良くある話
こんにちは。この世界では既に人類は滅んでおり、姿は似ているものの決定的に異なる部位を持つ亜人が、龍の骸が放置された世界で生きています。
亜人の簡易的な説明
エリュー
獣の耳と尻尾が付いた亜人です。
オルク
桃色の肌に低い鼻。豚に似た亜人です。
レプトイ
爬虫類に似た巨漢の亜人です。
ドワーフ
赤い鼻に小さい樽のような身体の亜人です。
エルフ
細身で特徴的な耳尖り、身体のどこかに結晶が生えている亜人です。
フォーコン
小柄で細身、背中に翼を持ち頭部に飾り羽を持つ亜人です。
詳しい各種族の習性は、二人が旅を進めるごとに説明していきます。
『ホント、信じられないわ!』
堅牢な巨躯、長い頭に大きな翼を持つ、銀の鱗の龍が咆えた。
折れた木の枝が引っ掛かった翼を、怒りに任せて羽ばたかせる。
口に入った落ち葉を吐き捨てながら、獣の耳と尻尾を持つエリューの少年は自前のタレ耳で聴かなかったふりをした。
『ハーヴィ! 見なさいよ、私の綺麗な翼が傷だらけじゃない! あなたが低く飛べと言った所為だわ!』
耳というよりも脳に直接つんざく、少女のような龍の声。それにハーヴィと呼ばれた少年はため息を吐いた。土に汚れた藍色の外套を軽く払い、無残に横たわる背嚢に歩み寄った。
中身を確認、保存食に寝具、雨具にいくつかの魔性石、そして貨幣袋。かなりの勢いで墜落したが、中身は無事のようだった。見た目こそ悪いが、頑丈な背嚢だ。
ハーヴィは水筒を取り出し、口をゆすぐ。そしてもう一口飲んでようやく言葉を発した。
「レイ、まだ飛べるか?」
周囲を見渡す。人の手が入っていない森の中。木々が密集し、倒木が並び、落ち葉が深く積もっている。背の高い広葉樹が群生しているようで、少し白んだ空は木の葉に隠れて、よく見通せなかった。
『先に言うことがあるんじゃないの? もう、本当に気の回せない人ね!』
レイと呼ばれた銀龍は、怒り心頭といった様子で、長い尾を左右に振るった。しかし密集した森の中だ。すぐに木の幹にぶつかり、不機嫌そうに鼻を鳴らした。
『残念だけど無理ね。飛び立つには少し魔力が足りないわ。誰のせいだと思っているのよ!』
レイは窮屈そうに、身体を丸めて伏せをする。四肢を畳んで座る姿は首の長い犬といった様相だった。
「この辺は風が荒れていると聞いたから、低く飛ばせたんだ。意味もなく指示したわけじゃない」
ハーヴィの言い草にレイは唸ったが、何も言わなかった。
木々に絡まれた巨躯が、やにわに輝きみるみる縮んでいく。やがてハーヴィと同じ歳くらいの少女の姿となった。
ハーヴィと揃いの藍色の外套をはためかせ、着地する。しかし、落ち葉に足を取られて頭から腐葉土に墜落した。
手に持った水筒を眺め、ハーヴィは旅の先行きに一抹の不安を感じるのだった。
「ねえ、こっちで合ってるの?」
道なき道を歩くこと半刻。どれだけ歩いても変化しない風景に、遂に弱音が上がった。
木の根に足をとられながら、ハーヴィは答えない。太陽と地図そしておぼろげに見える山の形をどうにか頭に叩き込んでいた。
「ねえってば」
レイは外套の裾を引っ張って声を上げたが、ハーヴィは反応を示さない。
不機嫌に頬を膨らませたが、それも長くは続かなかった。重くて柔らかい物に足が掛かり、前のめりに転ぶ。また、頭から腐葉土に突っ込んだ。
流石に呆れ、ハーヴィは歩みを止めた。地図を仕舞い、転がっている右手を掴んで、レイを引き起こす。
「周りばっかり見てないで、足元を見て歩けよ。そんなのじゃ、森を抜けるより先に泥団子になるぞ」
軽い右手を握ったまま、ハーヴィは言った。
それを聞いたレイは、腐葉土から頭を抜き、両手で髪を払って立ち上がる。
「ハーヴィが返事をしないのが悪いのよ! 今度のは、落ち葉で滑ったのじゃなくて、何かに躓いたの」
