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第二十二話 虎之助の狼退治(後編)

 七合目を飲み干した。虎之助は鰻を口にする。

「やっぱり、鰻の山椒味噌は、うめえや、鰻で一杯やるのは、格別だね。狼の旦那も鰻がなくなる前に、摘みに一串どうでえ」

 ほろ酔いになっていた狼がちょっとばかし考えた顔をしてから注文を出す。

「なら、一串、貰おうかな。ただし、鰻は虎之助が手に取るな」


 鰻を焼く台の上には、鰻の六串が残っていた。右から二串が蒸した裏当帰入りの鰻だった。

「なんで、信用ねえな。おう、赤鬼さん。一串、選んでやんな」

 赤鬼は蒸して柔らかくなっている鰻を選んだ。赤鬼は当然のように山椒味噌を鰻に塗った。

(さっき一串を食べて、皮が固いと赤鬼は知っていた。とうぜん、狼の旦那には柔らかいのを食ってもらいたいと思う。蒸し器から出して火に掛かっている鰻を選ぶと思ったぜ)


 狼は裏当帰が盛られた山椒味噌付きの鰻を食べて、酒を飲んだ。

 虎之助は蒸し器から出した、残りのもう一尾の鰻を食べて証拠を処分する。

 証拠がなくなってから、酒を互いに一合飲む。


 九合目を飲み干したところで、狼が倒れた。すると、狼は体が縮み、妖怪の御隠居になった。

 胡蝶が呆れて宣言する。

「おや、御隠居、潰れて寝ちまったようだね」

「なら、次に俺が二合飲めれば、俺の勝ちだな」


「そうなるね」

 虎之助は残り二合の酒を飲み干して宣言する。

「俺は勝ったぞー。さあ、狼退治の祝勝会だ。残った酒は全部、飲んでいいぞ。鰻も全部食え」


 観客から歓声が上がり、残りの酒樽を空けて、鰻を喰っての宴会に突入した。

 虎之助はさすがに一升も飲んだので気持ちよくなって、途中で寝てしまった。


 目が覚めた時には座敷だった。正面に妖怪の御隠居がいる。

 妖怪のご隠居が穏やかな顔で語る。

「まさか、飲み比べで一升も飲めんとは、思わなかった」

 虎之助は座り直す。

「誰にでも体調の悪い時ってのは、ありますからねえ」


 妖怪の御隠居は未練がましく語る。

「そうじゃのう。酒は他の妖怪にみな飲まれ、鰻は全て喰われた。気のよい妖怪は水で汚れ物は何もかも洗ってしまった。これでは、なにか不正があっても証拠をあげようがない」

 虎之助は危坐(きざ)して頭を下げて頼んだ。

「勝負は終わった。タダで酒を飲めて鰻が喰えた。それで、よしとしていただけませんか」


 妖怪の御隠居はさばさばした顔で告げる。

「そうじゃのう。酒を仰山と飲んだうちの店子もおれば、鰻を喰った友もおる。あまりぐじぐじと(こだわ)るのも野暮だ」

「では。教えてくれますか。裏当帰を地上で育てる秘訣(ひけつ)を」


 妖怪のご隠居は飄々とした態度で語る。

「難しい話じゃありゃせん。裏当帰は肥料に(こだわ)れば地上でも育てられる」

「それで、その肥料とは?」


 妖怪のご隠居が真面目な顔で教えてくれた。

「鰯の頭じゃ」

「そんな単純な肥料でいいんですけえ」


 妖怪の御隠居はあっさりした態度で勧める。

「そうじゃ、騙されたと思って、やってみなせえ」

 虎之助が地上に戻った時には日は暮れていた。

 風呂に入って汗を流してその日は眠った。


 翌日、長屋の御隠居に報告しに行く。

「御隠居、狼退治は、うまくいきました。飲み比べで勝ちました」

 御隠居は明るい顔で喜んでくれた。

「やったかい。それはよかった」


「それで、地上で裏当帰を育てる秘訣を聞いたんですがね、鰯の頭を肥料にすると、育つそうでさあ」

 御隠居はあまりの簡単な内容に面喰らった。

「なに? そんなんでいいのけえ? 鰯の頭なら珍しいものではねえから、すぐに手に入るだろう」


「でも、尾張屋で鰯の頭を集めると、御城にも鰯の頭が肥料だと知られますぜ。問題ありやせんか?」

 御隠居は渋い顔をした。

「あるだろうね。尾張中納言(徳川宗春)様と大樹(徳川吉宗)様は仲が悪い。尾張中納言様にしたら、秘密にしたいだろうね」

「そこで、考えました。表向きには尾張屋では鰯の頭飾りを作る名目で、鰯の頭を集めてはいかかでしょう」


 御隠居は乗り気な顔で意見する。

「鰯の頭飾りとは、また、妙だね」

「理由は適当に厄除けにいいとか何とかいって、鰯の頭を集めるんでさあ。そうして集めて頭の形の悪い鰯や、古くなった鰯の頭を肥料にしてごまかすのがよいかと思いやす」


 御隠居は満足そうな顔で頷く。

「面白い話を思いつくね。儂から徳之丞と牛込殿に進言してやろう」

「それでは、お願いしやす」


 その後、江戸市中では鰯の頭が尾張屋に集められ、鰯の頭飾りが作られる。

 市中では鰯の頭も信心からと馬鹿にされた。だが、誰もが地下御殿から持ってきた薬草の肥料になっているとは、知る由もなかった。



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