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第二十六話 逆麻呂からの相談

 翌日、弁財入道の屋敷に出向くと、正門の前で昨日の狐の小僧が待っていた。狐の小僧は弁財入道の家屋に入らず、入口から庭園を十分ほど進んだ場所にある茶室に案内した。

 (にじ)り口から八畳の茶室に入る。中には茶道具が一切なく、正面奥に逆麻呂だけが一人で座っていた。虎之助は向かいに座る。


 逆麻呂が澄ました顔で口を開く。

「残念ですが、今日はお茶の席ではありません。ちょっとした、相談がしたくて。部屋を借りました」

(相談ねえ。狐の頼み事とは何だろう)

「そうですか。それで、用件とは何ですけえ?」


 逆麻呂が弱った顔で事情を打ち明ける。

「私は江戸と大坂との間で売り買いをして儲けを出していました。ですが、弁財入道が急に裏当帰の栽培から手を引きました。残っていた品も人間に略奪され、帰りの荷がなくなったのです」

(以前に豆吉さんに聞いた通りだな)

「それは難儀な事態ですな」


「そこで、江戸から運ぶいい品がないか探しているのですが、何かいい儲け話はないでしょうか」

「そうですね。塩なんて、どうでしょう。江戸の塩は美味いと聞きやすぜ」


 逆麻呂の表情は渋い。

「塩は江戸までいかなくても手に入ります。大坂にも播磨、備後界隈の塩が多く入ってきます。中でも、赤穂の塩は有名で江戸の塩では勝てると思えない」

(塩が駄目か、なら海苔はどうでえ)

「なら、海苔はどうでしょう。これも江戸の名産です」


 逆麻呂が気の乗らない顔で駄目だしする。

「海苔の海上輸送は難しい。湿気があればすぐに(いた)むでしょう」

「海苔も駄目けえ。では、煙草はどうでしょう」


 逆麻呂はとんでもないとばかりに首を横に振った。

「煙草は私が好きではありません。煙を吸えば頭が痛くなる。下手をすると変化が解かれる。だから、質の検査ができません。粗品を掴まされる可能性があります」

(なかなかいい物が思い浮かばねええな)

「あと江戸の名産ねえ。いや、待てよ。なら江戸の名産に(こだわ)らず、昆布なんてどうでしょう」


 逆麻呂は苦い顔で意見する。

「昆布は江戸で獲れないでしょう」

「大坂だって、昆布は獲れないでしょう。北から来る昆布は江戸に集まりやす。なら、江戸から持っていけば、良い値段がつくんじゃないでしょうか」


 逆麻呂は思案する顔をする。

「昆布ねえ。わかりました。なら、ちょいと、昆布を買い付けてみましょう。それで、どこの店がいいか、調べてくれませんか。もちろん報酬はお支払いしますよ」

「わかりやした。調べてきやすから、二日、見てくだせえ」

 

 朝を待って、虎之助は浅草にあるアリスの古着屋を訪ねた。

(闇雲に調べても店のよしあしは素人にはわからねえ。なら、ここは屋敷や店屋に出入している人間に訊くに限る)