「森の中にはいくらでも躓くものはある。木の根に折れ木、石とか。上を見るのは俺がするから、レイは下を見るのに集中してくれ」
「本当に気の利かない人ね! レディが転んでいるのだから、手を差し伸べるのが常識なのに!」
「龍が性別を語るか? それにこうして手を取ってやっただろ?」
ハーヴィは体温の低い右手を掲げ、レイに示した。
だが、その右手には先がなかった。先というよりは、指の先から手首までしか存在していなかった。
「なんだこれ」
自分の右手と握手する右手を見て、ハーヴィは呟いた。レイも見ていた。取り敢えずそれは右手だった。
「ハーヴィ、エリューというのは手が増えるの?」
「そんな話は聞いたことがないけど」
ハーヴィが手に力を入れる。握り返される。右手しか存在しないのに、確かな意思を有し、何故か動いている。
右手は毛深くないし、鱗もないし、肌色だ。恐らくエリューのそれに近しいが、爪が丸まっていて、綺麗なピンク色だった。
「よく分からないけど、面白いわね。ちょっと貸して」
「噛み付かれるかもしれないぞ」
「馬鹿ね。手が噛むわけないじゃない。イタァ⁉」
レイは叫んだ。噛まれはしなかったが、不用意に近付けた手の甲を抓られていた。
右手はレイを払うような仕草をした。そしてハーヴィの肩に飛び乗る。
「何で私はダメで、ハーヴィは良いのよぅ」
すっかりと消沈した様子で、レイは肩を落とした。
手乗り文鳥ならぬ、肩乗り右手であったが、見た目の衝撃度はこちらの方が上である。
「日ごろの行いだろうな。朝ごはんにパンを十個も食べるような奴は友達になりたくないとさ」
「い、一度だけじゃない!」
軽口を言い合うハーヴィとレイを尻目に、右手はハーヴィの肩で突如、真っ直ぐ指を差した。
「何だ、こっちに行きたいのか?」
右手は頷きの代わりに親指を立てた。
「右手の癖に私たちの指針に意見するなんて生意気ね」
レイは拗ねたように言った。
「どうせ当てなく歩いていたんだ。こういうのも悪くないだろ」
ハーヴィが言うと右手は、中指に人差し指を絡めた。
「こっちの気紛れだ。気にするな。というか、声聞こえてるんだな」
やや傾斜のある森を右手と談笑を交わしながら進んでいくハーヴィ。その背中を何とも言えない表情で見ながら、レイは叫ぶ。
「当てもなく歩いていたってどういうこと!? 地図を見たり山を見たりしていたのは意味なかったの!?」
右腕は正確に方角を示す術を持っている様だった。ハーヴィが少し道を逸れると、すぐに修正して、指を差す。まるで生きる羅針盤だ。
一刻以上を歩き通し、陽は西の山々に呑まれつつあった。いくら、右手の道案内があると言っても、夜の森を抜けるのは酷である。
「レイ、ここらで休もう」
「分かったわ。なら枯れ木を集めてくる。ハーヴィはその右手とお話してなさい」
話しかけると言っても、明確な答えが返ってくるわけでもない。ハーヴィは暇つぶしに何度か質問を投げ掛けたが、面白い回答は得られなかった。
やがて、レイが胸いっぱいに抱えた枯れ木を持って帰ってきた。
「よく迷わずに帰って来れるな」
「龍は夜目が利くのよ。凄いでしょう?」
今のレイはエリューの姿なのだが、ハーヴィは深くは問わなかった。
こぶし大の石を幾つか集め、炉を作る。湿っていない枯れ木を選別して積めば、後は火をつけるだけだ。
問題は便利な火付け役の少女が、下手をすれば森を焼き尽くす輩ということなのだが、ハーヴィにはレ
イに頼らずとも、火を熾す手段を持ち合せていた。
背嚢から、緋色の魔性石を取り出し。軽く握って放り込む。
『火よ燈れ』
後は簡素な言葉だけだ。小さく光が起こり、煙が上がる。炎が周囲を照らし出した。
