3.
ジリジリ
何故かアランがジワジワと距離を詰めてくる。
元々切れ長の涼しげな顔立ちで、なんかこう大人の色香的なアレが、臭う…臭うぞ…!な感じのアランさん。所謂塩顔イケメンとかいうアレである、だがしかし漂う色気。
そんな彼が、頬を赤らめ、潤んだ瞳で近づいて来る。心なしか息も荒い。
あかん、あかんでアランはん…!その顔はあきまへんわ…!
「お嬢様…? 一つだけ、ハッ、お願いがあるのですが…んっ、どうか叶えていただけませんか…?」
ねぇ今なんか喘いだよね!聞こえてるんだけど!自重なんざ破り捨てて言うけど、今凄い興奮してるよね!ねぇ!ごめんあんまり下半身は見たくないんだ、でもまさか戦が始まろうとかしてないよねぇ!まさかとは思うけど戦闘態勢入って法螺貝が鳴り響いたりとかしてないよねぇ?!
「…叶えてあげると言い切ることは出来ませんが、おっしゃるだけならアランの自由ですわよ?」
「お嬢様、どうか一言、この腐れ粗チ…」
「だまれぇぇぇぇぇぇ!!言わせませんわよ!絶対に最後までは言わせてやりませんわよ!?一体何を考えていらっしゃるのかしら!?」
「ンッ…お嬢様に罵られている…このアラン、まさに天にも昇る心地でございます…!」
やめろぉぉぉぉ、罵ってない!そんな意図は全くない!なんだよ天にも昇る心地って!絶対意味合いが違うだろ!?お前今ここでホントに昇ったらマジ解雇するからな!?
「…フッ、申し訳ございませんお嬢様、私は下賤な身でありながら、麗しきお嬢様のお言葉に反応してこんなに膨らんでしまいました…ッ、どうか罰として、この道端の汚物の様に汚らしい私めの息子を足蹴にして下さいませんか…?あぁ、もちろんお嬢様の美しい御御足が汚れてしまいましたら、私がこの身体を持って清めさせていただきますので…!」
ヒィィィ!
いや、怖っ!なに怖っ!!え、どこ膨らませてんの!?気持ち悪っ、ホントに気持ち悪いんだけどねぇ!!そもそもどこが罰だ、ご褒美でしかないだろうそれは!!ていうかアランがこんなに饒舌に喋ってんの初めて聞いたわ!こっそりアラン様とか呼んでたけどやめるわ気持ち悪ぅ!今まで冷静沈着なできる執事キャラだったじゃん、誰だよお前!?
顔が引きつる。間違いなく今目が死んでる。いやちょっとまって11歳よ?まだじっくりと鏡見てないからよく分かんないけども多分美幼女から成長したての美少女ってとこよ?何いたいけな子供にエグいもの見せてんのよ。
…ふぅ、落ち着こう。
「…だいぶ頭もはっきりしてきましたので、私が目覚めたと他に伝えてきてくださる?」
しかしそこは元変態体質(餌)、こんなことは日常茶飯事、むしろこの程度ならば、あぁまたかぐらいである。
「…ついでにアラン、その無様なモノを片付けていらっしゃい。我がオルコット家の執事がそんな賤しい様子ならば、主である私たちも同等に扱われるということが分かっておいで?」
「…ッ、はい、申し訳ありません。」
出て行こうとドアに手を掛けていたアランが崩れ落ちる。何度かビクビクと痙攣しているのは見なかった事にした。うわもう絶対その辺踏まない。
アランが部屋から出て行ったのを見計らって、そっとベッドから降りる。出来る美少女であるリーテは同じ轍を踏んだりはしないので、今度は自分の動けるレベルを見定めつつ動きます。やばい賢い。
ゆっくりと鏡の前に移動する。自分の容姿をじっくり見つめて、その場にズルズルと座り込んだ。
うっわぁなんだこの美少女は。
サラサラツヤツヤな銀の髪はまるで銀糸のよう。透き通るようなツヤツヤのお肌にほんのり赤い頬。紫色の神秘的な瞳もパッチリで同じく銀色のまつ毛なんかもうバッサバサだ。擬音としてはブゥワッサァ!が正しい。整った小さな鼻に唇、もちろん唇もさくらんぼの様な色合いで、前世ならリップのCMのオファーがバンバン来そうな勢いだ。
前世なら…か。
