第二十四話 下り醤油
翌朝、魚河岸に行き、喜平と魚屋の四人と合流する。
「喜平さん。今日はちょいとお願いがある。昨日より高え手間賃を払う。だから、内臓の他に骨も取り除いてくれるけえ」
「手間賃を値上げしてくれるのなら問題ねえ。でも、屋台の鰻で骨まで取るって、聞いた覚えがないぜ」
「まあ、そう言わずに頼むよ」
漁師から鰻を買い集めて、魚屋に渡して内臓と骨を取ってもらう。
鰻の入った桶を天秤棒で担いで帰る。家で捌かれた鰻に串を刺して夜の準備をする。
昼には準備が終わったので、虎之助は鰻屋を回り、上方様式の鰻について訊く。
だが、誰も、鰻を裂いて骨と内臓を取り除き、醤油タレを塗る調理法について知らなかった。
(江戸じゃあ聞かねえ調理法だからな。御隠居なら知っているだろうか)
御隠居のところに顔を出す。御隠居の他にアリスがいて、土間で話していた。
「ちょっと聞きてえ話があるんだが、今、忙しいですけえ?」
御隠居が気の良い顔で応じる。
「いや、大丈夫だよ。なんでえ聞きたい話って」
「鰻の腹を開いて、串に刺して醤油タレを付けて焼く。そんな蒲焼を出す店を知らねえけえ。なんでも、上方の食べ方なんだとさ」
「さあ、私も鰻はよく食べ歩くけど、知らない食べ方だね」
アリスが顔を輝かせて答える。
「上方の調理方法で鰻を出す料理屋さんは、知っていますよ。日本橋にあります。大坂から来た料理人がやっている料理屋さんの恵比寿屋さんです。頼めば、お土産用の鰻を売ってくれると思います」
(大坂から来た鰻屋か。それなら、知っていそうだ)
「それは、助かる。ちと、江戸を馬鹿にしている奴がいてな。そいつにも、御府内にも上方に負けない鰻があるとわからせるために、食わしてやりてえと思っていたところでさあ」
虎之助はアリスに場所を聞いて恵比寿屋に行く。
恵比寿屋は新しい二階建ての店だった。入口から入って声を掛ける。
「ごめんよ。お土産で上方風の蒲焼を三人前、焼いてほしいんだ。お願いできるけえ」
三十過ぎの小さな銀杏髷を結った、優しい顔をした恵比寿屋の主人が出てくる。
「うちで、上方風の蒲焼を出しているってどこで聞いたんだい?」
「古着屋のアリスさんからだよ」
恵比寿屋の主人は困った顔をする。
「アリスさんの仲介かい。焼いてあげたいんだけど、今は、できないよ。醤油がないんだ」
「醤油? 醤油なんて、そこらへんで売っているでしょう」
「違うよ。溜り醤油って言ってね。上方からの、下り醤油なんだよ。野田や銚子の醤油もある。だけど、鰻には、やっぱり上方の醤油だよ。あれがないと、私が出したい鰻の味が出ないんだよ」
(ここでも、醤油は上方が一番って自慢しやがるのか。でも、料理人ってのは拘りが強い奴が多いからな)
「それなら、いつ頃、その特別な溜り醤油が手に入るんで」
恵比寿屋の主人は弱った顔をする。
「拘りの醤油は御府内でも取り扱っている店をやっと見つけたんだ。だけど、俺が見込んだ醤油だけは、いつ入るか、見込みがないって言われちまってね。困っちまっているんだよ」
「そうか、それは大変ですな。ちなみに醤油は、どこの醤油屋を使っているんで」
「この先にある、湊屋さんの溜り醤油だよ」
湊屋に行って手代に尋ねる。
「恵比寿屋に卸しているのと、同じ溜り醤油がほしいんだけど、手に入るけえ」
手代は申し訳なさそうな顔で説明する。
「それは、無理ですね。あれは、上方風の味付けをする料理屋のための醤油。恵比寿屋さんのは、その中でも特殊な部類の醤油ですから」
「高いのけえ?」
手代は事情を説明して断った。
「いいえ、入荷する量が少ないので、旦那様がこれと見込んだ料理人にしかお売りしない格別な醤油です。なので、お金を積まれても、お売りできません」
(これは、醤油の入手は無理かな。でも、醤油タレでないと逆麻呂は納得しねえぞ)