「私を頼ればいいのに、どうしてそんなものを使うのよ」
「お前が出来るのは、大きな牛を炭に変えるくらいだ。火を点けるのなら、圧倒的に俺の方が上手い」
「こ、この姿だったら多少の制御は効くもの。大丈夫よ。何事も挑戦なんだから」
「水場の無い場所でそんな危険を冒すくらいなら、俺は裸で、レプトイの集落に行って喧嘩を売るね。そっちの方がよっぽど生存率が高いだろ」
レプトイ特有の鱗に巨体、そして強靭な顎を思い返しながら、ハーヴィは言った。
レイは何か言いたそうだったが、何も言わなかった。
ハーヴィは背嚢から、干し果物と馴染みの堅いパンを取り出した。干し果物は、やけに青っぽいベリーと、妙に黄色いオレンジだ。口に含むと、酸っぱかった。
味気のない食事を手短に終えた二人は、どちらが先に眠るかを揉めた後、結局ハーヴィが先に眠ることになった。
森は静かで、何者の気配も感じられない。ハーヴィにとっては久しぶりに良い寝入りだった。
火の始末を終え魔性石を回収、ハーヴィとレイは歩みを再開した。
既にレイの魔力は戻っているようだったが、旅は道連れ、渡りに船。右手が示す方向に進んでいくことになった。
「それにしても何か変じゃない?」
随分と急になった斜面を登りながら、レイは言った。
「右手だけが勝手に動いていることか?」
「それはどうだっていいんだけど、森に生き物がいないことよ」
「確かに鳥どころか、虫もいないな。そのくせ、木だけは元気に育っている」
見上げる様な斜面を登っている為、背の荷物が肩を圧す。しかし右手は不思議なほどに軽かった。
「でしょ? こういうの、前に合ったような気がするのよね」
「俺が覚えている限りじゃあ、デカい獣の縄張りとか、レイと出会った時とかだな」
「それ、暗に私のことを大きい獣と一緒といっている様なものなんだけど」
「似たようなモノだろ」
「冗談じゃないわ! 私の高貴かつ美麗な鱗と艶姿を、獣と一緒にするなんて! それに私は多少大きい
獣よりもずっと大きいの!」
信じられないと言った様子でレイは叫んだ。最早、崖と呼んでも良い斜面を昇りながら、ハーヴィは呆
れる。
「気にするのはそこか。……そういえば、生き物の気配が酷薄な場所、もう一つあったな」
「どこなの、私も知っている場所?」
「ああ、知ってるさ。何度か立ち寄った場所だ」
レイは疑問に首を捻った。ハーヴィと何度も訪れた場所など、記憶にない。
木を支えにし、崖を登り切る。そこでようやく、レイはハーヴィの言に合点がいった。
「辺鄙なところにあったもんだ」
つるりとした金属光沢を持つ白磁の壁。継ぎ接ぎの無い奇妙な建築物。
かつて、龍が存在し、世界を耳も尻尾も鱗も翼もない人間が治めていた頃の、忘れ形見。
感心した様子でハーヴィは、周囲を探索した。出入口の類は見受けられず、斜面の一部を、壁が占領しているのみである。
「よくあるんだよな、こういう出入口の無い壁だけの遺跡」
腕を組み思案顔を作るが、打開策はない。何度かこういう遺跡を見つけた経験こそあれ、立ち入れたことはなかった。
「お前が来たかったのはここなのか?」
今まで大人しかった肩の右手に問うと、親指を立てた。人差し指を壁に差し、かと思ったら、手のひらを目いっぱい広げる。
「何だ、壁に近づけばいいのか?」
「よく分からないけど、入ればいいんでしょ? 『燃えなさい』」
ハーヴィが必死の解読を行っているのを尻目に、レイは短く唱えた。
所謂、魔術と呼ばれる力。エルフやフォーコンが得意とする魔力を操る術である。身体能力の高いレプ
トイやエルーンはほぼ扱う事が出来ず、オルクやドワーフは得意でも不得意でもないそんな力だ。
レイから放たれた炎の光線は、凄まじい勢いで壁に喰らい付いた。
