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メソロジア~At the Beginning of Mythology~  作者: 夢科緋辻
第2章 ひいらぎの生る頃に
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第1話 いつもの風景

 竹倉商店街。


 九天市の中心部から電車で三駅ほど離れた竹倉通り。その周囲は都市部と違って懐かしい面影を残した民家が所狭しと建ち並ぶ地域だ。竹倉商店街はそんな中にある。大型スーパーが近くにないため地域住民の生活の屋台骨になっていた。


 近年はネット通販などの普及により廃れていく商店街が多くなっている。だが竹倉商店街は活気に満ちあふれていた。装飾が施されたアーケードの中では客引きや会話の声が飛び交っている。


 そんな竹倉商店街の一角。


 かどみやきょうすけは酒瓶が収められた箱を、店のバンに詰め込んでいた。

 筋肉質でがっしりとした体格の男性だ。彫りの深い顔立ちで、実直さを感じさせる鋭い目付きには野性的な凄みがある。髪はオールバックで固められ、太い腕には青いリストバンドが嵌められていた。


「こいつは田中さんの家で、こっちは桂さんの店だな」


『酒の角宮』と書かれたエプロンを着た角宮は、箱に貼られた伝票を確認する。

 彼は界術師育成専門機関ラクニルの高等部を卒業した後、19歳に至る現在までこうして実家の酒屋を手伝っていた。


 角宮恭介は酒屋の業務をそこそこ楽しんでいた。


 元々、竹倉商店街の人たちと仲が良かった。カイじゅつの適性に目覚めるまでは父親の仕事を手伝っていたためだ。その良好な関係は今も続いている。将来的には父親から店を継ぐつもりでいたが、彼はまだその旨を父親には話していなかった。


 角宮恭介にはとある目標がある。

 死んでも叶えなければならない一人の少女との誓い。


 それを果たすまでは他の事に目を向けるつもりはなかった。だがままばかり言っていては社会人としての最低限の役割を果たせない。そのためこうして家業を手伝っているのである。


「よ、恭ちゃん! 遊びにきたよー」


 庭の入り口の方から、一組の男女が店の敷地内に入ってきた。

 角宮に声を掛けたのは快活な女性だった。短めの後ろ髪を被ったハンチング帽に入れている。細身の体は、黒いロングジャケットに覆われていた。


 かりなみ


 角宮と同い年で、一緒にラクニルで苦楽を共にした友人だ。また彼女には『ハッカー』としての裏の顔もあり、ラクニル時代から何度も死線を潜り抜けてきた仲間でもある。


「日曜まで仕事なんて、アニキは大変っスね」


 狩江の一緒にいるのは、全体的に軽薄な青年だった。赤いメッシュの入った短髪。中肉中背で、幼さが色濃く残った顔付き。どこかの民族衣装のデザインを取り入れたような服を、違和感なく着こなしていた。


 くさなぎろう


 狩江と同じく、ラクニルで長い時間を一緒に過ごした友人である。二人とも角宮恭介と同じように、腕には青いリストバンドを嵌めている。


「うるせぇ。うちは盆と正月以外は年中無休なんだよ。てか、なんでテメェらは店の敷地内に我が物顔で出入りしてんだ?」

おやさんが快く通してくれたよ。ほら、あたし達は大親友だし」

「あの野郎……」

「あと、車に積み終わったら今日はもうあがっていいってさ」

「分かった。ならすぐに終わらせるし、ちと待っててくれ」


 腕時計を見ると、時刻は午後三時。いつもよりかなり早く仕事を終われそうだ。


 角宮は慣れた動きでケースを店のバンに入れていく。

 身体強化マスクルを使えば楽に終わるのだが、この程度のことで使う気にはなれない。角宮は界術師としての能力を本気で磨いてきた側の人間だ。そのため己の技術にはプライドを持っている。


 しかしラクニルを卒業した界術師全員が、角宮のように己の技術に自信を持っている訳ではない。ラクニルの学習計画カリキュラムは、将来に界術師として仕事に就く場合と一般人として生活していく場合の両方に対応している。よって、界力を扱う素質があるからと言って、全員が界術師として生計を立てていく訳ではないのだ。


 そもそも、自分が界術師だと率先して言う人は非常に少ない。

 差別がなくなったとは言え、一般人と同じように生きていこうとする界術師は『人と違う』という点にコンプレックスを抱いている場合は少なくないのだ。


 会社の同僚が実は界術師でした、というのは実際によくある話だった。一昔前では界術師と判明した社員を解雇した企業が問題になったりもした。現在ではそのような事は法律で禁止されているが、界力という存在が常識となった今でも一般人にとって界術師とは珍しい存在であった。


「あ、コウ君だー!」


 バンの荷台に置かれたチラシを見つけて、狩江が近寄ってきた。


 さしこう。最近流行(はや)っている界術師のアイドルだ。

 チラシの中では如何にもイケメンという青年が美味しそうに日本酒を呷っている。背後では彼の界力術で発生したであろう炎が写っていた。


「へぇ、コウ君ってこれのCMキャラクターなんだ。確かあたし達の二つ先輩だったよね? ラクニルに通ってた頃にすごいイケメンがいるって噂を聞いたことがあるし」

「あっしも覚えてるっスよ。ことある毎に黄色い声援を浴びてたっスから」

「……俺はこいつ、あんまり好きじゃねぇんだよな」

「お、嫉妬っスか?」

「違ぇよ! こいつ、術の発動が遅ぇんだ。あれじゃ実戦で役に立たねぇぞ」

「恭ちゃん、そんなの誰も気にしないよ。大切なのは、顔が良くて、歌が上手くて、あたしたちに笑顔を振りまいてくれることなの! コウ君はそこが完璧! 事実、他のアイドルよりもファンサービスが良いってアンケート結果も出てるの」

「……んなどうでもいい情報、よく知ってんな」

「知る事は最大の武器だよ、恭ちゃん! どんな知識がどの場面で役に立つのか分からないしね!」


 狩江は興奮したような口調で言うが、逆に角宮は気分がしらけていった。


 歌って踊れる界術師をアイドルにするのは、界術師の印象を良くするために行う六家界術師連盟の策略なのだ。他にもラクニルを舞台にしたドラマがいくつも撮影されているし、少年誌では界術師が主人公の漫画も人気を博している。


 界力術とは、基本的に戦闘の技術である。


 もちろん消防や警察などで人を守るために使われる事もあるし、アイドルやサーカスのように人を楽しませるために使われる事もある。しかし、その多くが相手を傷つけるための技術である事には変わりない。


 そんな危険な技術を使いたくないという人もいる。角宮のように界術師として生きていく人はラクニル卒業生の中でも二割以下だった。


「うし、これで終わりだ」


 角宮はバンの荷台の扉を勢いよく閉める。


「で、これからどうするか決まってんのか?」

「うん。ちょっと話したい事があるんだ。ナッギーも呼んであるし」

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