あと土産に、伊勢屋の饅頭も買ってきたよ」

「そいつは、すまねえな。なら、茶を淹れるから、一緒に喰っていくけえ」


 恐屋を家に上げて、茶を振舞う。

「いやあ、それにしても、近江屋さんの茶会が見事だったねえ」

「そういえば、恐屋さん、茶会の前の出し物でめでてえ噺をやっていましたねえ。めでてえ噺も、受けていやしたぜ」


 恐屋がちょいとばかし照れる。

「そうだよ。花菱のお師匠さんから、いざというときのために、めでてえ話を教えてもらって、大助かりさ。ほら、これがその時に貰った金子だよ。これで払うよ」

 恐屋が巾着から一両を取り出した。虎之助は釣りをいくらか出そうとする。

 恐屋がやんわりと拒絶する。


「いいよ。釣りなんて要らないよ。釣りなんか貰ったら、有難味が減るよ。どうしてもっていうなら、今度、花菱のお師匠さんに会う時に、何か土産を買っていっておくれよ」

「わかりやした。なら、一両、しかといただきやす」


 恐屋が茶会を思い出しながら顔を(ほころ)ばせる。

「でも、さすが札差だねえ。私にも仕出し弁当が当ったんだけど、美味かったね」

「そうですか。それはよかった。ところで、一つ、いいですか。月読と星姫ですが。どっちが近江屋に贔屓(ひいき)にされているんですかね?」


「意外と下世話な話題を聞くね。でも、下世話な話題ほど楽しいってもんだ。月読と星姫どっちが忠右衛門の旦那の気を()けるか、色里でも、話題らしいね」

「てえと、どっちが勝つかわからねえ、と?」


 恐屋は小首を傾げて楽しそうに語る。

「こればかりは、わからないねえ。全ては忠右衛門の旦那の胸一つだよ。でも、近々、月読か星姫、どちらかを八百両で身請けするんじゃないかって話だよ」

「八百両ですか。そいつは大金だ」


 恐屋は半笑いの顔で指摘する。

「ちょっと、忠右衛門の旦那は札差だよ。そんな、八百両なんて金、大した金額じゃねえさ。その気になれば、千六百両を用意して、両方を身請けだってできる」

「札差なら可能でしょうね。なら、二人を身請けですか」


 恐屋は「いやあ」と首を傾げる。

「両方を身請けは、できないだろううね。女たちにも、女たちの意地がある。両手に華どころか虻蜂とらずになっちまうよ」

(金持ちの心も、女心も、よくわからねえや)


 六日後、家で休んでいると、御隠居がやってくる。御隠居は真面目な顔で頼む

「虎之助かい、ちょっと仕事を頼みたい。家まで来てくれるかい」

「わかりやして、すぐに行きます」


 御隠居の家に行って座敷に上がる。

 御隠居はお茶を前に話を始め、改まった顔で切り出した。

「時に、虎之助は近江屋の忠右衛門が月読と星姫どちらかを身請けしようとしている話は知っているかい?」

「へえ、世間話程度には聞きました。だが、どっちを身請けするかは不明とのことで」


 御隠居が苦い顔で告げる。

「それが、結果が出たんだよ。忠右衛門が身請けした芸者は月読でも星姫でもなく海桜だったんだよ。忠右衛門が千両で海桜を身請けするって決まったんだよ」

(第三の女がいたとはねえ。忠右衛門の旦那も、なかなかやるねえ)

「人の噂とは、当てにならないものですね。まさか蚊帳の外だった人物ですか」


 御隠居が曇った顔で弱った調子で語る

「そうなんだよ。それで、月読も星姫も振られて、かんかんらしい」

「まあ、そうなりますねえ」


 御隠居がお茶を非常に苦そうに飲む。

「そこでね。月読と星姫が復讐のために、一人の浪人を雇ったとの話だよ」

(そいつはやり過ぎだ、浪人なんか雇ったら血が流れる)