ハーヴィはオルクの工房で見た大きい炉を思いだし、さらに言えば生まれた時の記憶も引き出された。所謂走馬灯というヤツだった。
熱が肌を焼き、藍色の外套を炙る。炎の奔流はしばらく続いたが、やがて止んだ。
「あらら、焦げ目も付かないなんて」
驚いたような顔で、レイは言った。
白磁の壁はあれほどの熱に晒されながらも、一切の穢れを晒してはいなかった。代わりとばかりに、レ
イと壁との間に生じるあらゆるモノが、黒く様変わりしていた。
「ハーヴィ、意外と頑丈よこの壁」
珍しく感心したようにうなずくレイに、ハーヴィは何も言わなかった。強く握りしめた拳骨を脳天に降り下ろすだけに留めておいた。
「壁に近づけばいいんだな?」
呆然としていた右手は我を取り戻し、全身を上下させる。右手の言に従いハーヴィはなるべく熱せられていない壁へと近づいた。
間近に迫ると、右手はその身を躍らせ白磁の壁にその手を付けた。
音もなく壁が解れていき、人が2人並んでも通れるほどの通路へと変貌した。
「凄いな、これは。どういう原理なんだ?」
右手はそのまま地を這いずり、奥へと進んでいってしまう。ハーヴィは好奇心のままに、その後を追った。
「あ、あんな右手に負けた」
レイは一人、手のひらで壁を抉じ開けた英雄に敗北した。
中は暗かった。しかし、ハーヴィが遺跡の回廊を進むと、それに合わせて灯りが燈った。
「魔性灯みたいだな。自動で点くなんて気前がいい」
「灯りなら私でも熾せるわ……」
消沈したレイが小さく呟く。ハーヴィは張り合う意味が分からず無視した。
右手は二人を置いて奥へ奥へと進んでいく。回廊は一本道らしく、小部屋のようなモノは見当たらなかった。しかし、入り口のような仕組みだったら、話は別だ。
右手を掴んで手当たり次第に壁へと押し付ければ、どこか開くだろうかとハーヴィは悪い笑みを浮かべた。
それを察したのか、右手は器用に進む速度を上げた。
やがて開けた場所に辿り着いた。図面台のような金属塊がいくつも並ぶ。不思議な空間。
前方にはガラスで出来た水槽や、絵の無い額縁がいくつも飾られていた。
「人間ってのはよっぽど、絵が好きだったようだな」
これまでの遺跡でも似たような部屋を見たことがある。人間の遺跡というのは、本や書類の代わりに、こういった意味不明の家具が置かれていることが多い。
ハーヴィは興味の失せた瞳で、部屋の中を見やる。
一つ気が付いた。図面台の一つ。部屋の最後尾右奥で、何かが光を発していた。
急ぎ足で近づくと、そこには朽ちたミイラが図面台の前に座っていた。
光を放っていたのは図面台の面だった。びっしりと古代文字が端正な文字で焼き記されていた。
「文字が多すぎて何が書いてあるかわからないな」
ハーヴィはメモを取り出し、出来るだけ正確にその図面を書き記す。その作業は足を突く右手によって邪魔された。
「何だ、今面白いモノを写してるんだちょっと待ってくれよ」
右手は辛抱堪らないと言った様子でハーヴィを捲し立てた。遂には腿を強く抓るという実力行使にまで及んだ。
「分かった分かった。何だよ一体」
「この右手、その台に乗せて欲しいみたいよ」
「この上に? まあ、良いけど」
ハーヴィは右手の手首を持ち、図面台へと引き上げてやる。相変わらず右手は重みがないかのように軽かった。
どこに置こうかと迷い、右手を宙に漂わせる。置く必要はなかった。右手は突如、煙のように消え失せ
てしまった。
「あれ?」
同時に、図面台の前にいたミイラの身体が傾いた。そのまま、図面台へとぶつかり、人間のミイラは、バラバラの塵芥ミイラへと変貌した。唯一無事だった右手は、焼き記された文字の上で、人差し指を伸ばして、満足げに佇んでいた。
図面が突如書き換わった。びっしりと書き記されていた文字は姿をけし、一つの単語が浮かび上がる。ハーヴィはその単語を見たことがあった。