何日意識が無かったのかは分からないけど、この衰弱具合からすると1日とかではない気がする。
そのぐらいリーテにとっては大きな出来事だった筈なのだが、記憶自体はぼんやりしていてあまり思い出せないのだ。
学生だったこと、家族が居たこと、変態が入れ食い状態だったこと、変態に殺された事は覚えているが、どんな風に殺されたのか、家族や友達の名前など詳しいことは思い出そうとすると、頭もに靄が掛かったようにぼんやりする。
思い出せないことも相まって、自分でも非情だと思うが、前世の家族に対しての愛情や悲しみ、申し訳なさは薄いのだ。もしかしたら元々リーテ自体、感情の振りが小さいのかもしれない。前世の人格は映画の予告編で号泣するぐらいには、すぐ感情移入する人物だった様だが。
案外どうでもいいことは覚えているものである。
正直なところ、自分の家族はオルコット家の当主であるお父様や、その伴侶であるもう亡くなってしまったお母様、お兄様であるという気持ちが強い。
リーテの記憶によると、お父様とマトモに喋った事はなく、家族というと亡くなったフェリシアお母様とセシルお兄様という認識が強いが。
銀色のサラサラな髪をくるくると指で弄りながら、前世の記憶を思いだそうと試みる。
自分の名前…は、佐久間利沙子、妹の名前は、「お姉ちゃんと同じ漢字を取ったのよ」ってお母さんが言ってたのを覚えてる。たしか、利…
「ぅあっ…!?」
痛い、頭が割れる様に痛い。少しでも痛みを紛らわそうと、くるくると指に巻き付けていた髪を強く引っ張ってみるが、まるで緩和される様子もない。
「…リーテッ?!」
崩れ落ちそうになったリーテの細い身体を、セシルが支える。
「お兄様…?」
えっ、お兄様いつ入って来たの?むしろいつからいたの?足音どころか気配すらしなかったんだけど、一体どこのアサシンですか?
心配そうな顔で上から覗き込まれる。
しかしやはりリーテの兄であるというか、凄まじい美形。
リーテと同じく紫色の瞳、そして目元の泣きぼくろが印象的。もはやオルコット家の特徴なのかもしれないブァッサァ!な睫毛。サラサラの髪はリーテとは違い金髪だが、それがセシルの王子様感を倍増させている。すでに累乗の勢いである。薄い唇から吐き出される声は低く、数々の女性を砕けさせて来たであろう。歩く女の敵。女を取られた男も敵。人類の敵。
なんだろ、この世界もしかしたら美形しか居ないのかもしれない。もしかして私普通?ノーマルなパンピー?
…あれ?そういえば、もう痛くない。
もしかしたらリーテ自身の防衛本能なのかもしれない。モヤモヤして気持ち悪いけど、痛いのやだしなぁ…我慢しよう。
自業自得とはいえ、抱き締められ余りにも近い距離で見つめられると居た堪れない。兄とはいえ流石に恥ずかしい。
「あの…お兄様…?もう大丈夫ですので、離していただけますか…?」
「本当に?リーテの大丈夫は信用出来ないな。もう少しこのままでいて?」
むしろさっきより更に顔が近付いて、もう鼻と鼻が付きそうな距離だ。お兄様の息が顔にかかる。
うぅ、普段の行いがこんな所で返ってきた。間違いなく顔が真っ赤になってる自信がある。今までは兄としてしか意識していなかったけど、前世の記憶を思い出した今のリーテには、お兄様だけど美青年、美青年(お兄様)、にしか見えない。
うーん、もはや美青年という言葉すらお兄様の前では霞む、なんだろう天使様とか…?
お兄様がクスッと微笑み、低く掠れた声で囁く。
「リーテ、顔が赤いよ…?どうしたの?」
「ひぁっ!?」
思わず変な声が出た。
顔も近いし、吐息がかかるし、さっきより更に顔が赤くなってる気がする。顔が熱い。
あぁ、だめだ。
顔も声もドストライクだわ。
キャパオーバーです。
至近距離にあるはずのお兄様の顔がどんどん暗くなっていく。
(うわぁめっちゃデジャヴ…)
ドM執事と美青年なお兄様です