○○とパン
「いやー、あの盗賊っぽい奴らを追っ払ってくれて感謝してるぞ。一応悪人という事だし」
プシカには先に村に帰ってもらい、俺はこの男と話しながら歩くことにした。少し気に食わないが、この程度のこと、別に問題ない。あくまで俺はこの人たちの英雄なので、イメージを落とすようなことは皆のため、そしてプシカのためにも避けておきたい。
「それにしても最近不思議な事ばっかり起きているな。突然物が現れては消えてを繰り返す。一体何が起きているんだろうな」
「……それは不思議ですね」
突然現れるのは俺が宝石に触れたとき、そして消えるってのは一体何なのか? もしかしてだが、そういった存在がいるのかもしれない。
「あぁ、別に気にしなくてもいいか。この世界には何者でも傷をつけれない最強の男ユウイチがいるからな」
「いやいや、そんなこと」
「いやいやいやいや、事実じゃないか。この世界でお前は誰によっても傷つかないし、誰にも負けることはない……そうだろ?」
この男、俺の事を過大評価しすぎだ。確かにさっきの戦いで俺はある程度強いことがわかったし、本当に最強なのかもしれない。だが、そんな中、この男の目は笑ってない、むしろ俺を見下してるかのように見える。
しばらくの間、こいつの話は続いた。こいつがしゃべるほど、不快感は増してゆき、そのたびに歩く速度をだんだん速くしていった。そのたびに向こうも歩く速度を上げて俺の隣へと移動する。そして俺の顔をじっくりと見つめてくる。
なぜか、こいつの顔を見れば見るほど恐怖に支配されてしまう。やつの口の動き、瞬き、そして体のちょっとした振動ですら、警戒してしまう。こいつの言葉だけは聞きたくないと、両手を耳に当ててしまうも、こいつの言葉だけが頭の中を通過していった。
そういえばこんなやついたっけ? 俺の記憶にこんなやつなんかいなかった。こんなにも特徴的な目なのに、忘れるはずがない。
「…………そういやあの村人なんだけどさ……」
「ん? あ、あぁ……」
長い間の沈黙を破ったのは、その一言だった。村人の事について考えている最中だったので、少し返事に遅れてしまった。こいつに関しては心の準備をしなくては、と身構えようとする前に、やつの声が、静かな草原に放たれた。
「無個性だよな。お前もそう思わないか?」
「……は?」
突然、心の整理が落ち着くのを待たずして、奴の言葉は、俺の頭に入り込んでしまった。個性がない?そんなわけがないだろ。俺が村に着いてから時間が経っていないだけでこいつらと話していけば、何か特徴がつかめるはずだ。
…………そういえば村人、どんな奴がいたっけ? 周りの村人どころか、傷を治したやつらの顔すらはっきりと思い出せない。こいつらは俺の記憶に残ってない……
「……その様子だとそう思ってるってことだよな? 村人達、名前を知ってるやつなんざ誰一人としていないし、そもそも名前があるかどうか自体、怪しいもんだ。まるで人形みてえな……」
その後もこいつの話は続いていった。こいつの話を聞いてると、俺の中に何か、変なものが入り込んできた。視界が歪み、世界が不定形であるかのようにゆらゆらと揺れ始めた。俺は地面に立っているのかどうかすらわからない状態だが、こいつの口の動きや言葉から発する不快感だけが、俺の中に鮮明に残り続けた。
「おっと、もうこんな時間か。じゃあな。どうせそろそろ村に着くだろうしな……では、また会おうではないか」
俺の意識が不安定な中、やつの声だけが俺の頭の中に響き渡った。その不快感は初めての物ではないように感じたが、そんなこと考えてられない。村に帰ろう。みんなが待ってるはずだ。
♢
「あ! おかえりなさいませ、ユウイチさん! 村のみんなが待ってますよ!」
「あっ……ただいま…… 」
村のみんなはお帰りなさいませ! ユウイチ様といい、俺を取り囲んだ。みんなの顔を見て回る。みんな嬉しそうで、俺も気が晴れ……
「うっ……」
「ユウイチ様! 大丈夫ですか!?」
みんなの顔を見たとき、俺はあることに気づいてしまった。認めたくはない。だが、もう一度みんなの顔を見ると、いやでも気づいてしまった。
こいつら、同じ表情だ。
さっき見たものは喜んでいる顔。隣を見ても喜んだ顔、その隣も同じ顔、その隣もまた顔、顔、顔。今は心配そうに見守る人のみ、みんながみんな、同じ顔しかない。こいつら、本当に人……
いや違う。ここが俺の居場所で、この村人たちは俺を求めている。さっき、奴が発した言葉のせいか………………さっきのことなんてわすれよう。俺は必要な存在だ。こいつらは心があるんだ。こいつらは立派な人なんだ……
「あの……ユウイチさん、これ、食べてください!」
そんな様子を見たプシカは両手にパンを手にもって俺に渡してきた。そのパンはかなり黒めで、変な匂いまでしてきた。俺はそれを口の中に入れる。
「……ありがとう。それじゃあ……うっ」
「だ……大丈夫ですか!? ユウイチさん!」
一言でいうと、あまりおいしくない。口に入れた途端、苦い味が広がってきた。彼女はかなしそうな目で俺を見つめてきた。なので、俺は彼女の頭に手をポンと置き、撫でまわしてやった。
確かに味は良くない。が、その苦みは俺の気持ちをやわらげた。俺のために作ったものなんだ。そうだ。みんな俺の事をほめてくれる。認めてくれる。名前がなんだ。個性がなんだ。こいつらは俺にとって大切な奴らだし、守るべき奴らだ。
「いや、大丈夫。努力が伝わってくるいい味だ。いいか、プシカは頑張れば何でもできる。俺がそう保障しよう」
「はい……ユウイチさん、ありがとうございます」
プシカは嬉しそうに俺の腕の中に入ってきた。俺はそんな彼女をやさしく抱きしめる。彼女のおかげで癒された。そう。ここは俺が望んだ場所だ。そうでないとおかしい。
彼女はいい子だ。そしてこの世界の人はいい人が多いんだ。俺が守ってやらないと……そう決意し、俺たちは眠ることにした。
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