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第二十三話 上方の狐 

 飲み比べ勝負から、約一ヶ月が経過した。虎之助は相変わらず、競争相手がいない地下御殿に屋台を出して、妖怪相手に日銭を稼いでいた。

 その日は、朝方に地下御殿から尾張徳川家中屋敷に帰ってくると、番士に呼び止められた。

「虎之助だな。蔵奉行の牛込様がお呼びだ」

(はて、なんの用だろう)


「へえ、わかりやした。着替えて来たほうが良いでしょうか」

「いや、そのままでいい、牛込様は朝に用事を済ませたがっておった。そのまま、お会いせよ」

 屋台を蔵の前に置いて、屋敷に上がる。六畳ほどの小さな座敷に通された。


 座敷には牛込の他には羽織袴を身に着けた若い侍がいた。

 若い侍の前にお盆があり、何かを包んだ紫の袱紗(ふくさ)が載っていた。

 牛込は真面目な顔で告げる。

「虎之助よ。裏当帰の一件だ。よくぞ、栽培に必要な肥料を突き止めてくれた。当家での裏当帰の栽培は順調である」

「それは、ようござんした。あっしも努力した甲斐があるってものでさあ」


「そこで中納言(徳川宗春)様は虎之助に褒美(ほうび)を下さった」

 牛込が若い侍に視線を向ける。

 若い侍がお盆を虎之助の前に置いて袱紗を開く。

 袱紗の中には、白い紙で包まれ金座の後藤家の署名がある包金(つつみきん)が一つあった。


 牛込が厳かな顔で告げる。

「ここに二十五両ある。持っていくがよい」

「はい、ありがたき幸せです。しかと頂戴しやした」


 牛込が立ち上がり告げる。

「これからも当家のために、よろしく頼むぞ」

 虎之助は頭を下げて、包金を巾着に入れて帰った。

 家に帰ったが、二十五両もの大金どうしたものかと考える。

「この金は妖怪たちの協力があってのものだからな。なら、少しは妖怪たちに戻すとするか」


 その日の内に、虎之助は両替商で、小判を小粒銀と銭とに両替する。

 両替した小粒銀と銭を持って翌日、夜明けと同時に魚河岸に向かう。

 行く時には桶をぶら下げた天秤棒を持ち、家を出た。


 魚河岸には魚を買い付けて売りに行こうとする魚屋が大勢いた。

 魚河岸に着くと、魚河岸の人間に止められる。

「おっと、兄さん。一般の客は魚河岸には入れねえよ」

「そうなのけえ」


 すると、喜平が通りかかって間に入ってくれた。

「おっと、そいつは末次さんとこの若い衆だぜ。ほら、一番鰹を獲った船に乗っていた水主(かこ)だ」

 魚河岸の人間は虎之助の顔を確認して思い出す。

「言われりゃそうだ。だが、漁師が買い付けにまわるのけえ」


 喜平が頼む。

「いいじゃねえか。俺の顔に免じて入れてくれよ」

「喜平が頼むなら、いいだろう。それに、魚河岸に関係ない人間でもねえようだしな」


 魚河岸に入れたので喜平に礼をする。

「ありがてえ、喜平さん。それに、できれば、もう一つ助けて欲しい。俺は、これから、ここで鰻を百尾買う。手間賃を払うから、その鰻を捌いてほしい」

「手間賃を貰えるのなら、いいぜ、ただ、百尾となると俺一人じゃ時が掛かる。他に、もう何人かに声掛けるが、いいけえ」


「よろしく、頼むぜ」

 ほどなく、喜平を含む五人の魚屋が集まる。

 虎之助は漁師を回って、鰻を次々と買い付け、魚屋に渡していく。

 魚屋が鰻から内臓を取り除く。


「今日から三日間、鰻の屋台を出す予定があるんでえ。また、明日も手伝ってもらっても、いいけえ」

「銭になるなら、いいぜ」と喜平と魚屋が威勢よく応じる。


 鰻の入った桶を天秤棒で担いで、家に帰った。家で串を刺して蒲焼の準備をする。

 屋台を借りて、地下御殿に行き、鰻の屋台を出した。

「さあさあ、今日から三日間は鰻が安いよ。鰻の蒲焼が、一串で十六文だ。喰っていってくれよ」


 鰻の蒲焼は仕入れ値は優に十六文を超えるので、売れば売るほど赤字になる。だが、お礼の意味を込めているので、採算はどうでもよかった。

 狐や(むじな)などの動物妖怪が古い四文銭を握り締めて買いに来る。

 次々と焼いた鰻の白焼きに山椒味噌を塗って売っていく。


 すると、お客の中に赤地に黒の唐草模様の着物を着た牡狐の妖怪がやってきた。

「お兄さん、蒲焼を一つおくれ」

(なんか、ずいぶんと小洒落(こじゃれ)た狐だね。地下御殿では浮いている感じもするねえ)

「はいよ」と鰻を串に刺して山椒味噌を塗って出す。


 狐の妖怪は鰻を面白くなさそうに見て発言する。

「これは、鰻の内臓をとって串に刺しただけの鰻だね。しかも、味付けは山椒味噌かい?」

「お客さん、江戸前って言えば鰻。鰻って言えば山椒味噌でしょう」


 狐の妖怪は上品ぶって告げる。

「上方では鰻を腹から裂いて、内臓と骨を取る。そんで、開いてから、醤油タレで焼く鰻の調理法があるんだよ。そんな上方様式の鰻は出せるかい?」

「いやあ、あっしは本職の鰻職人でないからできやせんね」


「ふん」と狐の妖怪は馬鹿にしたように鼻で笑う。

「仕方ないね。ここは上方じゃないからねえ。それに十六文の鰻ならそこまで求めるのも酷だねえ。上方じゃ鰻一つとっても洗練されている。やはり、味付けは上方に限る」


 狐の妖怪は鰻に不満を言いながら喰うと、澄ました顔で去っていった。

(なんでえ、ずいぶんと気取った狐だな。それに江戸を馬鹿にしてやがる)

 気になったので、鰻を喰いに来ていた他の狐の妖怪に尋ねる。

「さっきの狐さんは何者なんでえ」


 尋ねられた狐の妖怪が面白くなさそうに答える。

(さか)麻呂(まろ)のことけえ。最近、仕事でやってきた上方の狐でさあ。ことあるごとに、上方は進んでいて、江戸は田舎だと馬鹿にする嫌な狐ですよ」

「上方の狐ねえ。どうりで、ちょっと浮いている感じがすると思った」


 百尾を仕入れた鰻だが、安かったためにほどなく完売となった。

 その日は夜四ツ刻(約二十二時)前に仕事が終わったので帰って寝た。


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