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第十話 犬は十両

 胡蝶は微笑(ほほえ)んで告げる。

「弁財入道の腕っ節は強いが、金銀銭が何より大好きな妖怪さ。金になるとわかれば、間違いなく犬を売るだろう」

(妖怪の世界も金、金、金か)

「なら、いくらありゃ犬が買えるんでえ。一朱か、二朱か、それとも一両けえ?」


 胡蝶は真面目(まじめ)な顔で告げる。

「十両。十両あれば犬は間違いなく買える」

「十両! 犬一頭が、そんなにするのけえ。いくら何でも、高すぎらあ」


「普通は、しねえ。だからこそ、弁財入道は十両あれば、犬を売る」

(相手は妖怪の親玉だ。値切れるとは思えねえ。それに、下手に値切ると逆に足元を見られて、危険かもしれねえ)

「わかった。なら、十両を用意してくらあ」


 胡蝶は渋い顔で忠告する。

「でも、あんまり待てないよ。金に替えられないと知ると、犬は喰われちまう」

(さて、どうしたものか、十両もの金、山里の旦那にあるかどうか)


 虎之助は一度、家に帰ってから朝を待つ。

 朝になると尾張徳川家の下屋敷に行き、下士の勤番長屋に行く。

 山里は蟄居(ちっきょ)の身だったので家にいた。

「虎之助でさあ。山里さん、その後、切腹の話は、どうなりやした?」


 山里は青い顔で懇願する。

「まずい事態になってりゃあも。このままでは、本当に切腹させられそうだりゃあ。頼む、拙者はまだ、死にたくにゃー。どうにか新庄殿のお力で助けてくりょー」

(すっかり弱気になっちまっている。以前の威勢のよさは、どこへやらだ)


「そう拝まれてもねえ、前回に話を持ってきた時に誓紙の紙を竈にくべろと突っぱねられましたからねえ」

 山里は真摯(しんし)な顔で依頼した。

「そこを、そこを、何とか頼むりょー? もう、江戸のコノシロは喰わにゃーから」


 虎之助は、望みが薄いと思ったが訊いた。

「十両。十両あれば犬をどうにかできる、という御仁がおるんですが。十両を用意できますけえ?」

 山里は弱った顔で首を横に振った。

「無理だりゃー。そんな大金。拙者のような貧乏侍に用意できるわけがなあも」

(十両となりゃあ、大金(てえきん)だ。貧乏侍には無理ねえか)


「そうですか。なら、あっしが方々を走って努力してみますが、あまり冀望(きぼう)を持たねえでくだせえ」

 山里は拝むようにして頼んだ。

「かたじけにゃあも。虎之助どのだけが頼りだなあも」

「それと、探していた犬に何か目印が、ありますけえ。もし、犬違いなんてなったら面倒なんで」

 山里は真面目な顔で教えてくれた。

「犬には、首輪として、尾張家の家紋が入った首をしておりょう。その首輪が目印だでや」

 山里は尾張徳川家の御紋の特徴を教えてくれた。

「わかりやした。どうにか、やってみますさあ」


 虎之助は御隠居に会いに行く。

「御隠居、犬の行方はわかりやした。犬は地下御殿で弁財入道に捕まっておりやす。それで、身代(みのしろ)として、十両を要求されました」

 十両と聞くと、ご隠居も渋い顔をした。

「十両かい。中々の大金だね」


「何か。こう、ぱっと大金を稼げる方法は、ねえですかね」

 ご隠居は、のほほんとした顔で告げる。

「そんな、簡単に大金を稼げる方法はねえ、と言いたいところだが、実は今の時季は一つ方法がある。今日は三月二十八日だ」


 虎之助には、ご隠居の意図がわからなかった。

(三月二十八日に何かあったか、見当がつかねえや)

「それが、大金と、どう関係するんで?」


 御隠居は冴え渡る顔で教えてくれた。

「四月の初めに魚河岸に上がった鰹は初鰹。中でも、一番に競に(せり)かった鰹は、一番鰹と呼ばれる。この一番鰹を河岸に持ち込めば大金になる」

「高いといっても、十両にはならんでしょう」


 ご隠居が真面目な顔で説明する。

「十両なんてものじゃねえ。今年は一番鰹を手に入れられたら、二十両で料亭の銀杏屋が買うってえ話が出たと、喜平が騒いでいた。二番以下の鰹だって、普段より高値が付く」


 虎之助には思ってもいなかった話に驚いた。

「魚一尾に二十両ですけえ!」

「そうだ。それに、一番鰹を狙う漁師代の末次が船を漕ぐ漁師に、闕員(けついん)が出たと嘆いておった」


 虎之助はご隠居が言わんとしている話が見えた。

「なるほど、俺が初鰹を獲る船に乗れば十両くらいは手に入るってわけけえ」

 ご隠居は優しい顔で確認する。

「机の上では、な。でも、いいのけえ? 十両を山里殿のために使っても、返ってこねえよ。それに、鰹漁は最低でも三日間は不休不眠の、過酷な仕事だ」


 虎之助は威勢よく答えた。

「これも乗りかかった船でさあ。なに、体の丈夫さには自信があらあ。御隠居が行き場のねえ俺を引き取ってくれた。そのご隠居の頼みなら、十両くれえ、安いものでさあ」

 ご隠居が強気の姿勢で指示した。

「よし、なら喜平と末次には儂が話をつけてやる。虎之助は明日の晩から末次さんの家に待機していてくれ。初鰹で山里を救ってやろう」


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