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第十三話 猿の根付

 虎之助が家に帰り、犬に餌をやると翌朝には犬は回復した。

 犬を連れて、尾張徳川家の下屋敷の勤番長屋に行く。犬を見ると、山里は大層に喜んだ。

「おお、これぞ中納言様のお犬様りゃー。これで、拙者の首が繋がり申したーも。まっことに、ありがたゃー」


 山里の前に誓紙を差し出す。

「おう、じゃあ、この誓紙にも、署名してくれるか」

 山里は神妙な顔で筆を用意して署名した。

「コノシロが喰えなくなるのは寂しいが、しかたにゃーも」


 署名をしっかりと確認して、立ち上がる。

「それじゃあ、お元気で」

 山里が改まった顔で引き止める。

「待つにゃーも。お主は拙者を助けるために十両が必要だと言っとりゃーしたよ」


「十両なら、初鰹を釣り上げて、どうにかしやした」

 山里が穏やかな表情で、感想を口にする。

「なんと、それでも、拙者のために十両を使こうたのは変わりなかりょー」


「いいってことでさあ、気にしないでくだせえ。これも何かのご縁でさあ」

 山里は申し訳なさそうな顔で頼む。

「いや、そうはいかんりょー。拙者にも侍としての意地がありょー。とはいっても、贈れる物は大したものはにゃー。でも、これを受け取ってりゃーも」


 山里はしゃがんだ格好をしている猿の根付を取り出した。

「国を出るときに、病気にならんようにと妻に貰ったお守りのような根付だにゃーも。これを貰ってくれんかりょー」

(根付の価値は、わからねえ。だが、ここで何も受け取らねえと山里殿の気が晴れねえだろうな)


「わかりやした。なら、この根付を有難く受け取りやす。それでこの件はおしまいってことで、ようござんすね」

早速、根付と巾着を結び、腰から提げる。

「わかったりょー、ほんに助かったりょー」


 尾張徳川家の下屋敷を出て、ご隠居の家に顔を出す。

 御隠居は縁側で茶を飲んでいたので、誓紙を差し出す。

「この通り誓紙に山里殿の署名を貰ってきやした。また、犬も取り返してきて、山里殿に渡したので、一件落着でさあ」


 御隠居は笑顔で頷く。

「そうかい、そりゃよかった。これで神谷殿の体面も立つし、山里も切腹を免れるだろう」

 御隠居は手間賃として四百文を払ってくれた。

「そう、それで、山里様から、お礼に根付を貰ったんですが、どれくらいの価値のものでしょうか?」


 根付を見せると、御隠居がどれどれと根付を鑑定する。

「物はいいようだね。買えば一朱、いや、二朱はするかな」

(買って二朱なら、売って一朱ってところか。十両には及ばない品だが、感謝の気持ちがこもった品だ。大事にするか)


「御隠居ー、ごめんください」と女性の声がする。

「お客さんですかねえ?」

 御隠居が明るい顔で教えてくれた。

「先日、押入を整理していたら、もう、着なくなった衣類が出てきてね。古着屋さんを呼んだんだよ」


「よし、あっしも古着を運ぶ手伝いやす」

「たいした量じゃないけど、頼もうかねえ」


 ご隠居が用意した古着を持って入口に行く。

 金髪のカール巻きした髪を腰まで伸ばした、青い目をした二十くらいの白人の女性がいた。女性は萌黄色の着物を着て、きちんと草履を履いていた。

(異人さんの古着屋さんかい、初めて見るねえ)


 ご隠居が虎之助と女性に互いを紹介する。

「こちららは、古着屋のアリスさんだ。生まれはオランダだよ」

 アリスが笑顔で挨拶する。

「古着屋のアリスです。よろしくお願いします」

「口入屋の虎之助です。御入用のさいは声を掛けてくだせえ、たいがいのことはやりやす」


 アリスが着物の質を確認する。アリスは買い取り価格について御隠居と交渉する。

 少しばかし価格交渉があったが、買い取りが成立する。二人は納得顔で妥結した。

 御隠居がお茶を出す間、虎之助はアリスと二人っきりになる。


 アリスがじっと虎之助の巾着に注目しているのに気が付いた。

「この巾着がどうにかしたのけえ?」

 アリスは微笑みを湛えて頼んで来た。

「巾着ではありません、その根付が気になりました。見せてもらっても、いいですか」


「いいぜ」と根付を外して渡すと、アリスが根付に優しい眼でみる。

「私、この国の根付が大好きです。素材も様々で意匠も素晴らしい」


「そうかい、俺には正直に言うと、よくわからない世界だからね」

 アリスがにこにこした顔で告げる。

「どうでしょう。この根付を私に一両で売りませんか」

(随分と高い値が付いたね。御隠居にいわせりゃ二朱がいいところだからなあ)


「その値段じゃ売れないね。売る気もないけど」

 アリスは素っ気ない態度で値上げした。

「わかりました。価値をよくわかっていますね。なら、十両で、どうでしょう」


「えっ、こんな小さな猿の木彫りが十両だって!」

 アリスは青い瞳でじっと根付を見て感想を口にする。

「そうです。その根付からは何か神秘なものを感じます」


「いや、でも、売れねえよ。これは人から貰ったものだから、すぐに換金したら、くれた人に悪いや」

「その考えは、アリスにはわかりません」


 アリスはあまり売ってくれと粘らなかった。そのうち、御隠居がお茶を持って戻ってくると、根付の話は立ち消えになる。アリスは着物を大八車に積んで使用人に牽かせて帰って行った。

 アリスが帰っていった後に御隠居に尋ねる。

「実はさっきの古着屋のアリスさんですけどね。猿の根付を十両で買いたいと言ってきやした」


 御隠居は興味を示して訊く。

「そりゃあ豪気だね。それで売ったのかい?」

「いやあ、なんか、貰った傍から金にするって、山里様に悪い気がして売れませんでした。ただ、根付からは不思議な気配がするといってやした」


 御隠居は顔を綻ばせて提案した。

「なら、お初に意見を聞いてみるといいよ。何かわかるかもしれない」


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