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闘犬の国

んにちは。この世界では既に人類は滅んでおり、姿は似ているものの決定的に異なる部位を持つ亜人が、龍の骸が放置された世界で生きています。


亜人の簡易的な説明

エリュー

獣の耳と尻尾が付いた亜人です。

オルク

桃色の肌に低い鼻。豚に似た亜人です。

レプトイ

爬虫類に似た巨漢の亜人です。

ドワーフ

赤い鼻に小さい樽のような身体の亜人です。

エルフ

細身で特徴的な耳尖り、身体のどこかに結晶が生えている亜人です。

フォーコン

小柄で細身、背中に翼を持ち頭部に飾り羽を持つ亜人です。

詳しい各種族の習性は、二人が旅を進めるごとに説明していきます。

 手の中で鈍い存在感を放つ剣。長さは腕の長さが一本と半分。嫌でも視界に映り込むそれに、私は三度目のため息を吐いた。


 剣は六年前に捨てた。そのはずだった。以後は、娶った妻と、授かった二人の息子の為に全てを捧げてきた。そして、この国に辿り着いてしまった。


 入国したエリューを強制的に闘技場へと引きずり出して戦わせる。勝てば出国負ければ奴隷。まるで犬同士を戦わせる闘犬を彷彿とさせる。最低で悪趣味な文字通り【闘犬の国】。


周囲を見渡す。頭の上の獣の耳が、歓声と怒号を受け取る。私が立つのは、円形の闘技場だ。円の中心から端まで歩けば、百歩程度。熟練の狩人であれば、端から端に矢を正確に撃ちこめるだろう、広さ。


 剣士の間合いとしては、あまりにも広すぎる。しかし、私と正反対の位置に陣取る門から出てきた青年を見て、思わず安堵のため息を漏らしてしまった。


 まだ十五そこらの痩せぎすな少年。私と同じくエリューのようだが、頭部の耳は、不恰好に丸まっていた。遠目では正確な情報は得られないが、得物は、二振りのナイフだけのようだ。手入れの行き届いていない、刃こぼれの酷いぼろナイフ。


 私は同情した。少年のナイフは明らかに自身の得物ではない。恐らくは、私と同じように、事情を知らずにこの国へと立ち入ってしまったのだろう。無論、私の剣も支給された重く稚拙な代物だが、私には長い間、剣士として培った技術と勘がある。


六年の程度の空白で、戦を知らぬ少年に遅れをとるわけがない。油断なく剣を構えた。すると、間も無く試合の開始が、凄まじい鐘の音と共に告げられた。



 闘技場には障害物が一切ない。私は速やかに少年に接近した。


 近くで見た少年は、やけに目付きが尖っていて、世をひねたような雰囲気を漂わせている。これだけ近づいても、両手のナイフを構えもせず、藍色の外套を揺らすだけだった。


 少しだけ安心した。この立ち合いは、必ずしも相手を殺さなければならない、というわけではない。相手を無力化させれば、それで済む。負けた方は、この国で奴隷とされるが、それでも死ぬよりはマシというものだ。


 目の前の少年が、半狂乱になって襲い掛かってくれば、私も彼を斬り伏せねばならない。恐慌状態に陥った者は、何をしでかすか分からないからだ。なので、彼が抱える感情が、恐怖や諦観であっても、自暴自棄という選択肢を取らなかったのは、幸運だ。


「君には悪いが、私には家族がいる。負けてやることは出来ない。どうだろう、降伏してくれないだろうか? 君も無意味に手傷を負いたくは無い筈だ」


 私の降伏勧告に、少年は何も答えなかった。ただ鋭い目で私の身体を観察していた。


 ゆっくりとした歩みで、私は彼に接近していく。油断は無かった。


 あまりにも唐突に、少年の姿が掻き消えた。そして、気持ちの悪い浮遊感。

 

 足元を掬われたのだと気付く間に、私は地面に身体を打ち付けられていた。強かに打ち付けられ、肺の中の空気が全て吐き出される。


 全身を投げ出すように、右へと転がったのは、微かに残った剣士としての本能だった。不恰好に起き上がり、辛うじて離すことの無かった剣を握る。


 キラリと何かが輝くものが視界に入る。咄嗟に横に振るった。軽い手応え。そして耳障りな金属音。そこでようやく、少年が私に向かってナイフを投擲したということを悟る。


「運がいいな」


 小さな呟きと共に、少年の姿が再び掻き消えた。素早く姿勢を下げ、一足で私の間合いの内へと踏み込んでくる。あまりにも洗練された一連の動作。それを二度目にして認識した。


 私は剣を振るった。最早手加減などしている余裕はない。少年の胴を狙い、渾身の力を持って、振るう。だが、その一閃はあまりにもあっけなく受け止められた。


 金属同士が擦れあい、激しく火花を撒き散らす。剣でナイフを受け止めるなど、あまつさえ、それに意を貸さず、前進を選ぶなど只人とは思えなかった。


 剣を振り抜き、少年を押し返そうと歯を食い縛るが、ビクともしない。この痩せぎすな腕に、どうしてそのような膂力が籠っていると予想できようか。


 一息で押し込まれ、少年の拳が、腹部にめり込んだ。身体が浮き、意識が遠のく。思わず、膝を着くと、容赦のない蹴りが私の顎を弾き飛ばした。


 もはや、受け身は取れなかった。無様に地面を転がる。意識を失わなかったのは僥倖だった。口の中は胃液と血がない交ぜになった液体で満たされ、自然と口から吐き出される。それだけでは飽き足らず、気管にも逆流したが、それを苦しいと思える余裕はなかった。


