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ルピナスの季節

 お茶会を数日後に控えた冬晴れのある日。とうとう屋敷中の人間を動員してもオディールを捕まえることができないまま夕方になった。屋敷のことといえば使用人達の方が詳しいはずで、おのおの自分の持ち場から普段手が入りにくい場所まで必死で探したが見つからない。

 まさか誘拐か、館の外に出て行ったのでは。オディール伯爵令嬢の優雅なる逃走が日常になりすぎて、高貴な淑女を一人歩きさせるということの危険性と非常識が館中から抜け落ちていたのだ。全く間抜けな話である。

 パージュ領内の仕事に戻っている叔父に代わり、私兵を動かすよう指示を出していたところで、老年のメイド長が両手にオディールを抱えて戻ってきた。アンもメアリも、館中の人間が驚いたけれど、メイド長が一瞥しただけで三々五々に散っていく。その眼光の鋭さもさることながら、子供一人抱き上げてびくともしない老婦人の筋力はどうなっているのだろう。

 埃まみれのオディールをソファに横たえて、まっすぐにこちらへ歩いてくると、メイド長はそっと身をかがめ耳打ちした。


「館の隠し通路においででした」

「初耳だわ」

「代々、御当主と奥方様、館を預かる古い使用人しか知らぬ場所です」


 すっかりくたびれて眠ってしまったらしいオディールに視線を移す。眠ってさえいれば、天使のように可愛らしい。

 もしかして自力で隠し通路を見つけたのか。その幸運と執念にはいっそ感心してしまうが。もしもこの大捜索で他の使用人に隠し通路の存在が暴かれていたらと思うとぞっとする。知らぬこととは言え、結果として見つからなかったとしても、大多数にさらされた秘密は秘密では無いのだ。自分の領地、自分の屋敷で隠し通路を使わねばならないような状況を正しく想定するならば、それは領民の蜂起や暗殺者の来訪など、最悪の事態に他ならない。

 自ら生存フラグをバキバキと折っていく小さな野生児に、私は深い深いため息をつくことしかできなかった。


「私が楽園の門をくぐるまでに、なんとかできるかしら……」


 なんだか死んでも無理な気がしてきた。


 私の心配を余所に、月日は正しく刻限を刻み、とうとうクタール侯爵家のお茶会当日。新しいドレスと、大切なネックレスを身につけて馬車に乗り込んだ。

 今回は叔父であるパージュ子爵も同行しており、オディールもわかりやすくはしゃいでいる。そういえば、数ヶ月前にお強請りをして以来私も叔父に会うのは久しぶりだ。いい加減やりすぎだと叔父から止められるのではと思っていたのだけれど、家を空けていることがほとんどで現場を見ていないためか何一つ言われていない。


「そうだ、叔父様。私新しいピアスが欲しいの」

「好きなだけ買って良いとも。家でも船でも好きなものを」

「え、本当?私のおうちを建ててもいいの?」


 目を輝かせるオディールに、全く何の牽制にもならないだろう叔父の崩れきった悪役面を見て舌打ちしそうになる。


「そうね、それじゃあいつでも一緒にいられるように、小さな2人のおうちを建てましょうか。叔父様、館の裏手の土地が余っていましたわね?」


 一瞬にして寝不足の野生動物のような顔になったオディールに、淡雪の君の微笑みで返しておく。

 もし本当に家を建てたら、窓はすべて鉄製のはめ殺しの窓にして、出口まで三カ所くらい鍵がかけられる構造にしよう。わぁ素敵。こんな絵本のようなおうちが欲しかったの。

 姉妹の間に漂う不穏な気配に気がついた様子もなく、叔父は「だがしかしあそこは日当たりがわるいだろう」なんてのんきな意見を述べていた。

 やがて馬車を迎える白亜の豪邸に、私だけで無くオディールも若干緊張した顔になる。

 オリエンタル趣味とでもいえばいいのか、梅らしき木や東洋風の草花が冬枯れの庭に花を添えている。歴史ある家名に恥じないその邸宅の偉容は、歴史相応に荘厳かつ重厚なたたずまいで訪問者を圧倒してくる。要するに古くて怖い。手入れが行き届いていることはわかるけれど、夜中に幽霊が出てきそうな雰囲気だ。


 なるほど、確定の死亡フラグを建設するのにぴったりのお城だった。

 いったい気弱で病弱でか弱いジゼル嬢は、こんな色が白いだけの悪魔城みたいな家にどうして婚約者としていずれ嫁ごうと思えたんだろう。もしかして死期が早まったの、ストレスが原因じゃなかろうか。本当に、何が何でもこの死亡フラグはへし折っておかなくては。


「私はクタール侯爵にお話があるから、次に会うのは晩餐だね」


 楽しんできなさい、頬にキスをして叔父は行ってしまう。お茶会の招待にはじまり、一週間近く滞在する予定だという。

 そういえば今回のミッションは二つだけだと思ったけれど、もう一つあった。我が家の悪役令嬢が、もしかして野生児なんじゃ無かろうかという疑惑をよそさまに見せないようにすることだ。それは死亡フラグでも没落フラグでも無いかも知れないけれど。


 私の中に生きる恥の文化が悲鳴をあげるのです。


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