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第三十六話 狐の仇討

 稲荷鮨を作って夜に地下御殿に下りる。地下御殿側の愛嬌稲荷に行く。

「ごめんください。捨丸さんは、おられますか」

 鳥居の前に火が灯ると、火は捨丸になる。捨丸の表情は渋い。


 捨丸に挨拶をする。

「こんばんは、稲荷鮨を供えに参りました」

 捨丸は澄ました顔で揶揄(からか)う。

「それは、殊勝な心懸け、とでも褒めると思いましたか。見返りに何が欲しいんですか」

(こう素直に訊いてくれると、こっちも話がし易いやね)


「へえ、御府内で火付けの犯人を追っていたら、弥彦に突き当たりました。弥彦に取り憑いているのが舞火だと思いまして、お耳に入れたほうがよろしいかと考えて、来やした」

 捨丸が冷めた顔で尋ねる。

「舞火は刀に化けている、との報告があります」


 昨日の手拭の男が弥彦だとする。弥彦は刀も提げていなかった。

「違いやすね。弥彦は刀を持っていやせんでした」

「なら、舞火とは無関係ですな」

 ここで、虎之助は思い直す。

(いや、待てよ。手拭の男が弥彦だとする。だが、俺は弥彦が火付の場面を見たわけじゃねえ。もし、別の人間が火を付けたあとに、弥彦が現場に来ていたら)


 柿崎の顔が浮かぶ。柿崎が板塀に火を付けた後に、弥彦が現場に来ていたら、どうか。

(弥彦は柿崎を怪しいと思っていた。それで、追跡していたら、柿崎の火付けの現場を目撃した。その火を消そうとした時に、俺が居合わせた。本来なら、柿崎が駆けつけた振りを装って弥彦を始末するつもりだったが、俺が来た展開で、間が狂ったのかもしれねえ)

「なんか、ややこしい事態になってきたぜ」


 捨丸が不機嫌な顔で尋ねる。

「どう、ややこしいんです」

「舞火を腰にぶら下げている侍は、火付盗賊改の柿崎って男かもしれやせん」


 捨丸は軽く驚いた。

「なんと、取り締まる側が火付とは尋常ではありませんね。ですが、わからなくはない。柿崎は手柄を立てたい心に、付け込まれたのでしょうね」

「では、舞火を柿崎さんから引き剥がせれば、柿崎さんは元に戻る、と?」


 捨丸が冷静な態度で意見する。

「どうでしょうね。元から柿崎なる男に悪しき心があったのなら、舞火を引き離しても、変わらないでしょうね。それに、人を裁くのは人。人の裁きに一切かかわらないのが我らの流儀です」

「わかりやした、なら、舞火を柿崎さんから引き剥がせたら、舞火は地下御殿側で取り押さえていただけやせんか」


 捨丸の感触は(かんば)しくなかった。

「なんとも、面倒なお願いですね」

上手(うま)くいったら、地上の愛嬌稲荷に金を、地下御殿の愛嬌稲荷には稲荷鮨を捧げやす」


 捨丸は嫌々ながらも了承した。

「いいでしょう。ただし、我らが動くには朝だと都合が悪い。働きは夜にお願いしますよ」

 その日は家に帰る。

 翌日、煙草屋に寄って、煙草を買い、巾着に詰めておく。巾着は腰から提げておいた。

人伝てに柿崎の家を聞いてまわる。柿崎の家は市谷にあるらしい、とまでは、わかった。

 だが、家は、なかなか見つからなかった。


(柿崎さん市谷に住んでいたのか、どうりで、市谷付近で火事が多いと御隠居が口にするわけだ)

 市谷の武家屋敷の辺りをうろうろしていると、「おい」と声を懸けられた。

 振り返ると手拭でほっかぶりをした身の丈五尺五寸の男がいた。

 男の服装には見覚えがあった。火事場で見た男だった。

「あんた、まさか、弥彦さんかい」


 弥彦は辺りを気にしてから頷く。弥彦が誘う。

「ここで、男二人がこそこそ密談するのは具合が悪い。とりあえず、場所を変えよう」

 弥彦は歩いて行き、寺に入っていく。他人目(ひとめ)に付かない場所にある物置の戸を開ける。中は八畳ほどの空間になっていた。


 弥彦は手拭を外した。人相書きとそっくりな顔がそこにあった。

 虎之助は親切心から忠告した。

「俺の名は虎之助。市谷で口入屋をやっている。弥彦さん、あんた火付盗賊改から追われているぜ」


 弥彦は真剣な顔で打ち明けた。

「知っている。だが、ここで逃げ出せば、江戸で大火事が起こる」

「柿崎が手柄ほしさに火を付けようとしているからか」


「虎之助さん、あんたは妖怪を信じるかい?」

(実際、妖怪相手に商売しているんだが、下手にいうと頭がおかしい奴と思われるからなあ)

 虎之助は演技をした。

「信じる、信じない、の話なら信じるほうだな」


「実は柿崎には狐が取り憑いている」

「え、そうなのけえ」と知らない振りをしておく。


 弥彦は怖い顔で淡々と語る。

「そうだ。その柿崎に取り憑いている狐は俺を憎んでいる。狐は俺を火付けの罪人としてお上に殺させようと画策している」

「なんで、そんな狐に恨まれるようなことをしたんでさあ」


 弥彦は少しばかり悲しそうな顔で話す。

「狐にとって、俺は子の仇なんだ。俺は、狐を狩って金に変えた過去がある。その時に、狩った狐の親狐が復讐しに来たのさ」

「狐の仇討とは、にわかには信じられない話だなあ」


「それはそうだろうな。だが、こいつは真実なんだ」

「それで、弥彦さんは狐に討たれてやるつもりなのけえ」


 弥彦は決意の籠もった顔で頑なに拒否した。

「いいや、仇討ちが奴に認められる資格なら、返り討ちは俺に認められた資格だ。俺は狐を返り討ちにする。ただ、俺と狐の話に、町の人間が付き合う必要はねえ」

「それは、そうだが、じゃあいってえ弥彦さんは、どうするんでえ」


「どうも、こうもない。夜になったら町を歩いて柿崎を誘い出す。狐に取り憑かれている柿崎ごと始末する」

(おっと、これも見逃すと、弥彦の罪が一つ増えらあ)

「それは穏やかじゃないねえ。俺に一つ考えがありやす。上手くいけば、狐を柿崎から引き離して、狐も捕まえられる。一つ、任しちゃくれねえか」


 弥彦がむすっとした顔で尋ねる。

「どうするんでえ」

「難しい話じゃありやせん。弥彦さんが囮になって、柿崎と狐を愛嬌稲荷の近くまで、おびき出す。そこまでやってくれりゃあ、あっしが、どうにかいたしやす」


 弥彦は少しばかり迷った。

「信用していいのけえ」

「何も考えがないわけではございやせん。あっしには策がごぜえやす」


 夜も静かになってきた。夜五ツに弥彦が物置を出る。

 少しの間を置いてから、虎之助も物置を出た。

 虎之助は愛嬌稲荷の近くで夜が更けるのを待った。


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