「アリスさん。ちょっと、いいけえ? 昆布を大量に買いたいんだけど。どこかいい店を知らねえけえ」


 アリスが機嫌よく教えてくれる。

「高級品なら北前屋。中くらいの品なら越中屋。かく、安くなら三陸屋ですね」

「ありがとう。恩に着るぜ」


 まず、北前屋を覗く。北前屋は間口も立派で十間の広さがあった。

 店の手代が出てくる。手代は虎之助の格好を見ると、表情を曇らせる。

「どんな、ご用件でしょうか?」

「昆布を買いてえんだい。購入の検討をするのに使う。銀一匁分だけ売ってくれ」


 手代はいい顔をしなかったが、見本用の小さく切った昆布を袋に入れて売ってくれた。

 次に越中屋に行く。越中屋の間口は八間と北前屋より狭かった。

 だが、店には活気があった。


 店の手代が出てくると、こっちは嫌な顔はしなかった。

「昆布を買いてぇんだ。購入の検討をするのに使う。銀一匁分だけ売ってくれ」

 手代は北前屋と同じように見本に切った昆布を渡してくれる。だが、北前屋より量が多かった。


 三陸屋は間口が五間と一番小さい。でも、こっちは三つの店の中で一番に繁盛している印象を受けた。

 北前屋と越中屋の時と同じように、見本品にと買うと、こっちは、えらくたくさん買えた。


 夜になるのを待って、格安の天婦(てんぷ)()の屋台を地下御殿に出す。

 通りかかった(むじな)の妖怪が興味を示して尋ねる。

「虎之助さん今日は天婦羅屋けえ?」

「ちょっと、都合があって天婦羅屋の屋台を出した。安くしとくから豆腐小僧の豆吉さんを見たら、ここに来るように伝えてくれねえか」


 他にも妖怪が来たので天婦羅を売りながら、豆吉を探していると伝える。

 二刻後に豆吉が現れた。豆吉が気のよい顔で訊く。

「虎之助さん、俺を探しているんだって? どうしてえ」

「また醤油小僧の醤油が欲しいから、売ってくれ」


「あと、二升くらいしかないけど、いいけえ?」

「おう、それで充分よ」


 銀を渡すと、豆吉は醤油を二升、持ってきてくれた。

 朝になり、地上に戻ると、醤油を加熱して冷まして、人が喰えるようにする。

 虎之助は、豆吉から貰った醤油の二升と昆布を持って、恵比寿屋に行く。

「ちょいと、御免よ。美味い醤油が手に入ったんだけど要らねえけえ」


 恵比寿屋の主人が出てくる。

「おや、いつぞやのお客さん。どれ、醤油をちょっと見せてくれるかい」


 醤油の入った一升徳利を渡すと、恵比寿屋の主人が手に垂らして味を見る。

 恵比寿屋の主人が驚きの表情を浮かべる。

「こりゃあ、驚きだ。上方の醤油に負けない、いい醤油だ。これをどこで手に入れたんだい?」

「友人の親戚がね、銚子に住んでいるんでさあ。そいつが、作っている自家製醤油が手に入ったんでい。二升でもよかったらと思いまして、持ってきやした」


 恵比寿屋の主人は感服した様子だった。

「自家製でここまでの物を作るとは、銚子の醤油も侮れないね。今後は仕入れの検討先として考えないと、駄目だね」

「そんで、その醤油を贈る代わりといっちゃあ何ですが、昆布の目利きをお願いしていいですけえ?」


 醤油を受け取った恵比寿屋の主人は快く応じた。

「いいよ。この醤油が二升も貰えるのなら、昆布の目利きくらいしてあげるよ」

 恵比寿屋の主人が北前屋、越中屋、三陸屋の昆布を手にとって観察してから、口に入れる。

「ふむ、この越中屋の昆布なら上方の料理屋でも使えそうだ。値段も、まずまずだね。家庭で使うなら、三陸屋でもいい」

(料理屋が太鼓判を越すのなら越中屋の昆布でも質に問題はねえだろう)


 念のために尋ねる。

「北前屋のはどうですけえ?」

「北前屋かい。質的に越中屋と同じ物を出してきたね。それで、こっちを試しているね。品物がわかる人間が付き合うには問題はないが、そうでないと高く付くね」

(あの、感じの悪い手代は、こっちを試していやがったのか)


「ありがとうごぜえやす、恵比寿屋の旦那」

「いいってことさ、こっちも貴重な醤油を貰ったからね」


 夜になって、地下御殿に下りる。狐の小僧に二日前と同じ茶室に通された。

 茶室で逆麻呂が待っていた。

「調べてきやしたぜ、料理屋で使えるものなら、良心の越中屋。庶民を相手にするなら、安さの三陸屋でさあ」


 逆麻呂は感心した。

「ほう、昆布の知識もないのに、よく二日で調べられたね」

「商家の事情に明るい奴に店を聞き、手に入れた昆布を、料理人に目利きしてもらいやした」


 虎之助の応えに、逆麻呂は満足そうな顔をする。

「なるほど、それなら、二日で調べられるわけだ。では、昆布取引が成功したおりには、きちんと報酬を払いましょう。それとも、今ここで欲しいかい」

「あとでいいですよ。成功したら払ってくだせえ」


「欲のない人間だねえ」

 虎之助は、その日は商売をせずに帰って休んだ。

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