第三十七話 火事場騒動後始末
近くで半鐘の鳴る音が聞こえてきた。
誰かが暗闇を走ってくる音がする。
弥彦が柿崎を誘い込んだ音だと思ったが、足音は一つだった。
誰かが止まって刀を抜く。
ぼっの音の後、刀から炎が噴出す。炎に照らされたのは柿崎だった。
柿崎は、はあはあと荒い息をする。柿崎は炎が宿る刀の火で提灯を灯そうとしていた。
刀の炎で辺りが明るくなると、柿崎からも虎之助が見えた。
「見たな」と柿崎が鬼のような形相になる。
虎之助は半身に構える。柿崎が炎の宿る刀を上段に構えた。
虎之助は煙草が入った巾着を手にして投げつけた。
「えい、やっ」と柿崎が巾着を切る。
巾着が切れて、辺りに煙草が撒き散らされる。
刀の炎により煙草に着火して、煙草の匂いが立ち込める。
柿崎の刀が震えて、一頭の狐になった。狐は苦しみ、煙草の煙から逃げようとする。
狐は虎之助の反対方向に逃げようとした。だが、遠くから人間の集団が近づいてくる音を聞くと、狐は虎之助に向かってきた。
虎之助は狐を捕まえようとした。だが、狐は、すばしっこく股の間を通り抜けられた。
虎之助はすぐに反転して狐を追う。
狐が愛嬌稲荷の前を通り抜けようとした。すると、神社の鳥居から白い縄が伸びてきて、狐を捕縛する。
白い縄は狐を縛り上げる。何もない空間に狐が引きずり込まれて、消えた。
虎之助はそのまま走り抜けて柿崎を振り切った。
(よし、地下御殿で舞火を捕縛した)
虎之助は弥彦が来ないので、寺の物置を見に行く。
火傷を負った弥彦がいた。弥彦が苦しげに呻いていた
「ざまあねえな。狐にやられたぜ」
「待っていろ、今、医者に連れて行く」
弥彦を背負って医者の元に運んだ。弥彦の負った傷は重傷だった。
医者は「今日が峠でしょう」と口にした。
帰って眠っていると、昼に御隠居がやってくる。
「寝ているところ悪いが、ちと、儂の家に来てくれ。昨晩のことで話を聞きたい」
「へえ」と御隠居の家に行くと、村上が待っていた。
「昨日の出来事を率直に話してもらいたい。包み隠さずにだ」
弥彦が狐の仇討ちの対象にされ、狐を誘い込もうとして失敗して重傷。提灯をつけて現場に行こうとしいている柿崎と虎之助が遭遇。柿崎が狐の化けた炎を宿す刀を抜いたので、煙草で撃退。と、一連の流れを話した。
村上は渋い顔をして、虎之助の話を聞いていた。
虎之助が話し終えると、村上が渋面のまま訊く。
「つまり、一連の市谷での火事騒ぎは、狐に取り憑かれた柿崎のやった不始末。それで、狐は虎之助が撃退。逃げた狐は稲荷神の使いにより捕縛され、宙に消えたのだな」
「そうなりやす」と正直に申告すると、村上は困惑した顔でご隠居を一瞥する。
御隠居は真面目な顔で意見する。
「だから、申したでしょう。真相を聞いても受け入れ難い展開になる、と」
村上は困った顔で告げる。
「そうだな。虎之助が語ったのが、真相ならな」
「あっしは騙してはいやせんぜ」
「とりあえず、話はわかった。あとはこっちで捜査を進める。なお、この度の事件については、他言無用で願いたい」
村上は頭を悩ませながら帰って行った。
「御隠居、柿崎はどうなるんでしょうか、やはり市中引き回しのうえ、火炙りですか」
「どうだろうね。村上殿の話では、いやに柿崎が第一の発見者になるので、おかしいとの噂は内部ではあったそうだよ。だが、直接、柿崎が火を付けている現場を見た人間はおらぬ」
「弥彦が見ていたかもしれませんぜ」
御隠居が渋い顔で語る。
「でも、弥彦は嫌疑人だった男だよ。果たして弥彦の証言が信用できるかどうか。それに、火付けを取り締まる人間が火付けをしていたなんて、表沙汰にできねえだろう」
「なら、弥彦に罪を被せて終わりですか?」
「さあ、どう転ぶか、わからないね」
市谷の愛嬌稲荷に金一両の寄進をする。
夜に向け、稲荷鮨の準備をして、地下御殿の愛嬌稲荷に行く。
「舞火の一件では、お世話になりました。これは、ほんのお礼です」
捨丸は小狐に稲荷鮨を運ばせる。
「礼を言いに来ただけではないでしょう。何か他に目的がありますね」
「舞火の処分ですが、どうなりやすか」
捨丸は澄ました顔で教えてくれた。
「貴方にそんな話をする必要は、ありません。と、突っぱねてもいいのですが、気になるでしょうから教えてあげます。おそらく、舞火の処分は、地下御殿と江戸からの追放ですね」
「市中引き回しの上、火炙りって、前は聞きましたが」
「それは、舞火が火を付けた場合です。今回の一連の騒動を調べたところ、全て人間が火を付けていました。舞火は火を付けていません」
「でも、取り憑いて、やっていたんでしょう」
捨丸は真面目な顔で否定した。
「舞火は唆した行為は認めました。ですが、取り憑いてまでは、いませんでした」
「どう違うんでえ?」
「今回のようなケースでは、行為の主体がどちらにあったかが、問題になります。人間の場合は同罪ですが、妖怪ではわけが異なります。人間と妖怪どちらが火を付けたかで、刑の重さが、まるで違うんです」
(地下御殿の裁きとは、わかりづれえものだなあ)
地下御殿から出て、翌朝に医者に行く。
ちょうど出棺の準備をしているところだった。医者に訊く。
「亡くなったのは弥彦さんけえ?」
医者は無念の表情を浮かべる。
「そうだよ。傷が深くて、助からなかった」
(舞火の仇討ちは成功ってことか。子供を殺された母狐の一念が勝っちまったな)
虎之助は医者に治療費として金二朱を払って、晴れない気分で家に帰る。