「忠右衛門の旦那を斬ろうって話ですか。そいつは、いけねえ」

「話はそう簡単じゃねえんだ。忠右衛門も危険を感じて、浪人を雇ったって話だ」


「なんだか、血生臭い話になってきましたね」

 御隠居は弱った顔で打ち明けた。

「だろう。最悪、町の真ん真ん中で斬り合いにでもなれば大事(おおごと)だよ。それで、この争いを、どうにか止められないかと、相談を受けたんだよ」


「それは、誰からの依頼ですか」

「相談を受けたのは、私の息子の徳之丞からだよ。だけど。本当の依頼人はもっと別にいるらしい。そうなると、わかり(づら)いから、虎之助の依頼人は、私にしておいておくれ」


「わかりやした。御隠居の依頼なら本当の依頼人は誰かとか、これ以上、詳しくは聞きません。どうにか、(いさか)いを止められるように、努力してみます」

「頼むよ。色恋沙汰が刃物沙汰になれば、どちらにとっても、いい結末には、ならないからね」


 虎之助は星姫や月読に会って直々に話を訊こうとして、金と銭を持って置屋に行った。

 置屋の女将は虎之助の身なりを見ると胡散臭(うさんくさ)そうに見る。

「星姫か月読、できれば両方、無理なら、どっちらからを座敷に呼んで遊びたいんでえ」

「家は一見(いちげん)さんお断りだよ」と女将さんは険しい顔で拒否した。


 しかたなく、裏口から出てきた下男に声を懸ける。

 銭の一緡を握らせて訊く。

「なあ、月読か星姫が浪人を雇った話を詳しく聞きてえんだが」

 下男は銭を懐にしまうと、素っ気ない態度で答える。

「そんなの、嘘だよ」


 下男は逃げるようにして、店に入っていった。

(思ったより、置屋側の守りは堅いねえ)

 虎之助は夜になるとコハダ鮨を持って、地下御殿に下りて行く。

 地下御殿で鮨をタダで配って妖怪たちに訊く。

「最近、地下御殿に来た妖怪。それで、元人間の持ち物だった妖怪って知っているけえ」

(月読や星姫が忠右衛門を嫌ったのなら、忠右衛門から貰った持ち物を大量に捨てたはず。捨てていたら、妖怪化したやつがいるはずだ)


 すると、三毛猫の妖怪が答える。

「もしかすると、付喪神の満月のことけえ」

「そう、そいつだ。そいつに話を聞きたいが、どこに行ったら会える」

 三毛猫の妖怪は満月が住む長屋に案内してくれた。


「満月さん、ごめんよ。俺だ、虎之助だ」

 腰高障子が開いて、満月が顔を出す。満月の顔は暗かった。

「辛い話を訊くようで悪いが、少々話に付き合ってくれ」


 満月は部屋の中に入れてくれた。

「月読と星姫が浪人を雇って話は本当か?」

 満月は悲しげな顔で語る。

「本当よ。月読と星姫は忠右衛門から貰った品を売り払って金子を作って浪人を雇ったわ。私はなぜか、買取りを拒否されて捨てられたの。きっと道具屋さんには、わかったのね、私が付喪神だって」


「そうか。それは痛ましいな。そんで、浪人は復讐のために雇われたのか」

「そうよ。浪人は須藤って名前だった。腕は立つみたい」

(まずいな、こりゃ。忠右衛門の旦那に危機が迫っているようだ)


「雇った浪人は一人か」

「うん、一人よ。須藤は、海桜もろとも忠右衛門を殺す、って話していたわ」

(こりゃあ大変(てえへん)だ。どうにか止めないと)


「え、そうなのけえ、こうしちゃおられない。急いで、どうにかしなきゃ」

 満月は素っ気ない態度で教えてくれた。

「須藤が殺すとしたら、明日の晩ね。身請けされた海桜が忠右衛門に会って、二人一緒の時が危ないわ」


「そうか、須藤の顔って、わかるか」

「茶筅髷を結った、右の頬に十字に刀傷がある男だったわ」


「わかった。(ねた)をありがとうな。必ず、復讐は止めてみせらあ」

 満月が沈んだ顔で漏らす。

「でも、月読さん、捨てられて、可哀想」


「なら、満月は殺しを止めてほしくないのけえ?」

「ううん、止めてほしい。私も、捨てられた日和下駄だから」

 満月の家を出ると、まだ夜四ツ前だったので、家に帰って眠る。


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