 割れんばかりの歓声が、遅ればせながら耳朶を打つ。殺せ殺せという観客の掛け声が、闘技場を満たしていた。


 砂利を踏みにじる足音。私はどうにか上体を起こし、ジリジリとにじり寄る少年を見た。

 何の感情も滲まない、無機質な瞳。瞳と同色の黒く短い髪。やけに目につく藍色の外套は、まるで死神のように揺らめいている。そんな中で、彼が首に掛けている銀色の首飾りだけが、やけに目についた。


「た、頼む……っ」


震える声で私は懇願していた。だが、上手く口が回らない。同情を誘う言葉も、助けを乞う言葉も、頭に浮かんでは言葉に出来ずに消えてしまう。


「わ、たしには妻と、こども――」


 やっと吐き出した言葉は最後まで続かなかった。刃こぼれしたナイフが私の胸へと突き立てられる。瞬間、全身の温度が下がるのを感じた。全ての五感が遠のき、暗闇へと突き落とされる。


 私の最後に見た光景は、少年の無機質な黒い瞳と、銀色の首飾りだった。



 歓声が鳴りやまぬ闘技場を辞し、エリューの少年ハーヴィ、は待機室へと戻った。手は血に塗れたナイフが握られている。血は既に乾きつつあった。


 ナイフを床に捨て、掛けられてあった布で手を拭う。しかし完全に汚れを落とすことは叶わず、最終的にハーヴィは妥協した。


「いやはや、よくやったな犬コロ」


 シュルルと小さく喉を鳴らしながら、武装したレプトイは笑った。ハーヴィは感情の籠らない瞳で、レプトイを見やると、口を開いた。


「……勝ったんだ、約束は守ってもらう」


 ハーヴィは自身の荷物をまとめ、背嚢を背負った。しかし、その様子を見てレプトイはいやらしい笑みを浮かべた。


「ああ、約束は守ろう。しかし、それは今日ではない」


 足音に反応し、ハーヴィは後ろを見る。すると三人の武装したレプトイがいつの間にか、背後を固めていた。言葉を交わしているレプトイの後ろにも、同じく三人の兵士が詰めている。


「お前は、良い闘犬なのでな。そう簡単に手放すわけにはいかん」


「そういうことだろうと思った」


『奇遇ね。約束を守るような奴らじゃないとは思っていたけれど』


 唐突にハーヴィの胸元の首飾りが、言葉を発した。しかし、周囲のレプトイは誰も反応しておらず、声はハーヴィにしか聞こえていないようだった。


「レイ、任せてもいいか」


『あら、やっぱりレプトイ七人相手だと分が悪い?』


 レイと呼ばれた首飾りが、悪戯っぽく問いかけた。ハーヴィは苦笑いを浮かべる。


「それもあるけど、今は気分じゃない」


 無機質だった瞳に、疲れが灯った。珍しく感傷に浸ったような顔つきのハーヴィに、レイはそれ以上何も言わず、ただ淡い光を放つだけで返す。


「連れて行け」


レプトイが言うのと、発光した首飾りがずるりと龍に変じたのはほぼ同時だった。


 一言も発せずに、目の前の四人のレプトイが絶命する。いかに堅牢な鱗に守られようとも、金属をも砕く龍のアギトには少し硬めの菓子と大差はなかった。


 変じた際に、ハーヴィは龍の背に乗せられていた。あまりにもレイが巨体なので、その背中を天井に擦られて、危うく死ぬところだった。


 レイが大きく尻尾を振るう。それだけで三人のレプトイは横へくの字に折れて、壁にめり込んだ。


 大きく一声咆えたレイが、その口から凄まじい光線を吐き出した。上へと向けて放たれたそれは、レイの巨体が通れるほど大きな穴を闘技場に穿った。


 構造上、待機室は客席の真下に位置している。レイが、穴をよじ登り、闘技場の客席へと這い出た時、周囲は炎に包まれていた。何人かの人影が、炎の中に散見されたが、ハーヴィは別段、感情が湧き立つことは無かった。


 レプトイやドワーフが叫び声を上げて逃げ惑っている。闘技場全体に炎が燃え移っていた。この勢いだと燃え尽きるのは早いだろうな――他人事のようにハーヴィは考え、レイの背中を叩いた。


 それを合図にレイが一つ大きく羽ばたく。猛烈な風と魔力が吹き荒れ、レイの巨体が空へと舞いあがった。何度も羽ばたくうち、高度が上がり、速度も上昇する。


 いつまでも燃え続ける闘技場を尻目に、ハーヴィとレイは次の国へ飛び去るのだった。



うーん、旅者でよくある別視点での主人公たちの描写をしてみたのですが、いまいちですね。個人的に、一人称には苦手意識があります。今後、お話を書くにあたって、そのあたりも改善していきたいです。


次回の投稿内容は未定ですが、年内にもう一度上げるかと思います。それでは。

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