「あー、こ、コン、プリ、プレ、プロイト?」
生憎古代文字の発音は修学外だった。どこかで教わったうろ覚えの発音を口ずさむ。すると、遺跡が揺れた。
ハーヴィとレイを照らし出す光が、部屋を赤く染め上げる。
「これってもしかしなくても、やばいんじゃないか?」
「そうよね、私もそう思う」
顔を合わせて視線を交わす。そのまま二人で入口へと逆走した。途中の回廊も赤く照らし出され、ハー
ヴィは自身の目がちかちかするのに、悩まされた。幸いだったのは、対して悩む時間もなく入口へと辿り
着いた事だった。ただし、完全に閉ざされた白磁の壁が出迎えてくれた。
「こういう脱出劇にはよくあることだな」
ハーヴィはため息を吐き、回廊を振り返る。この揺れの所為か否か。回廊の壁のあちこちに、人が通れるほどの入り口が出来ていた。
勘というのは意外と当たるモノだ。ハーヴィは口笛を吹き、自身を讃えた。
「今度は、最大火力で行くわよ」
その言葉を聞いた途端、ハーヴィは回廊を逆走し、手ごろな部屋へと飛び込んだ。
『全てを焼き尽くして、この世界を満たしなさい。私に刃向う愚かな子』
瞬間、空気が熱によって膨張した。出来上がった小部屋へと足を踏み入れた瞬間に、背中に凄まじい衝
撃と圧力が加わり、吹き飛ばされる。白磁の壁と濃密なキスをしたのは、これが初めてだった。
エリューの大きな耳ですら拾いきれない可聴域を超えた絶音が響く。背中に圧迫、壁とキス、そして耳障りなピロートーク。最低なコースをたっぷりと堪能させられることとなった。
『何だ、ちょっと気合入れたらこれなのね。もっと持つかと思ったんだけど』
レイが拍子抜けしたように言った。その頭は既にエリューのモノではなく、龍のモノへと変じている。龍頭人間だった。
レイの言った通り、白磁の壁は真っ赤に熱されていた。いっそのこと白色へと変色していた。外へと続く入り口からは、太陽の陽と、涼しげな風が入り込んできていた。
ハーヴィは黙って、拳骨を脳天へと叩き込んでやった。龍の鱗は堅牢だ。ハーヴィはしばらく悶絶した。
負傷した右手を抑えて、ハーヴィが外に出ると見計らったように遺跡が崩れていった。回路の壁が崩れ、中は瓦礫の山となった。もう中には入れない。
『結局何だったのかしらね』
龍の頭のまま、喋るレイ。脳に直接響く声がハーヴィにはやけに腹がった。
「さあな、何かやり残したことでもあったんだろ」
薄く血の滲む右手を藍色の外套で拭いながらハーヴィは答える。
『なら全身で来ればいいのに。右手だけとか器用すぎるわ』
「不器用だから右手で来たんだろ」
カラカラカラとレプトイのように喉を鳴らしてレイが笑った。頭だけ鱗が付いた龍というのは酷く珍妙な状態だが、不思議なことにレイはレイだった。
「ところでもう飛べるのか?」
遺跡の胎動が完全に止み、今しがた拵えた出口すら瓦礫に呑まれてしまう。ハーヴィは森の木々を見下ろしながら、この場所ならレイが飛び立てるだろうと当たりを付けた。
レイは顔を逸らした。
『あー、じ、実は――』
中途半端な変身は余計に魔力を喰うそうだった。それに加えて先ほどの炎で、回復した分の魔力を使ってしまったらしい。それどころか、その倍以上は消費しただとか。
ハーヴィはため息を吐いた。だが、飛べないものは仕方ない。
取り敢えず、レイの肉付きが薄い尻にチョップをした。
結局二人が旅路を再開したのは、二日後の朝だった。
その間、レイはずっと龍頭のままだった。
またしても、人間落ちという芸の無さを痛感。前にお伝えしていた闘犬の国のお話は、……この話が間章ということで、お許しを。年内にはそちらの話も形にしますので、お待ちくださると幸いです。




